<つくりかた。> 1

 

「……いっつも疑問に思ってんだけどよ〜」
「何を?」
「蔵馬の薔薇の鞭……って、あれどうやってつくってんだ?」
「はあ??」

とある春の日の午後。
幽助と桑原は学校の屋上で、のんびりと日向ぼっこをしていた(早い話がサボっていたわけだが)。
ぼんやりと眺めていた太陽は強い日差しを放っておらず、見続けていることに抵抗はなく、ついでに飽きもしなかったのだが……。
何気に桑原の言った一言で、幽助の視線は太陽から逸れた。
その顔はかなり呆れかえっている。

 

「おめえ、今更何とんちんかんなこと言ってんだ?妖気送り込んで、武器にするって、そのくらい見りゃ分かるじゃねえか」
「いや、そういう意味じゃねえよ」
「じゃあどういう意味だ?」

それ以外にどういう意味があるんだよ、と続けようとして、桑原が先に答えた。

「だからよ。俺とかおめえの技ってわかりやすいだろ?霊気をそのまんまに出してるだけだからな」
「ああ。霊丸は指先に霊気を集中させるだけだぜ」
「だろ?俺も手に霊気集中させて、剣の形思い描くだけだ。最初は剣でつくってたからよ、割りに楽に出来るってもんだ」
「そりゃそうだな」
「飛影のって、ぶっちゃけた話、召還だろ?蔵馬もそういうのあるみてえだけど。自分の妖気放出して、それをエサにって感じで……まだ分かるじゃねえか」
「だから?」
「だから!蔵馬のは、神経集中でもなくて、召還でもねえだろ!元々ある物質変化させんだろ!?どうなってんだよ!!」
「どうって……それを言うなら、他にもたくさんいるじゃねえか。陣は風使うし、凍矢は氷使うし」

「あれはまた違うんじゃないかい?」
「ぼっ、ぼたん!!」

突如背後にぼたん出現。
またしてもセーラー服で紛れ込んだらしい。
しかし、いくらセーラー姿でも、オールに乗って浮いていては、まるで意味がないと思うのだが……。

 

「おめえ、最近コエンマに似てきたな……」
「そうかい?コエンマさまの方がずっとタチ悪いと思うけどな〜」
「……それがいちおうは上司なヤツに対する台詞か?」

上司のついでに、次期は霊界の最高権力者でもある。
700歳にしておしゃぶり愛用の上、夏のバカンスにシャレこんでいる最中に誘拐されるという、お世辞にも立派とは言えない失態も時々犯しているが……。
しかし、何度もその重要人物をガキ扱いしてきた上、あまつさえ一発殴った者が言っても、説得力に欠けると思うのだが……。
そんなことを気にもせず、ぼたんはあっけらかんとした声で、

「まあいいじゃないか!っと、話戻すけどさ」
「おい、いつから聞いてたんだ」
「細かいことは気にしない!でさ、陣のはいちおう風がする動きでしょ?竜巻とか台風とか。それを妖力で高めてるようなもんじゃないか」
「まあそうだな」
「凍矢のもとりあえず氷に違いないだろ?硬くしたり、大きくしたり。けど、蔵馬のは普通植物がしない生長をするんだよ?」
「あ、そういえば……」

そこまで言われてみると、確かに蔵馬の技には不自然な点が多すぎる。

吸血植物やオジギ草などは分かる。
あれは召還、つまり飛影の黒龍波と同じ原理、自分の妖気をエサに誘き寄せるのだ。
アカル草やオウム草、邪念樹etc……と、とりあえず魔界に存在している植物も何とか理解出来る。
元々その植物がする動きを、妖気を送りこむことによって、早めているだけなのだから。

樹霊妖斬拳やシマネキ草、浮妖科の魔界植物や億年樹も、この際魔界の植物ということで片づけてしまってもいい。
魔界には常識では考えられないようなことも、多々あるらしいので……。

ちなみに幽助たちは知らないことだが、夢幻花やヒトモドキも魔界の植物である以上、上記に該当するだろう。

 

だが、しかし……元々人間界にある植物では、その理屈は成り立たない。
最もポピュラーに使用する薔薇はもちろん、魔界統一トーナメントで使った桜、冥界と戦った時に見せた竹での攻撃……。
これらは全て、人間界の植物なのだ。
魔界にもあるかもしれないが、ひとまず蔵馬が使っていたものは、人間界のものに間違いないだろう。
少なくとも、桜は蔵馬の庭のものだし、竹は幻海の寺のものであることは、証明済みである。

人間界の植物はあのような生長は決してしない。

薔薇は、オールド・ローズにしろ、モダン・ローズにしろ、ミニバラにしろ、蔓薔薇にしろ……とにかくどの薔薇でも、あのような生長は見せない。
花びらが散るというのは自然の原理であり得るとしても、蔓が一本だけ伸びて鞭になり、棘が研ぎ澄まされた刃のようになるなど……。
風華円舞陣に当たっては、更に異様である。
花びらが舞い、触れただけで切り裂く、しかも一枚一枚全ての花びらが蔵馬の意志通りに動くのだ。

