<Fake> 1
桑原和真。
長い間、ケンカに生きてきた不良少年。
打倒・浦飯幽助を夢見て、毎日毎日ケンカに明け暮れ……。
それが個人的なじゃれあい程度のケンカから、命を賭けた真剣勝負となり、世界の運命をかける戦いになるとは、夢にも思わなかったろう。
だが、それも一月ほど前に終わった。
魔界の穴は閉じられ、皆はそれぞれの生活へ戻っていった。
幽助はあまり納得していないらしく、時折ブツブツと仙水との戦いを邪魔した者への恨み言を言っている。
飛影は相変わらず、その辺の木の上でゴロゴロしているとか…。
それを教えてくれた蔵馬は、当たり前の学校生活へ戻っていた。
ただA級妖怪に戻ってしまったため、時折妖狐のような表情を見せているが……まあ、今のところ日常生活には支障はないらしい。
コエンマは霊界には戻らずに、謹慎中。
ぼたんは探偵助手を休業、以前のように霊界案内人の職をしながら、コエンマに情報を届けていた。
城戸たち3人は、能力を使わずに今まで通り学校へ行っているらしい。
天沼は友達が出来たとか、御手洗は受験勉強に勤しんでいると聞く。
他の連中はどうなったか分からないが……多分まあ生きているだろう。
仙水と巻原以外は…。
そして、桑原和真。
彼もまた、当たり前の日常生活に戻っていた。
ただ以前のようにケンカはあまりしていない。
命をかけた戦い。
それも悪くはない。
だが、それ以外に……何か自分にはしなければならないことがあるような。
そんな気がしていた。
幽助が魔族となり、蘇ったことを知った時。
蔵馬と飛影は笑っていた。
何がおかしかったのか、今でもよく分からない。
しかしそれを見た時、1人人間である自分は何かが違うような気がした。
もちろん仲間意識が薄れたわけではない。
むしろ幽助が生き返ったことで、より濃く強く熱いものになっていた。
ただ、人間と妖怪の……世界にあった生き方というものが、あるような気がしたのだ。
仙水との戦いを終えた瞬間、幽助は新たな敵を求めた。
結局、人間界へ戻ってはきたが、それでも戦いたかったのだと思う。
しかし、自分はそう考えなかった。
やっと終わった、これでとりあえず平穏な生活に戻れる。
一種、ホッとしていたのだ。
戦いの存続を求めた幽助と、平穏を求めた自分。
生き方はやはり違う。
人間と魔族の違いだろうか?
あるいは単に幽助と自分の違いなのかもしれない。
だが、違うことに変わりはない。
幽助はまた戦いの世界へ赴くような気がする。
この予感はおそらく外れない。
現にこの数日後、幽助は魔界へ旅立ってしまったのだから……。
戦いの道を捨てたわけではないが、これからの人生、戦いだけではダメだろう。
戦いを続けるにしても、他にやらなければならないのではないか?
幽助の生き方を否定するわけではないが、自分は違うのだと思う。
人間として何をするべきか……そんなことをぼんやり考えていた時だった。
「おだまり!!あんた桑原家の長男でしょ!!しっかりしなきゃあたしが困んのよ!!あたしが好きな事出来ないでしょーー!!」
なかなかにして自分勝手な意見のような気もするが、そんなことを考える余裕もなく、ぶっ飛ばされた。
十数回の往復ビンタの後、ブラインドに頭から突っ込まれるという仕打ち…。
普通の姉弟ならば、少々やりすぎの域に達しているのだろうが、桑原家にそのような制限はない。
ノびた弟をほったらかして、姉・静流はタバコを吹かしながら、
「何であたしに似ないだらしない弟なんだろうね〜」
と言い残して、部屋を出て行った。
『大分』や『かなり』を通り越して、『無茶苦茶』荒っぽいやり方だが、姉にガツンと入れられた喝。
これは正直言って、キいた。
むろん、色んな意味ではあるが……。
しかし、確かにこのままでは人生ダメにするかもしれない。
ケンカばかりに生きていていいということは、やはりないだろう。
幽助のように戦いに生きる道は、少し中断した方がいいかもしれない。
とくれば、やるべきことは……やはり勉強なのだろう。
いちおう学生だし、高校受験もそう遠いことではない。
一度きりの人生なのだし、一度くらい本気で勉強してみても、損はないだろう。
大久保のバイトのことで、理科のテストで頑張ったことはあったが、結局あの後また成績は前の通りになってしまったし……。
それを取り戻して、更に向上しても悪くはない。
ものは試しと、桑原は机に向かった。
ホコリを被っていた教科書を引っ張り出し、姉から押しつけられた問題集を探り出す。
新品同様のノートや鉛筆を片っ端からかき集め、机の上に並べた。
これだけあれば、まず勉強というものは出来るだろう。
この日の晩は、あるものだけで勉強してみた。
意外と面白かった。
今まで勉強=面倒くさいこと、だと結びつけていたが、知らなかったことが分かると、割合楽しい。
この日彼がやったのは、小学生並みの勉強でしかなかったが…。
それでも何か分かると、何か出来るようになると、次のステップへと向かいやすくなる。
新しい発見を楽しみ、心地よい気分で、この日は寝た。
