<Starlight Party> 1

 

……それは蔵馬がまだ、魔界にいた時のこと。
まだ蔵馬が盗賊として名を馳せる前。
銀髪や金色の瞳は今と同じだが、現在ほどの鋭さはなかった。
身の丈も低く…そう、丁度幻海くらいの小柄な少年だった頃。

ある星が綺麗な夜のことだった。

雲もなく、月もなく、ただただ星だけが煌めいている夜の空。
闇色のそれが、星々の輝きをさらに強調しているようだった。

そんな空を、化石化した億年樹の上で、蔵馬はぼんやりと眺めていた。
彼はとりわけ星が好きだというわけではない。
ただ今日は何となく、盗賊の仕事をする気にもなれず、盗んだ金品の整頓をする気にもなれなかったので。

夜の闇に染まる森、そこに浮かぶ億年樹は、うっすらと茶がかった灰色で、お世辞にも綺麗だとはいえない。
しかし、その上で光る銀色の影、そしてそれを照らす満点の星は、この世のものとは思えぬほど美しかった。
だからこそ、恐ろしいような……少し触れただけで、消滅させられそうな。
小さいというのに、妖しいまでの魅力が、そこには存在していた……。

 

 

だが、それを全く気にせず、彼に話しかけてきた者がいた。

 

 

「そこで何してるんだい?」

ふいに下から声が聞こえてきた。
見下ろしてみると、蔵馬が乗っている枝よりも数m下の細い枝に、一匹の妖狐がいた。
といっても、大して強い力は感じられない……おそらく低級妖怪だろう。
しかし、自分よりも明らかに妖力の高い蔵馬に、ため口を叩いていくあたり、肝は据わっているらしい。

肩くらいまでの茶の髪は、ざんばらだが、下の方を少しスいているらしく、いちおうまとまってはいる。
茶色の瞳は、少しつりあがっているが、幼さを残したもので、蔵馬のように冷たい印象は与えられない。
裾をまくった青いズボン、黄色の上着の下には、薄い水色のサラシを巻いていた。
年の頃は蔵馬と同じくらい……しかし、これで既に蔵馬は何百年も生きているのだから、この妖狐もそれなりに年をとっているのかもしれない。

自分を見下ろす蔵馬をニッとした表情で、見上げる狐。
しかし、蔵馬は笑いかえす気になどなれない。
初対面の…しかもこんなワケのわからない奇妙なヤツに、挨拶などする必要などないと、無愛想な面を向けたまま、

「何だ、貴様は」

さっさとどっかに行け、という意味で乱暴に言った。
が、妖狐の方は蔵馬の脅しの意味を全く理解しなかった…あるいは理解したが、納得しなかったのか…。

 

「僕は××。君こそ、誰さ?この辺じゃ見かけない顔だね」

と、堂々と名乗り、あまつさえ蔵馬の名前を聞いてきたのだ。
名前を聞かれることは珍しくない。
銀色に光る髪、この世のものとは思えないほど美しい妖狐である。
こんな夜でなければ、会えば誰もが、恐れるか襲うかのどちらかをし、後者は大概名を説いてきた。
まあこんな聞き方をしてきたヤツは初めてだったが、だからといって蔵馬の気は全く変わらない。
ふいっと顔をそらし、髪をかきあげながら、

「名乗る必要などない」
「こっちは名乗ったんだから、教えてくれてもいいじゃないか」
「勝手に名乗ったんだろうが」
「『何だ』って聞いたから、名乗ったんじゃないか」
「名前は聞いていない」
「へりくつだな〜」

蔵馬が何を言おうと、苛つきも怒りもせず、逆におもしろそうに話してくる妖狐。
一体何を考えているのやら……。

純粋に、蔵馬との話を楽しみたいようには見えない。
どこか裏がありそうな、不適な笑みがそれを物語っていた。
だが、かといって、その裏はそれほど闇を秘めているわけでもなさそうである……。

 

 

