All Night Paradise> 2

 

「……」
「……」
「……」

開始より、5分。
早くも幽助・桑原・飛影に眠気が見え始めていた(本当に早い…)。

「(ね、眠い……)」
「(無茶苦茶眠い…何かさっきよりも酷くなってるような……)」
「(……蔵馬が何かしたのか?いや、そんなそぶりは見せていないか…)」

ちらっと疑いの目で蔵馬を見てみる飛影。
だが、彼はのんびりと本を読んでいるだけである。
眠気を誘うような植物を出した形跡もないし、辺りにそれらしい香りも漂っていない。
第一、バンダナは外しているのだから、何かしていたのならば、両眼には映らずとも、邪眼に明確に見えるはずである。

「(……ちくしょう。こんなことなら、叩き起こされても寝とくんだった……)」
「(……ちきしょー。こんなことなら、昼間に寝ときゃよかった……)」
「(……くそっ。こんなことなら、昨日から寝ておくんだった……)」

 

 

「そういえば」

視線は本に落としたまま、蔵馬が口を開いた。
心の中でブツブツ言っていた一同は、重い頭をゆっくり動かして、蔵馬の方を見た。
たったこれだけの行為でも、今の3人にとっては、かなりの重労働である。
言葉を出すことすら面倒なので、返答はしない。
だが、それならば無視して頭をぶらぶらさせていてもよかったのでは……という考えが浮かばないほど、彼らの思考回路は停止寸前まで達していたのだ。

「何故、生き物は『眠る』か知ってる?」
「……(×3)」

蔵馬が発した音が、耳に入るまで2秒、耳から脳に伝わるまで3秒、それが言葉であると分かるまで10秒、『何故、生き物は眠るか知ってる?』と言ったということを理解するのに更に20秒を要した。

「……は?」

35秒後に3人があげた台詞は、全く同じだった。
いくら内容が分かっても、言っている意味までは皆目分からない。
一体蔵馬は何が言いたいのか……。
蔵馬は下を向いたまま、彼らの発言にはつっこまずに続けた。

「睡眠っていうのは、通常、ノンレム睡眠とレム睡眠が、約一時間半周期で入れ替わり、繰り返していくことによって成り立っていて、最初のレム睡眠は5分ほどで、2度目は10分と少しずつ長くなっていくんだけど、逆にノンレム睡眠は徐々に短くなっていくんだが、レム睡眠は『Rapid Eye Movement』の略で、主に筋肉を休めるための眠りで、脳はまだ起きていて、一日の記憶を整理するから、夢の中でそれらがゴチャゴチャになって、現実味のない奇妙な夢を見ることも多々あって、更には浅い時には脳と身体の神経が通達していないこともあるから、金縛りという現象が起きることもあり……」

「(???)」

蔵馬の言っていることは、間違いなく日本語のはずだが……今の幽助たちには、遠い異国か宇宙の言葉のように聞こえていた。
何が言いたいのか、さっぱり分からない。
元々、ちゃんと覚醒している時でさえ、理解できるかどうか危ういようなややこしい内容である。
それをこんな眠い時に聞かされても……。
頭の中で様々な「言葉」がグルグル回っているが、1つも繋がってくれない。
なのに、言葉自体は追い出そうと思っても、次々入ってきて、整理がつかない。
いらぬエネルギーを使う羽目になってしまい、余計に眠くなってくる……。

 

「……ちなみにノンレム睡眠は『Non Rapid Eye Movement』の略で、大脳を休めるための眠りだから、身体自体もしっかり眠っていて、眼球運動はなく、夢を見ても覚えていないことがほとんどで…」
「あ、あのさ、蔵馬……」
「何?」
「ち、ちったあ、黙ってくれねえか?」
「今、んなこと言われても、さっぱりで……」
「そう?でも人間は黙ってた方が眠くなるんだよ?」
「なっ……」
「当たり前じゃないか。何もしていない方が眠いに決まってるよ。脳が休んでもいい状態だと思って、余計に睡魔が…」
「何で、それ早く言わねえんだよ!!」

怒鳴りながら、立ち上がる幽助&桑原。
飛影も立ちはしなかったものの、かなりお怒り気味のようである。
まあ、眠くならない秘訣を知っておきながら、ワケの分からない言葉ばかり並べて、肝心なことを隠していたのだから、無理もないが……。
しかし、これは勝負である以上、黙っている方が普通のような気もする。

 

「ま、とりあえず喋っときゃいいんだな」
「簡単じゃねえか。喋ればいいんだろ」
「そうそう。話せばいいんだよな」
「何か言っとけばな」
「口動かしてりゃ、寝るに寝れねえしな」
「とにかく話しとけばいいんだな」

