<Starlight Party> 2
……茶髪の妖狐が一人で行ってしまってから、数時間が経過した。
牢で一人、ぼんやり低い天井を見上げる蔵馬。
外の様子は全く分からない。
この牢は崖にあった洞窟の奥に作られているため、窓などは一切ない。
洞窟の入り口からここまでは一本道で、しかも大した広さがないため、牢番も洞窟の入り口にしか立っていないらしい。
すぐそこにはめられた鉄格子は、簡易的なものらしく、幼い上に細いあの妖狐はあっさりと間を通り抜けていた。
もちろん蔵馬も余裕で出来そうだが……せめて血が止まるまでは、待った方がいいだろう。
しかし……どうも落ち着かない。
あの妖狐のことが気になって……。
他人に執着するなど、初めてのことである。
しかもあんな素性も分からない、性格破綻で自分勝手な狐になど……。
何故気になるのか、全く理解出来ない。
同じ種族だから?
同じ妖狐だから?
同じ年頃だから?
だが、そのどれとも違う気がする。
ワケが分からないから、余計にイライラする。
気になる自分も腹立たしいし、さっさと行ってしまったあの妖狐も腹立たしい。
「……元はと言えば、こんなところに来たのも、全部あいつのせいだ……」
時間が経過するにつれ、あの狐に対する苛立ちは増していく。
一発殴りたい……そう思う気持ちも、高まっていく。
牢屋にUターンしてこないから、とっくに逃げてしまっているか、あるいは殺されているかのどちらかだろう。
だが、何となく……まだ近くにいるような、生きているような気がしていた。
そして今すぐいかねばならないような気が……。
「あー、イライラする!」
ガバッと立ち上がり、壁を思いっきり殴りつける蔵馬。
腹は痛みを訴えたが、思いっきり無視し、続けて殴りつけ、それを数回繰り返した。
と、突然身体が前方に傾いた。
「え?」と思う間もなく、そのまま手を地面につく。
顔を上げると、彼が殴りつけた場所、そこの岩が綺麗に崩れ落ち、奥へと続く通路が開かれたのだ。
目をこらして見ると、一番奥に灯りが見える。
つまりこの洞窟は、ここが行き止まりなのではなく、元々は向こう側の崖へと抜けるトンネルだったのだ。
それが何らかの理由で埋められていた。
おそらく昔ここに住んでいた者が、外敵の侵入を防ぐために塞いだのだろう。
ここを牢屋にした以上、あの盗賊たちはこの事実には気付いていないはずである。
正に不幸中の幸いと言うべきだろうか。
とりあえず蔵馬はここから出ることにした。
逃げられる場所へ通じているかは分からない……いや、無理である可能性の方が若干高めだろう。
ここの地点へ来るまで、一本道ではあったが、大分曲がったりしたはずである。
それも一定方向に……となれば、半回転して牢屋の入り口近くへ抜け出ているのかも知れないが。
しかしこの道ならば、とりあえずは誰にも会わずに、外には出られるだろう。
万一盗賊どもの真ん前に現れ出たとしても、それはそれでもかまわない。
どうせ一人で逃げるのも、シャクだし……。
出口近くまで来ると、蔵馬は気配を絶ち、細心の注意を払って、外の様子を伺った。
といっても、目で見て確認するわけではない。
顔を出せば、こんな目立つ銀髪、一発で見つかってしまうだろう。
耳を澄ませ、かすかな匂いも逃さず、空気を肌で感じ、第六感を働かせる。
が、外の様子は思っていたものとは、かなり違っていた……。
「うまくやったな」
先ほどの頭らしい男が、酒を飲みながらしゃべったらしい。
半端でない酒気がここまで漂ってくる。
それほど酒に弱いわけではない蔵馬だが、アルコール度数90%以上をストレートで匂わせられては、気分も多少悪くなる。
思わず手で顔の下半分を覆った。
しかし……次の言葉を聞いたとたん、一瞬にして匂いが消え失せた。
実際は匂いが消えたわけではなく、蔵馬の五感が凍り付いたのだが……。
「それほどでもないよ」
蔵馬と同じ年頃の…子供の声。
あの場に、盗賊どもの中に子供はいなかった。
しかしこの声は大人のものではない。
間違いなく、年端もいかぬ子供のものである。
そして、その声を蔵馬は近くで聞いたことがあった……。
「謙遜すんなよ。あんな小綺麗な妖狐捕まえるなんて、やるじゃねえか」
「捕まえたのは、僕じゃないさ。僕は誘き寄せただけだよ」
「それでも十分だぜ!お前みてえに、妖力ほとんどねえガキだったら、それだけでも大仕事じゃねえか!」
「そう?けど、あんなに殴ることないじゃないか。痛かったよ」
「我慢しろよ、そんくらい。大したケガじゃねえって!」
酒がまわっているのだろう。
盗賊たちは高笑いをあげながら、バシバシと茶色の妖狐の背を叩いていた。
連中に見下ろされながら、苦笑いを浮かべている妖狐。
その後ろ姿を見ながら、蔵馬は肩を震わせていた……。
「……そういうことか。やってくれるな……」
傷はまだふさがっていない。
骨は腹の中に押し込んだが、血はまだ流れ続けている。
だが、蔵馬は我慢出来なかった。
右手を髪の中に入れ、一輪の薔薇を取り出した。
まだ蕾の……それでも別にいい。
どうせ鞭にするのだから、それが花であろうと、蕾であろうと、枯れていようと……そんなことはそもそも関係ないのだ。
「薔薇…棘鞭刃っ」
ヒュンッ…
果たしてこの音が、連中の耳に届いただろうか?