植物が本来しないはずの生長をさせ、変化をさせる。
それは既に、妖気による『急成長』や『巨大化』『強力化』では片づけられない。
ただ妖気を送り込むだけでは、ただの薔薇しか咲かないのだから。

 

また、蔵馬の武器は、幽助たちが彼以外に出会ってきた、他のどの植物使いとも全く違っているのだ。

コエンマが誘拐された際に、足止めをくらった妖怪・樹巌。
やつは枯れ木を武器に、幽助たちを追いつめてきた。
結局最終的には、蔵馬の鞭の前に敗れ去ったのだが……。

だが、樹巌は蔵馬とは全く違う。
彼は枯れ木しか操れない……ということは、要するに、本人自身が枯れ木だったのだ。
現に樹巌は、枯れ木の中に身体を溶け込ませ、どこにいるか分からなくしてしまえる……つまり岩妖怪の玄武と同じ原理なのだ。
それは妖気を送り込んで操るというよりは、むしろ自分自身の身体を動かすことに近い。
蔵馬のように、自分の肉体とは切り離して、従えるように操るわけではない。
あれならば、人間が手足を動かすのと、ほぼ同じ事なのだから、その方法は容易に理解できるだろう。

そして、美しい魔闘家の鈴木。
彼もまた、いちおうは植物を使ったものをつくっていた。
暗黒武術会決勝戦直前、蔵馬と桑原に与えた、『前世の実』と『試しの剣』である。
前世の実はトキタダレの果肉、試しの剣はヒル杉の加工品であり、2人ともそれを決勝戦にて使用した。
副作用が懸念されたが、悪い意味での副作用はなく、蔵馬も桑原も更に力を向上出来たことは言うまでもない。

しかし、あれもまた、蔵馬の武器とは全く違う。
鈴木はあくまで、自分の知識と技術でつくりあげたのだ。
妖気を送り込んで、植物に異質な生長をもたらす…というものではない。

植物でなくとも、他にも物を操る妖怪は多々いる。
鈴駒は自らの妖気でヨーヨーを操り、四聖獣の青龍や朱雀も氷や雷を操る。
魔装使いチームの面々もそれぞれ色々操るが……。
だが、どれもこれも、操る物が本来するであろう動きを操作しているに過ぎない。
多少無理があるのもあるにはあるが、とかく蔵馬のように全く違う生長をしたりはしないのだ。

 

 

 

「武器にするったって……無理があるよな、普通」
「だろ?」
「考えてみれば、不思議だよね〜」

今まで当たり前のように見てきた。
周囲が薔薇の香りで満たされた時は、多少驚いたが、それでもあまり気にとめなかった。
戦いの最中でその余裕がなかったこともあるが、美しいことに見とれたことと、自分よりかっこよかったことに腹が立ったこととも、理由の1つだろう。
その後も時折気になったことはあるが、見た目が異形な妖怪の方が、インパクトが強くて……結局、差ほど関心が持たれなかったのだ。

「そういえば、前にさ。桑ちゃん、飛影に聞いてなかった?蔵馬の武器のこと」
「え?ああ。聞いてたのか?」
「幽助引きずってったから、途中までだけど」
「おい、それいつだよ……」

自分が全く知らないことを話され、少しムッとする幽助。
まあいきなり『引きずって』などと言われれば、多少腹も立つだろうが…。
ちなみに、ぼたんの言っているのは、六遊怪チーム戦にて、蔵馬vs呂屠がはじまる直前のことである。

「あん時な〜。飛影、俺が聞いたこと勘違いしたみてえでよ。『蔵馬の薔薇の鞭ってどこに隠してるんだ』って質問に『ただの薔薇だ』だと」
「な、何か違うね……けど、結局武器については言ってくれたんでしょ?」
「肝心な部分は言ってねえよ。『植物なら武器に出来る』だけしか言ってねえ。あいつも知らねえんじゃねえの?」
「だろうな……」

はあっとため息をつく3人。
端から見て、飛影は最も蔵馬に近い存在だと思う。
その飛影ですら、実際のところはよく知らないのだとなれば、自分たちに分かるはずがない……。

 

しかし気になる!
一度気になり出したら、もう止まらない!
知りたい!とにかく真実を!!

 

「……どうする?」
「決まってんだろ」
「簡単な話さね」

3人は一致団結した。
この3人が、シリアス以外で、満場一致するのは、本当に珍しいことだが……。
しかし、彼らの考えていることをふまえれば、確かに同意見になるのも当然かもしれない。

 

「本人に聞く」
「それが一番早いな」
「だね」

確かにそれが一番早いが……。
もう少し考えるとか、自分たちで調べてみるとか、そういうことはないのだろうか?

 

「うっせーな!ねえもんは、ねえんだよ!」
「おい、浦飯」
「今、誰に言ったんだい?」
「……知るか!とにかくうるせえんだよ!!」