そう何度も同じようなことを言わなくとも、一度言えば分かると思うのだが……。
いや、そうではないのだ。
睡魔が極限まで達した今の状況では、話す内容すらまともに浮かんではこない。
ということは、つまり同じようなことを言っていても、本人たちは全く気付いていないのだ。
もし蔵馬が言わなければ、きっと朝まで同じことを繰り返していただろう。
最もその方が良かったのかも知れないが……。

 

「幽助、桑原くん。さっきから同じことばかり言ってません?」
「へ?そうか〜?」
「話すならもっとまとまったこと、話したら?」
「そうだな……おい、桑原。何か喋れよ」
「あんだよ。浦飯こそ、何か言えよ」
「思いつかねえよ!!てめえが言え!!」
「俺だって、無理だ!ネタなんかねえ!!」

「ああそれと……」

ふいにまた蔵馬が口を開いた。
口げんかを始めかけた2人は、蔵馬の一言にぴたっと動きを止めた。
と……次の瞬間、2人の身体ががくんっと前にのめり込んだ。
身体に力が入らない……。
まるで金縛りにでもあったような……だが、さっきの蔵馬の説明とは少し違うような。
(最も、幽助たちは覚えていないだろうが)

「ひたすら喋ってる手の欠点はね、黙った時に襲ってくる睡魔が半端じゃないことだよ。話した時間分、一気に襲ってくるから、多分身体の方が持たないかな」
「……い、言うのが遅い……」
「つーか、言わないでくれた方がよかった……」

身体は全く動かずとも、口だけは何とか動いた。
もちろん蔵馬の言った言葉を完全に理解するまで、1分ほどかかったが……。
しかし、本当に言わないでくれた方がよかったようである。

 

ほとんど眠ってしまっている身体を何とか起こそうとするが、しかし動く場所といえば、口くらい……次第に頭の機能も止まろうとしている。
まぶたが降りてくる…。
口も麻痺しかけてきた。
だが、ここで負けるわけにはいかない!

「(そ、そうだ……この手があった!)」

 

ガチッ…つーっ…

 

「……って〜」

何とか動くようになった身体を起こしながら、口の端を伝う血をぬぐう幽助たち。
そう、彼の考えた最終手段。
それは唯一動く口で、唇の端を咬みきることだった。
桑原は口の奥を咬んだようだが……明日は口内炎決定のようである。
多少痛いが、こうでもしなければ起きてなどいられない。
アホらしい勝負だが、負けたくはない……。

ずっと黙って事の成り行きを見ていた飛影(←怒鳴るタイミングを逃したので、黙っていた。が、それは正しかったろう)。
動脈を切ったらしく、ドバドバ血が流れ続ける2人を見つつ、心の中で、

「(フン。しぶといヤツらだ……)」

 

 

 

そして数時間後……。

まだ4人とも起きていた。
5分でうつらうつらとしていた割りには、3人ともやるものである(約一名は全く平気のようなので)。
あの後も蔵馬はワケの分からないことを色々と話していたが、もはや誰も聞いてはいなかった。
というより、蔵馬本人にも聞かせる気はまるでなかったのだから、当然といえば当然だが…。

 

「そうだな。じゃあ、徹夜する場合に注意することでも話そうか?」

ここで蔵馬は話題を一変させた。
急に理解しやすい言葉になると、自然と耳もそちらに向く。
ついでに顔も……だが、蔵馬は相変わらず本に目を落としたままだった。

「1つは食事だね。お腹の中が空になると、胃酸過多になるから……」
「それかー!!」

蔵馬がまだ言い終わっていないうちに、3人は立ち上がり、走り出した。
こんなことで体力を使えば、余計に眠くなるということが、分からないのだろうか……。

3人がたどり着いたのは、台所。
といっても幽助の家なのだが、桑原も飛影もおかまいなしである。
幽助も気にしている余裕がないので……というよりは、眼中にないらしい。
冷蔵庫やら戸棚やらあさって、とにかく色々食べまくっていた。

 

「……何してるんだ?みんな…」

台所の入り口に立って、呆れた顔をしている蔵馬。
ある程度、腹に詰め込んだ桑原が振り返りながら、

「見りゃ、分かるだろ!」
「……ものを食べているのは分かるけど」
「そのまんまだ!イサンカタにならないようにしてんだよ!!」
「……何で?」

蔵馬の言葉に、桑原を始め3人の動きが止まった。
幽助など、口からソーセージを出したままである。

「な、何でって……イサンカタって、眠くなるんだろ?」
「誰がそんなこと言ったんだよ……」
「おめえだろうが!!」
「言ってないよ。全く、最後まで話を聞かないから……」
「ち、違うのか!?」

