<All Night
Paradise> 1
「ふわ〜、今ねむ〜」
そう最初に言ったのは、顔からはみ出すまでに大口をあけて欠伸した桑原だった。
本当ならば、彼1人が人間なのだが、「幽遊白書」を知らずに、この中から妖怪を探せと言われれば、10人中10人が迷わず彼を選ぶだろう。
何せ、同じように欠伸をしていても、幽助はまだ顔の中におさまっているし、飛影は結構小さくしか口を開けない。
蔵馬に至っては、欠伸すらしていないのだ。
この状況下で、別の誰かを選んだならば、それはかなり不自然で不可思議なことと言えよう……。
とはいえ、桑原の欠伸など、見飽きている幽助。
彼の大欠伸など気にもとめず、意見にだけ同調した。
「そうだな。なあ、蔵馬。今何時だ?」
「3時35分。眠いはずだよ。ついでに幽助、あの時計進んでるよ。直した方がいい」
そう言う蔵馬は眠くないらしい。
欠伸をしていないだけでなく、わざわざ身を乗り出さねば見えない位置にある、奥の棚の時計を見る余裕があるくらいなのだから……。
ちなみにこの場合の3時というのは、もちろん午前のである。
昼間の3時…つまり15時ならば、眠いはずがない。
別の意味で眠い場合もなくはないが……(例えば、お昼をお腹いっぱい食べた時、午後の授業につまらない講習などがあった場合など)。
「げ〜、そんな時間かよ。眠ーはずだ」
「浦飯。おめえ、夜に屋台出してんだろ。夜更かしくらい、慣れてんじゃねえのか?」
「今日は朝っぱらから螢子に叩き起こされたんだよ。いつもだったら、昼まで寝てるってのに……そういうおめえはどうなんだよ、桑原。受験勉強中は徹夜くらいしたんだろ」
「徹夜で勉強したところで、頭になんか入らねえよ。しっかり毎日6時間は寝てらあ」
「フン、ガキだな」
「あんだとー!!てめえにだけは言われたくねえ!!武術会の最中に寝たやろうが!!」
武術会…というのは、おそらくvs武威でのことだろう。
黒龍波を撃ったことによる妖力と体力の消耗で、試合直後にぶっ倒れた。
その時の寝顔は、暴れまくった彼からは想像もつかないほど、可愛らしかったものである。
あの後落書きをされたかされなかったかは、永遠に謎だが……。
「寝ていたんじゃない。冬眠だ」
「同じだろうが!!どこが違う!!」
「妖力と体力の回復のためだけだ。貴様のような、アホらしい理由ではない」
「お、俺の理由のどこがアホらしいってんだ!!言ってみろ!!」
「全てだ」
「てめえ、言ったなー!!」
「言えと言ったのは、貴様だ」
「あんだとー!!」(←いや、確かに「言え」と言った…)
野中の一軒家じゃあるまいし、こんな夜中にマンション中に響く声で怒鳴らなくとも……。
この行為自体、完全なガキだと何故気がつかないのだろう……いや、ガキだからこそ、気がつかないのだろうか?
