<初夏色> 1

 

「ねえ、いっつも思ってるんだけどさ〜」
「何をだ?」
「あんたたちって、おしゃれってもん、しないのかい?」
「……は?」(×4)

ぼたんにそう言われたのは、日に日に暑さが増していく、とある初夏の日曜日のことだった。
皆でちゃぶ台を囲みつつ、トランプをしていた時に、いきなり言われた問いかけは、あまりにも意外で予想だにしないことで……幽助・桑原・蔵馬・飛影の4人は、ぽかんっとするしかなかった。
服のことで何か言われたことなど、一度もない。
せいぜい幽助と桑原が、制服が違反だとかで、螢子にどうこう言われたことがある程度である。
蔵馬や飛影…特に飛影にとっては、ほぼ無縁の話に近い。
いつもほとんど同じ格好で、誰も文句など言ってこないのだから。

 

しばらく、無言で固まっている男群を見つめていたぼたんだったが、はあっとため息をついてから、立ち上がって、

「だからさ!今時の格好とかしないのかいって!」
「ぼたんさんの言う通りよー」

と、お茶を煎れに台所へ行っていた螢子・静流・雪菜が、お盆を手に戻ってきた。
お茶とお菓子をちゃぶ台に置きながら、

「いつもいつも制服ばっかりじゃない。もうちょっと今風の格好したら?」
「興味ねえもん」

螢子の問いかけを、あっさりつっかえす幽助。
本当に興味がないらしい。
現に今着ているのは、ワゴンセールで買った一枚500円のTシャツと、ボロボロになったジーパン。
入魔洞窟に向かった時のTシャツでさえ、980円もしたのだから、今彼がどれだけ安物のスタイルでいるかは一目瞭然である。
これはファッションとはとても呼べないだろう。

「別に格好なんざどうでもいいだろ。男には顔と度胸と人情があれば充分でい!」
「フン。他はともかく、最初のがない貴様が言っても、説得力に欠けるぞ」
「あんだとー!!」

飛影の一言で、一気にキレ、ぎゃーぎゃー言いながら殴りかかっていく桑原。
だが、そんな攻撃が飛影に当たるはずもなく、あっさり避けられ……ガタガタと派手に音を立てながら、タンスに突っ込んでいった。
それでもめげずに、すぐ起きあがってくるあたり、やはり彼は根性の塊と言えるだろう。

 

だが、そのような光景など、見慣れている女子群(雪菜は止めないでいいのかと気にしていたが、ぼたんに促されて、黙っていることにした)。
ケンカしている連中は無視して、1人で散らばったトランプを拾い集めている蔵馬に向き直った。

「蔵馬くんは?」
「俺も別に……高校まで制服だったし、今も会社に行く時はスーツだからね。あまり考えたことないよ」
「休日は何着てるんだい?」
「シャツとジーンズ。後は綿パンかな」
「今みたいな?」
「ああ」
「それ流行遅れだよ!同じ、Tシャツとジーンズでもさあ、もっと今風のがあるだろ?」
「はあ……」

流行をまるで知らないわけではないが……とりわけ気にしたことはなかった。
今も、女子群に言われたところで、あまりキいていない。
他人の格好にケチをつける気はないが、それに合わせる趣味もないし……。

 

 

「たまには今時の格好とかしてみたら?気分転換程度にでも!」
「……つまり、俺たちに今時の格好させたいということだろ。君たちは…」
「あ、バレた?」

考えたいたことを見抜かれたと、ぺろっと舌を出して誤魔化すぼたん。
螢子たちもニコッと笑って肯定している。

つまり彼女たちは、蔵馬や幽助たちに今時の格好をしてもらいたかっただけらしい。
確かにしょっちゅう色んな服に着替えている人よりも、大概同じようなスタイルでいる人の方が、飾りがいはあるだろうが……。
完全に着せ替え人形扱いである。
しかし、蔵馬はともかく、幽助たちは遊ばれていることにあまり気付いていなかった。

「まあ、たまにはいいけどよ。今時の格好って動きずらいの多いんじゃねえのか?」
「大丈夫!実用的なの選んできたから!」
「はえっ、もう用意してんのか……」

「男桑原!!雪菜さんのためならば、例え着ぐるみだろうと着てみせます!!」
「あ、そう?じゃあ桑ちゃん着ぐるみにする?丁度いいサイズのがあるよ!」
「似合うだろうな」
「てめえらに言われたかねー!!」