いや、届いていても気がつかなかったろう。
あそこまで酔っていれば、音が耳に入ってきても、聞き逃してしまうだろうから。
しかし……仲間の首。
一番蔵馬の近くにいた、盗賊の首が吹っ飛んだことには、誰もがすぐに気付いた。
青い血が、すぐ側の盗賊……そして、茶髪の妖狐に降り注ぐ。
一瞬、時が止まったような静けさが辺りに木霊し、次の瞬間!!
「だ、誰だ!?」
「あっ!あのガキ!!脱獄しやがったな!!」
「よくも仲間を!ぶっころす!!」
「馬鹿、殺してどうする!?捕まえんだよ!!」
頭を始め、連中は口々に叫んで、蔵馬に飛びかかっていった。
手に手に武器を持っている。
それもただの剣やナイフではない。
妖力や魔力が込められた……早い話、普通のものよりも数段切れ味がいい上、特殊な力を込めている可能性のある武器である。
おそらく盗品だろうが、しかしかなり使い込んだ様子がある以上、決して慣れていないわけではないだろう。
だが、蔵馬の顔には驚きも恐怖も後悔もなかった。
ただ向かってくる連中を冷静に見定め、そして踏み出した。
一番最初に斬りかかってきた男は、腰を低くし、スライディングして足下を抜けることで避けた。
突然視界から獲物が消えたことに驚く前に、彼は絶命していた。
蔵馬が彼の足下を抜ける瞬間に振り切った鞭によって……。
次に飛びかかってきた男は、棍棒のようなもので蔵馬の頭を狙った。
しかしそんな単純な攻撃を蔵馬が食らうはずがない。
あっさりとかわし、そして棍棒ごと男の首をはねた。
男の首が地面に落ちる前に、別の盗賊2人が蔵馬に剣を振り下ろした。
が、それが完全に同時であったことが、彼らの不幸……。
蔵馬に当たる前に、2つの剣は交差し、そしてかみ合って動かなくなった。
その隙を蔵馬が見逃すはずもなく、2人の顔は上半分が一瞬でなくなった……。
「馬鹿野郎!!バラバラに攻撃してどうする!ガキとはいえ、油断するんじゃねえ!!連携してかかれ!!」
頭が叫んだことにより、個々でしとめようとしていた盗賊たちは、はっと我に返った。
蔵馬としては、そのままバラバラに来てくれた方が助かったのだが……。
連携されるとこちらが不利である。
「……」
少し考えて、蔵馬は鞭へ注いでいた妖力を消化した。
蕾に戻った薔薇、しかしただではそれも捨てず、軽く投げて、少し離れたところにいた男の額に突き刺す。
どすっと音がして、その男は後方へと倒れ込み、二度と動かなくなった。
「このやろうーー!!」
盗賊たちが叫び、蔵馬に向かってくる。
しかし、顔こそ今までと変わらず、酒気帯びて嫌な匂いを発していたが、それでも連携プレーに移ったことは一目瞭然だった。
僅かずつ時間をずらし、あるいは同時に、互いに危害を加え合わない方向から攻撃してくる。
今までたった一人で盗賊をしてきた蔵馬には、この助け合うということが理解出来なかったが……。
どちらにしても、厄介なものであることに違いはない。
1人ずつ倒すというのは無理だと判断した蔵馬。
再び髪の中に手を入れると、今度は植物の葉のようなものを取り出した。
妖力を送りこむと、それは短刀のようなものに変化し、鍔の部分が蔵馬の腕に巻き付くように固定された。
「だあああ!!」
轟音にも似た雄叫びをあげながら、蔵馬へと斧を振り下ろす男。
蔵馬はギリギリまで引き寄せ、左後方へ避けた。
もちろん、蔵馬が男の攻撃を避けた時のことを考えて構えていた連中を避けることも忘れず。
俊敏な動きは、今の飛影に勝るとも劣らないだろう。
そして手にした剣で僅かずつだが、盗賊どもを斬りつけていく。
致命傷には至らないが、それでも自分たちの連携をかいくぐって攻撃してくる蔵馬に、連中はかなり驚いているようだった。
だが、それも時間の問題……。
あまりに人数が多すぎる。
致命傷を与えられない以上、圧倒的に蔵馬の方が不利である。