そろそろ近所から苦情が来る頃だと察知した蔵馬は、ある提案をした。
「じゃあこうしないか?」
鶴の一声ならぬ、蔵馬の一声で、怒鳴っていた桑原&一見仲裁のように見えて音量を上げているだけの幽助&他よりはマシだがそれなりに五月蠅かった飛影は、ぴたりと発言を停止した。
「朝の…そうだな7時でいい。それまで起きてるんだ」
「ようするに徹夜か?」
「そう。それで徹夜出来た人が勝ち。ガキじゃないってことで、どう?」
にっこりと笑って言う蔵馬を、3人は複雑そうな表情で見ていた。
結構、低レベルな…そして地味な戦いになるのは、目に見えている。
しかし断るのは、つまり負けを認めるようなもの……だが、このままOK出すのはシャクだし、それに勝つ自信はあまりない。
「けどよ。それじゃ、蔵馬が一番有利じゃねえか。もう働いてんだから、徹夜なんて慣れてるだろ。俺、ラーメン屋台やってっけど、朝は爆睡してるぜ」
「そうだぜ。俺ら徹夜なんかしたことねえってのによ」
「……皆、徹夜したことあるじゃないか……」
確かに……魔界の境界トンネルの騒動のおり、ここにいる全員は、しっかりと徹夜していた。
まあ、飛影は帰る前に寝たし、幽助も数分間は死んでいたが……。
ついでに社会人だからといって、徹夜に慣れているとは限らない。
蔵馬は義父の会社だけあって、割と遅くまで残って義父の仕事の補佐を務めてはいるが、それでも午前様になったことは一度もない。
両親共働きなのだから、家に帰ってからも、することは色々あるのだし。
だが、そういう理屈が通用しないことくらい、あの蔵馬が分からないわけがないのだ。
「じゃあ俺はハンデとして、睡眠薬飲むよ」
と言って、蔵馬は髪の毛に中に手を入れた。
まあ蔵馬ならば、睡眠薬くらいいくらでも持っているだろう。
しかし、その手を幽助が止めた。
「あ、ちょっと待てよ。お前の薬だったら、ずる出来るかもしれねえからな」
「俺ってそんなに信用ない?」
くすっと笑って蔵馬が言った。
別に信用されてないとは思っていない、という顔である。
ただ、ちょっとだけからかってみたかったといったところだろうか。
しかし幽助はごく普通に、戸棚から睡眠薬をとってきて、
「真面目なことに関しては、疑いなんてこれっぽっちも持ったことねえよ。けど、こういうのだったら、話は別だ」
と、返した。
当たり前の返答に少し残念がった蔵馬だが、真面目にそう思ってくれているならば、それはそれで嬉しい。
幽助から睡眠薬を受け取ると、瓶の蓋を開けて、中身のほとんどを手の平に乗せた。
多分、3/4くらいは入っていただろうか?
それを一気に全て、口の中に入れてしまったのだ。
いきなりの蔵馬の行為に、慌てまくる幽助。
隣でぼけっと見ていた桑原も、ぎょっとして腰を浮かした。
「お、おい!そんなに飲めなんて言ってねえよ!」
「睡眠薬って飲み過ぎたら死ぬんだろ!?吐き出せ!!」
流石に、いきなり背中を叩いたりして吐き出させるような真似はしなかったが、身を乗り出して怒鳴りつける幽助たち。
しかし、蔵馬はけろっとした顔で、2人を見上げ、
「あのさ。今時、薬局で売ってるような睡眠薬なんて、一瓶全部飲んでも死なないよ?」
「へ?死なない??」
「け、けどよくドラマとかで睡眠薬飲んで自殺とか…」
「(……幽助もドラマ見るんだ。意外……)ノンフィクションじゃないだろ、最近のドラマって。ああいうのは、真っ赤な嘘だよ」
「そ、そんなもんなのか?」
「そうだよ。第一、薬店なんかで普通に売ってるので、簡単に自殺なんかされたら、製薬会社の方が困るじゃないか。もちろん処方箋なんかでは、強力なのもなくはないけどね。それでも5〜6粒程度では、100%死なないよ。まあ、売ってる睡眠薬飲んで死ぬ方法もなくはないけどね」
「……どうすんだ?」
「エベレストの頂上で飲めば死ぬよ。睡眠薬には呼吸抑制作用があるからね。空気が薄いところでそんなの飲んだら、普通にあの世いき」
「……」
何だかドラマを見る目が変わりそうだなと思う、幽助たち。
だが、エベレストの頂上で睡眠薬というのは……普通の人間なら、飲む前に凍死でもするような気もするのだが。
「……とりあえず、大丈夫なんだな?おめえは」
「ああ。何も問題ないよ」
「ならいいけど……後で病院送りとかなったら、殴るぞ」
「そっちの方が病院送りになるんじゃない?」
「う、うるせー!」
自分たちが心配しているのを、全く分かっていないわけではないだろうが、からかい口調で言われると、やはり腹も立つ。
最も、相手が蔵馬では殴る気になどなれないし、そうでなくても今はかなりの睡魔が襲ってきているのだ。
怒鳴りまくっていると、それだけ黙り込んだ時に再熱する睡魔の勢いは半端でない。
まだゲームは始まってもいないのだから、残り少ない体力を使ってしまいたくはないし……。
それを知って知らずか、蔵馬はにこっと笑って言った。
「じゃあ、スタートってことで♪」
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