翌日からは割と真面目に授業を受け(あまり分からなかったが)、放課後には本屋へ立ち寄って、問題集を購入した。
なるべく難易度の低いものを……いきなり高レベルなものを選んでも、全く分からないものでは意味がない。
低いところが分かるようになってから、また新しく買いにくればいいだけだ。
五教科の問題集を選ぶと、いそいそレジへ向かう桑原。
と、その時、高校の資料が視界の隅に入ってきた。
関東地区全ての高校がリストアップされた本で、私学から国公立まで全てが掲載されているらしい。
勉強をするならば、目標とする高校があった方がやりやすいだろうと、適当にページをめくっていく桑原。
しかし、特になりたい職業があるわけでもないので、何処を選べばいいのか、よく分からなかったが……1つの学校に目がとまった。
骸工大学付属高等学校。
何故、目にとまったのかは分からない。
しかし、何となくそこが……そこに行きたくなった。
附属高校なのだから、当然レベルは高い。
倍率とて半端ではないだろう。
だが、しかし……桑原の中に生まれた、熱い思いは決して冷めなかった。
ここへ行ってやる。
何が何でも……。
そう心に誓うと、その本も持ってレジへと走った。
それから数日後。
毎晩学校から帰ると、速攻机に向かい勉強する生活にも慣れてきた頃。
幽助は魔界へ行ってしまった。
予感はあった。
また戦いの世界へ戻っていくと……だが、実際になってみると、やはりショックだった。
それも魔界へ行ってしまうというのだから、無理もないだろう。
戦うにしても、人間界にいると思っていた。
毎日とは行かなくとも、また会う度にケンカして、言い合いして……そういう生活は続くと思っていたのだ。
それが……戦いたいとはいえ、魔界へ行ってしまう。
しかも蔵馬や飛影もいずれ行ってしまうというのだ。
結局、戦えるならば、何処にいてもいい。
今まで戦ってきた相手と、何ら変わらない……。
「いや、ポリシーがねえ分、あいつらよりもタチが悪い!!」
思わず叫んでしまったが……実際のところ、それほど悪いとも思わなかった。
ただ、自分一人、人間界に取り残されるということが辛かっただけで……。
彼らと違う道を選んだ自分に、口出しする権利はない。
幽助も桑原が選んだ道を否定しなかった。
少々、馬鹿にはしたような気はするが……。
それでも「目指せ」と言ってくれた時には……嬉しかった。
死んでも、受かってやる。
改めて心に誓った……。
幽助が行ってから数日の後、飛影も魔界へ向かったらしい。
彼は見送りなしで…というより、出発日も告げずに、あっさり行ってしまったらしい。
この期におよんで、相変わらずというか……。
最も、蔵馬はこっそり行っていたらしく、後になって報告してくれたのだが。
そしてそれから二ヶ月後、蔵馬も魔界へ旅立った。
その少し前に、予定を繰り上げ、母親が再婚。
式は身内だけで行われる予定だったらしいが、桑原は招待されていた。
幽助や飛影がいなくなって以後も、勉強に打ち込んでいて、少し余裕がなくなっていた桑原にとって、その誘いはとても喜ばしいことだった。
幸せそうな笑顔の蔵馬の母と、これから義父になる男性。
そして二人をこれ以上にない温かい微笑で見つめる蔵馬…。
凝っていた肩が、一気にほぐれた感じだった。
暑い季節のはずなのに、『暑さ』は感じず、ただ心地よい『温かさ』だけが、そこにはあった…。
「じゃあ、桑原くん。行ってくるね」
「おう。あんまり無茶すんなよ」
「ああ…」
魔界へ行く際、蔵馬は見送りはいらないと言ったが、息抜きついでだと強引に押しかけた。
とある人気のない屋上に作られた魔界の穴。
幽助が飛び込んだのと、同じもの。
しかし、蔵馬と幽助とでは、明らかに違っていた。
幽助は自分で望んで、戦いに赴いて、強くなって……と、これからの人生に希望のようなものを見いだしていて、晴れやかに旅立っていった。
だが、蔵馬は違う。
あまり好き好んで行くようには見えなかった。
幽助が行ったあの日は、半ばパニックに陥っていたので、気づけなかったが……。
蔵馬は自分たちよりも遙かに長く生きている。
だから、過去に例の三竦みのヤツと何かあったのだろうという予測は、容易に立てられた。
まさか昔殺そうとした相手だとは、夢にも思わなかったが……そして彼は永遠に知ることはないだろう。
どんな事情があろうと、止める権利はないし、おそらくはその力もない。
ただ見送るだけしか……。
小さな狐のキーホルダーがついたリュックを背負い、蔵馬は魔界の穴へ入っていった。
黒い中で紅い髪が怪しく揺れていたかと思うと、すぐに消え入るように見えなくなってしまった……。
やがて特防隊が穴を塞ぎ、何事もなかったように霊界へ戻った。
屋上に一人取り残される桑原。
暗い空には月も星もなく、ただ黒い雲がたれ込めていた。
吹きすさむ風は、前を開けた桑原の学ランの裾を荒くはためかせて、夜空へと去った。
それは、共に戦い続けてきた三人の戦友との別れをも、物語っているようだった……。

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