ぎょっとする幽助たち。
手にしていたリンゴが、ぽろっと床に落ちて、ころころと転がっていったことにも、まるで気付いていない。
蔵馬は足下に転がってきたリンゴを拾い上げながら、ため息をついて、

「『胃酸過多になったら腹を壊すから、ある程度は食べた方がいいけど、食べすぎると、身体が食物を消化しようとして、エネルギーがそっちにまわるから、必然的に眠くなる。だから、食べ過ぎは禁物だよ』と言おうとしたんだよ」
「……」

真っ青になる3人……今のが、食べ過ぎでなくて、何になるだろうか?
普通に食べ過ぎ、いや食べ過ぎどころか過食に近い。
まあもったいないので、吐く気にはなれないが……。

 

「……!!」

再び身体が床についた。
今度は飛影も一緒に……。

さっきの比ではない。
口も動かない。
視界もぼんやりしてきた……。

眠い。
とにかく眠い。

頭も身体も睡眠を欲している。
他の何もいらない。
力を全てなくしてもいい。
一生、霊力が使えなくなってもいい。
今望むのは、力でも勝利でもない……睡眠、それだけである。
付け加えて言うならば、ふかふかの布団が恋しい……。

とにかく寝かせて欲しいと、体中が訴え続けている。

 

そして、ついには限界が訪れた。
まぶたが降りる。
まるで映画のワンシーン……クライマックスのスローモーションのように……。

そして、その光が閉ざされようとした瞳に、あるモノが映った。

時計……。

長針が12を、短針が7をさしている。

そう……長くて地味なアホらしいこの戦いは、今正に幕を閉じる瞬間だったのだ……。

「(……そうか……)」
「(……やっと……)」
「(……寝られる……)」

 

 

 

「……」

台所に3つの寝息が木霊する中、蔵馬はしばらく床に突っ伏した3人を見下ろしていた。
その寝顔は実に安らかで……永遠に目覚めないのでは思われるほど、幸せそうな顔をしていた。

「……ちょっとやりすぎたかな?」

少しばかり悪そうな気になっているらしい蔵馬。
確かにあれはやりすぎだったかもしれない。

自分がハンデとして薬を飲んだとはいえ、人間界で開発された薬など、蔵馬とっては『効果が薄い』どころか『全く効果がない』のだから。
魔界の薬草や毒草を用い、色々な薬を開発し続けてきた蔵馬。
当然、自分の身体で人体実験も何度もしてきている。
おかげで、今では多少の毒も効かなくなってしまっているのだ。
その彼に人間界の薬など通用しない。
つまり最初から、ハンデなど一切なかったのだ……。

だから最初は、ちょっと遊んでみるつもりだったのだ。
ハンデを負っていると思われている自分に対して、皆がどういう態度で出てくるか…。
しかし、皆自分のことで精一杯で、薬について、綺麗さっぱり忘れている。
大したことではないが、蔵馬も多少は眠いのだから(本当に多少だが…)、少し苛ついて、からかってみることしたのだ。

主張をはっきりさせず、一文一文を長くし、具体例なしで、話し方も滅茶苦茶で、専門用語も盛り込んだ雑話。
これほど人間にとって、退屈で眠気を誘うものはない。
ついでにほとんど視線をあわせずに、本に視線を落としていたのも、眠気を誘うコツである。
聴衆の反応を見ないでやるということは、1人で勝手に適当にやっているということ…。
自分に感心が向けられていないというのは、人間にとって、とても寝やすい環境なのだ……。

更には、わざと満腹感を味合わせて、眠気をピークに持って行って……まあ結果はこの通りだが。

 

「でもまさかここまで効くとはね」

くすっと笑いながら、寝ている3人に歩み寄り、まず飛影をかかえて幽助の部屋へ行く蔵馬。
そっと寝かせ、掛け布団をかけると、もう一度台所へ戻り、幽助を連れて、居間へ行った。
ソファに寝かせて、毛布をかけると、まだ台所へ行って、最後に桑原を……だが、もう寝るところがない。
仕方ないので、居間の絨毯の上に寝かせて、毛布をかけた。

少々扱いは悪いような気もしたが……しかし、それでも桑原は幸せそうだった。
温かい絨毯、柔らかい毛布、ついでにクッションの枕……。
もちろんまともなベッドに寝ている飛影や、ふかふかのソファに寝ている幽助も、これ以上にない幸福を味わいながら、深い深い眠りに落ちていた……。