そうでなくとも、彼は体中に大怪我を負っているのだから……。
段々疲れが見え隠れし出した。
「はあはあ…」
蔵馬が荒い息をあげるようになると、盗賊たちは自分たちの勝利を確信したように、攻撃を激しくした。
その連続攻撃に、ついに蔵馬の剣が折れた。
いや、剣が折れたわけではない。
剣はただの葉に戻っただけ……そう、蔵馬の腕が折られたのだ。
「っつ……!」
眉間にシワをよせながら、蔵馬の身体が大きく空中を舞う。
流石に着地を失敗するようなことはなかったが、完全に崖の前に追い込まれてしまった。
折れた腕を抑えながら、眼をあげると、男たちが自分を囲みこみながら、じりじりと迫ってくる。
その向こうで、茶髪の妖狐がこちらを見ていた。
何をするわけでもなく、ただ立っている……それを見ても、蔵馬の感情に変化はなかった。
蔵馬が崖に寄りかかったまま、動かなくなったのを見て、
「よしっ!!観念したな!!」
「おい、ロープ持ってこい。牢屋に閉じこめただけじゃ、無駄だろう」
「それより一発でいいから殴らせろ!!殺された連中が浮かばれねえ!!」
「気持ちは分かるが、商品を傷つけてどうすんだ。とりあえず顔はやめとけよ」
口々に言いながら、それでも蔵馬に対しての警戒は怠らず、ゆっくりと近づいてくる。
そして……後一歩で蔵馬に、触れるという、その時!!
ドオオオーーッッ!!!
突如、蔵馬から何かが飛び出してきた。
正確には蔵馬の頭上辺りからだったのだが……しかし、男たちにそれを確認する余裕はなかったろう。
魔界の吸血植物。
それが自分の心臓目がけて、突進してきたのだから……。
「ぎゃああああああ!!」
「ぐああああああ!!」
「があああああああ!!」
各々が好きなように絶叫する。
そしてその痛みに身をよじって暴れ回る。
中には必死になって、吸血植物を引きちぎろうとする者もいた。
だが、妖怪の血が大好きな吸血植物を……血を流している心臓から、取り去ることなど、不可能である。
「あ、あいつ……!!」
「あの攻撃は……っ」
数人の男たちが気付いた。
そう、蔵馬は最初から致命傷を与える気などなかった。
男たちの間をかいくぐり、小さな傷でもいい…心臓から血を流させることが目的だったのだ。
その証拠に、吸血植物たちは間違うことなく、男たちの心臓を突き刺し、血を吸っている。
こうなってはもはや男たちの命はない。
絶命するのも時間の問題だろう……。
正に地獄絵図のような光景……。
しかしそれを顔色一つ変えずに見ていた人物がいた。
茶髪の妖狐……。
先ほどのことで傷は負っていたが、しかし心臓からではなかったため、無視されたらしい。
仮に襲ってきたとしても、どうせこの幼齢さでは、大した血など吸えないだろうが。
ぼんやりと盗賊たちがもだえ苦しむのを眺めていた妖狐の前に、ふと影が落ちた。
血の流れる右腕を気にせず、妖狐を見下ろしていた人物……言うまでもなく、銀髪の妖狐・蔵馬である。
闇に光る金色。
銀髪におされ、あまり目立たないが、美しい……そして冷酷な瞳。
後に極悪非道と謳われることを予感させる、氷のような視線。
おそらく、蔵馬が生まれてからこの日までで……この日までの人生で、最も冷たい目つきだったろう。
左手には一輪の白い薔薇を持っている。
棘が妖しく暗闇に光った。
だが、しかし……茶髪の妖狐は、それを見ても恐怖の顔を見せなかった。
かといって、あのにやついた笑顔ではない。
何も感じていないような…蔵馬とは別の意味で冷たい、冷めた顔だった。
殺されてもいい、そんな悟りきった顔。
後悔などは一切感じられなかった……。
ヒュンッ……
蔵馬の左腕が振るわれ、白い薔薇が変化を見せた。
『これで終わりか……』
茶髪の狐が眼を閉じ、ぼんやりとそう思った時……。
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