 

 

そんなこんなで、ちょっとした騒ぎはあったものの、いちおう4人とも承諾してくれることになった。
最も飛影は、自分たちだけやるのがイヤだった蔵馬によって、強制的にだが。

しかし、意外にも女子群の選んだ服は、割とまともなものばかりだった。
あくまで「割と」だが……言い換えれば、一部をのぞいてまともなものばかり、といったところだろう。

幽助は明るい赤のポロシャツ。
所々にロゴ入りのラインが入っており、シンプルだが、割といいデザインだった。
飛影は夏らしい青のTシャツと、白のウールニッカーズ。
彼は身長との割合的に足が長い上、無駄毛がないため、そういうズボンでもよく似合うのだ。
桑原のはどう見てもアロハシャツ…いや、普通にアロハだった。
似合っているといえば、似合っているが……能面のデザインというのは、かなり変わっている。

「おい、これマジで流行りなのか?」
「何言ってんのさ!このシャツは、アロハシャツ復刻シリーズで、世界中のコレクターから認知されてる一流ブランドなんだよ!」

……それを真似して作ったもの、という説明は省いたぼたん。
しかし、桑原は本当に一流のものだと思いこみ、かなり浮かれていた。
もしタグを外し忘れていたら、『定価300円』という、格安値段がバレ、一発ほど殴られるところであろう……。

蔵馬は白い無地シャツと薄いベージュのサマーコート。
足の細くて長い彼にはよく似合う、タイトストレートのボトムを着た。
それほど派手ではない…というより、どちらかというとシンプルなデザインである。
だが、その分中身の美しさが際だち……他の3人がどうしても見劣りしてしまっていた。
むろん幽助たちは、そんなこと全く気付いていないが……。

 

「そうだ。ねえ、蔵馬くん。髪型も変えてみない?」
「髪型?」
「私、美容師志願だからさ。練習も兼ねて」
「短くしすぎないんだったら、いいけど」
「蔵馬、お前さ〜。女に間違われるのイヤなんだったら、キっちまったら?その方が男に見え…」

途中まで言ったが、一瞬にして言葉につまる幽助。
いや、正確には言葉に出せなかったのだ。
振り返った蔵馬の顔が、あまりにも恐ろしくて……。

確か今は初夏のはずだが……そこだけ、まるで氷点下一万度のような冷気に包まれていた。
実際、温度というものはマイナス273.15度までしか下がらないはずなのだが……そういう理屈が通用するような状況ではなかった。

「つまり何か?俺は長髪だと女にしか見えないと〜?」
「いや、そこまで言って……」
「ロングヘアじゃないと、植物入れるスペースがないんだよ!ポケットだと、万一手足の自由が効かなくなった時に使えないし!」
「……ごめんなさい」

小さくなって謝る幽助。
彼が本気で心の底から謝れるのは、もしかしたら彼しかいないかもしれない……。

しかし、怒りが自分に向けられていないせいだろうか?
静流は暢気にブラシやらコームやらを取り出して、椅子に座った蔵馬の後ろに立った。
怒りはまだ冷えていないらしいが、てきぱきと植物の種やらを取り出してゆく蔵馬。
あっという間に、彼の膝の上に種と葉の山が出来上がった。

「じゃあとりあえず短くはしないでと……アップにしようか」
「ご自由に……」
「あ、そうそう。少しカラーリングしてもいい?洗えば落ちるやつでするからさ」
「いいけど」

と、蔵馬が言う前に、静流はとっくに始めていた。
服がこれなので、それほど酷い頭にはされないだろうと、蔵馬も静流に髪の毛をゆだねることにした。

 

 

「よし!出来た!」

数分後、静流は嬉しそうに言って、蔵馬の髪から手を離した。
ぽんぽんっと自分の頭を軽く叩いてみる蔵馬。
確かに髪の先端だけ僅かに切ったようだが、ほとんど長さに変化はなさそうである。
ぼたんから渡された鏡をのぞき込むと、後ろ側で彼女が持ったもう一つの鏡と合わせ鏡になっていて、仕上がり具合がよく見えた。
スタイルは所謂ポニーテール。
だが、蔵馬の髪の量が多い上、無理にまとめず、自然な形にワイルドに仕上げているため、女の子のようには見えない。
それは彼にとって、一番気になっていたところであり、正直ホッとしていた。

 

「んじゃ、格好も決まったところで!!街に出ようか!!」
「……はあ?」

またもや、ぼたんの突拍子もない言葉に、固まる男性群。
部屋の中で着替えるだけではなかったのだろうか?