「……ところでさ、この辺で鳥見なかった?」

思いっきり突然、何の前置きもなく、今までの話を打ち切り、180度違う話へ変えてくる妖狐。
その極端な変わりように、蔵馬はイライラしながらも、妖狐に目をやった。
再び蔵馬が自分を向いたことに、妖狐はおもしろそうに笑ったように見えた。

「首が長くて、薄茶の羽なんだけど」
「しらん」
「あ、そう。ね!君、ヒマなら一緒に探してよ」
「……ヒマに見えるか」
「見える」

きっぱり言い切った妖狐。
これには流石の蔵馬もムカついたのか、バシンッと登っている樹の幹を叩いた。
もちろん意味がないわけではない。
そう、彼の特技は植物を操ること……。
叩いたところから、一気に妖力が送り込まれ、妖狐の足下の枝が急成長!
そのまま妖狐の身体に巻き付き、押さえ込んだ。

「いたたっ……」
「鬱陶しい。とっとと消えろ」
「この体制でどうやれば消えれるのさ?」
「……」

言っていることは正しいかと、妖狐へ巻き付かせた植物を解く蔵馬。
しかし、妖狐は起きあがっても、立ち去ろうとはしなかった。
その場でぽんぽんっと身体についた木の屑を払うと、ひとっ飛びして蔵馬の乗っている枝へと登ってきた。

「……何のつもりだ、貴様」
「別に。意味なんてないよ、何となくさ」

笑って、妖狐は言った。
いい加減な態度も、ここまでいくと、返って殺す気にもなれない。
もう何を言ってきても無視していようと、寝返りをうとうとした時、

 

 

「じゃあ、行こうか♪」

ガシッと蔵馬の腕をつかみ、立ち上がる妖狐。
蔵馬といえば、妖狐の突然の行動に、悪態つくよりも呆けてしまった。

「……は?」
「ヒマでしょ?探すの手伝って」
「おい。俺はまだやるとは言ってない……」
「『まだ言ってない』だけじゃない。今から言ってもいいよ」
「ちょっと待て、そういう意味じゃ…」
「レッツゴー!」

そのままズルズルと引きずられ、億年樹を引きずりおろされた。
しかもそのまま地面に降りても引っ張られていく。
何という強引な……こんなことされたのは、生まれて初めての蔵馬。
半ば混乱しながらも、何とか口を開いたが…。

「おい!勝手に決めるな!何様のつもりだ!」
「そうだな〜。『俺様』とかどう?一人称、『僕』しか使ったことないんだけどさ」
「そういう意味じゃない!!」
「まあまあ細かいことは気にしないで♪」

自分のやっていることが、強引だとは…蔵馬の意見を完全に無視しているとは、全く気付いていないらしい。
蔵馬も嫌だと言ったわけではないが、手伝ってやるとは一言も言っていない。
だが、妖狐としては、蔵馬が何も言わなかった=手伝ってくれる、と強引に解釈したらしいのだ。
一体どこをどうすれば、あの態度でOKを出したように見えるのだろうか……。

 

 

「貴様!いい加減に…」
「シッ!!」

突然、妖狐が立ち止まり、怒鳴ろうとした蔵馬の口を抑えた。
そこは億年樹が茂っていた場所から、少し離れた垂直の崖。
背の高い草が多いため、よく足を滑らせる馬鹿が多いと聞くが、しかしその妖狐は馬鹿ではなかったらしい。
だが、だからといって黙る必要などないと思うが……。

「おい、何だ…」
「静かに。ほらほら、あそこ」

妖狐が指さした先、崖を降りきった場所には、数十人の妖怪たちが集まっていた。
風貌や周囲に積まれた金銀財宝からして、盗賊であることは間違いなさそうである。
張られたばかりのテントなどから推察するに、数日前からここをアジトにしたのだろう。

「あれが何だ」
「あそこにいるんだよ、僕の鳥」
「鳥?」

ああさっき言っていたヤツかと、妖狐が見ている方を見てみる蔵馬。
そこには他の捕獲された動物や妖怪と一緒に、薄茶の羽の鳥がいた。
小さな檻に入っており、羽を広げることも出来ないらしい。
遠くから見ても、寂しそうな表情が伺えた。