「おい、まさかこの格好で…」
「当たり前だろ!せっかく、初夏色のイメージで仕上げたんだから、出かけるよ!」
「そうそう!ついでに買い物もね!」
「お、おいちょっと待てよ!」
「ああ。あたいたちが着替えてくるまで、待っててね。脱いだら承知しないよ!」

一方的にまくしたてると、女子群はさっさと部屋を後にした。
隣の部屋できゃーきゃー騒ぎながら、着替えているらしい。

「……なんか上手くまるめこまれたような…」
「『ような』じゃなくて、本当にまるめこまれたんだよ……」

そうは言っても、今更脱ぐわけにもいかない。
今脱げば、D級妖怪がS級妖怪に殴られるくらい、すさまじいパンチを受けることになるだろう。
まあ蔵馬や飛影は大丈夫だろうが、ブツブツ言われるくらいならば、一日買い物につきあう方が幾分マシだろうと、素直に残っていることにしたのだった。
それが後になって、大きな間違いだったと気付くのだが……。

 

 

 

女子群が着替え終わり、街へ繰り出す一行。
とはいえ、荷物持ちはほとんど桑原である。
幽助も多少持たされているが、一番持たせやすいのは、やはり桑原らしい。
まあ静流は強引に持たせるし、雪菜の分は桑原が自分から持つと言うし、どさくさに紛れてぼたんは自分の分も押しつける……という循環が出来上がっているのだから、無理もないが。

「そうだ。ここの屋上、空中庭園があるんだって!」

とあるデパートで、買い物を終えた時、ぼたんが言った。
その頃には桑原はほとんどげっそりしていたし、他3名もかなり疲れていたが……。
しかし盛り上がっている女子たちの前に、そのような疲れなど簡単に無視されてしまった。

あっさり屋上まで連行……しかも、エレベーターが定員オーバーだったので、桑原と幽助は階段で上がってこいと言われ、疲れは更に増大。
屋上へついた頃には、完全にバテてしまい、もはや動き気にもなれず、空中庭園の芝生に倒れ込んでしまった。

ここの空中庭園はかなりの広さがあり、芝生の間を石畳の道が縫うように走り、小さな噴水まである、割と雰囲気のよい場所だった。
そんなところだから、幽助と桑原はついうたた寝をしてしまったのだが……。

 

「ねえ、写真撮ろう!!」

という、螢子の声に起こされ、いやいやながらも起きあがった。
ここで起きなければ、後々面倒である。
それに桑原は雪菜との写真が撮れると、かなりはりきっていた。
さっきまでの気力を使い切ったような顔はどこへやら……軽い足取りで雪菜の方へ飛んでいった。

「ゆっきなさ〜ん!一緒に写っちゃいましょう!」
「何言ってんだい。まずみんなで撮るんだよ!」

インスタントだが、タイマー付きのカメラをセットしながら言うぼたん。
少しムカついた桑原だが、どうやら今回は雪菜も一緒に写ってくれるらしいので、まあよしとした。
実は少し前まで雪菜はカメラを……まるで明治時代の人のように、『魂を吸い取る機械』だと思いこんでいたのだ。
最近になってようやく、カメラの原理を聞いて納得してくれたところであり、桑原にとっては今回初めて一緒に写ることが出来るということに。
彼にとって、これほど喜ばしいことはない!
最も、カメラの仕組みを教えたのが、蔵馬だったということまでは知らないようだが。

 

「じゃあ、撮るよー!」

カシャッ

8人そろって、初めての写真撮影。
空中庭園の噴水をバックに、なかなかいいショットで撮れた。
桑原の浮かれようと言えば、半端でなく、その後も雪菜と一緒にあちこちで撮りまくっていた。
もちろん幽助や蔵馬も、嫌がる飛影を強引に引きずって……。

 

そして日が落ちた頃、皆はデパートを後にした。

「じゃあ、俺こっちだから」

駅へ向かう道で蔵馬は皆と別れた。

 

「本当に、今日はありがとね!」

そう言ったぼたんの言葉が、少しひっかかっていたが……。