「……盗られたってわけか」
「みたいなんだよね〜。助けにいかないと」
「なら、さっさと行け」
「何言ってるのさ。ヒマでしょ、一緒に来てよ」
「……おい、さっきから黙って聞いていれば……」
「よし、じゃあ行こー!!」

またしても蔵馬の意見完全無視。
だが、今度ばかりは蔵馬も黙ってきくわけにはいかなかった。
敵一人あたりの妖力など知れているが、数が多すぎる。
正直、まだ幼い蔵馬には、酷であった。

「貴様、いい加減にしろ!俺は行かん!」
「え〜?ここまで来て、それはないでしょ」
「勝手に引っ張ってきたんだろうが!」
「そんなのへりくつだよ〜」
「どっちがだ!」

……こんなに大きな声で、ぎゃーぎゃー言い合っているのが、果たして下の連中に聞こえないだろうか?
いいや、聞こえるに決まっている。

 

「何だ、あのガキどもは」
「片方ずいぶんと綺麗な髪してやがるな」
「あれは高く売れるぜ」
「お頭どうする?」

子分たちがザワザワと騒ぎ、一人が頭と思われる男に問いかけた。
もちろん答えは一つしかないと、分かっていても、建前と言う言葉もある。

そして、その返答はやはり一つしかない、それであった。

「捕まえろ!!」

 

 

 

 

「あ〜、痛いな〜。もうあんなに殴ることないのに」
「……元を正せば貴様のせいだろうが」
「ひどいな〜。君の声だって大きかったじゃない」

口の端に血をにじませながら、蔵馬が言い、それに答えた妖狐もまた、額から血が流れていた。
2人ともそれなりに力量はあるのだが、多勢に無勢……案の定捕まってしまったのだ。

両名とも、全身打撲に数カ所骨折している。
特に蔵馬は腹を深くえぐられたため、血がまだ止まっていなかった。
折れたアバラが肉を裂き、空気に触れる感触は何とも云えず気持ちが悪い。
だが、それを表に出すほど蔵馬のプライドは低くない。
ぐっと我慢し、腹に力を入れて、血が止まるのを待っていた。

妖狐の方はにやけた顔が、盗賊どものカンにさわったのか、頭を中心的に殴られた。
殴られただけではなく、斬りつけられもしたし、撃たれもした。
それこそ、頭の中身が露出するのではないかというくらい……幸いそこまでには至らなかったが。

「ねえ、これからどうする〜?」
「知らん」
「知らないってことはないでしょ。このまま売り飛ばされるの待つわけ?まあ、君なら高く売れるだろうけどね。顔がいいから。僕なんか絶対に安いよ〜。顔はいい方だと思うけど、でもこんなに殴られちゃったんだもんね。あ〜あ、この美貌が熟れる前に、壊されるなんて〜」
「……」

この状況下でよく自分の顔のことなど気にしていられるなと、呆れかえる蔵馬。
妖狐の顔は醜態だとは言わないが、別段美貌というほどではない。
が、本人は自分が最高の美形だと思っているらしいのだ。
後に、美しい魔闘家の鈴木に出会った時、おそらく蔵馬はこの妖狐のことを深く深く思い出していたことだろう……。

 

「ま、とりあえず脱走しない?」
「……一人でやってろ」
「え〜、一緒にやろうよ。その方が手っ取り早いって」
「これ以上貴様に関わるのはゴメンだ。ろくなことにならんからな」
「そこまではっきり言う?」
「言う」
「あっそ〜。しょうがないな。じゃあお先に」
「……」

あれだけしつこく言ってきていたのに、やけにあっさりと引き下がった妖狐に、蔵馬は少し驚いて顔を上げた。
しかし、妖狐は既に蔵馬に背を向け、牢の鉄格子の方へと歩いていっていた。
何となくムカつくが、呼び止めるのもシャクだと、無視することにした蔵馬。
が、妖狐はぱっと振り返り、笑って言った。

「また今度、ゆっくりお茶でもしようね♪」
「……二度と来るな!!」