<Starlight Party> 3

 

辺りにいい香りが立ちこめた。
うっすらと眼を開けると……目の前が真っ白になっていた。
妖しい感じはない。
ただ純粋に暖かい……心地の良い香りとともに、白い景色が広がっていた。

「これは……」

呆然と見つめる妖狐。
しばらく何もせずに見つめていたが、やがて白い景色が晴れてきた。
はっと見上げると、そこには先ほどと変わらず、蔵馬が立っていた。

 

「……立てるか」

蔵馬が言ったのは、それだけだった。
そんなことを聞かれるとは思っていなかった茶髪の妖狐。
一瞬ぽかんっとしてしまったが、すぐに頭を振って正気に戻り、

「あ、ああ…」

そう言って立ち上がろうとし……そして、立ち上がれた。
立ち上がれた自分に驚く妖狐。
本当のところ、立てるとは思っていなかったのだ。

あの時、男たちが加えた攻撃は決して軽くはなかった。
正直、牢屋を出る時など、意識を保つのが精一杯というくらい……。
男たちが攻撃していった時も動かなかったのは、『動かなかった』のではなく、『動けなかった』のだから。
動けたならば、少しは何かしていたはずである。
それがどちらに対する加勢になるかは、動けなかった今となっては分からないが……。

 

「これ……」
「薬草だ。ないよりマシだろ」
「……何で」

背を向け、歩き出そうとする蔵馬を呼び止める妖狐。
聞かずにはいられなかった。
何故、手当など……それも『ないよりマシ』どころか、完治してしまっている。
そんな貴重な薬草、まず自らの身体に使うべきだろうに。
それをあえて敵である自分に使い、自分の傷は大して治癒しそうにない、簡易的なもので治しているのだから…。

 

「何で……僕なんか……」
「……」

一瞬立ち止まったが、蔵馬は再び歩き出した。
茶髪の妖狐は追いかけたかったが……追えなかった。
何故だかは分からないが、どうしても……。
追いかけたいのに、追いかけられない。
頭では彼を追いたいのに、身体はそれを拒絶していた……。

顔をあげてもいられず、うつむいてしまう妖狐。
言いたいことがたくさんある、聞きたいことも山ほどある。
なのに……目線をあげることも、声を出すことも出来なかった。

頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
ワケの分からないことだらけで……。

 

 

 

「……原因はこれか?」

ふいに蔵馬が発した問いかけに、はっと妖狐は顔をあげた。
そして彼に見せるように、左手に持ち、高くあげているのを見て、思わず固まってしまった。

「……やはりそうか」

ふうっとため息をつきながら、蔵馬はそれを持って妖狐の方へと近づき、そして押しつけるようにつきだした。
おそるおそる、しかししっかりと受け取る妖狐。
しばらく手は震えていたが、やがて蔵馬から渡されたそれを、ぎゅっと抱きしめた。

 

蔵馬が妖狐のモノだと確信して、手渡したモノ……それは、あの薄い茶の羽の鳥だった。

確かに妖狐は、あの鳥が自分のモノだと言っていた。
そして取り返したいようにも……。
だが、その後の状況や盗賊どもの会話で、普通にあれは狂言だと誰もが思うだろう。
蔵馬を陥れるためについた、真っ赤な嘘だと……。

しかし、蔵馬は惑わされなかったのだ。
見せかけの幻になど。
ただ彼が見つめていたのは、その奥にひっそりと身を縮めるようにしている真実だけ……。

 

「全く。人質くらい、自力で取り戻せ。というより、まず取られるな。大事なら、何があっても守ってろ」

ぶっきらぼうな言い方だが、その言葉がどれだけ妖狐にとって、助けになったか……。
蔵馬は全て分かってくれていた。
茶髪の妖狐の境遇、陥れられた環境、取られてしまった大切な友達……。
一時の感情に流されず、全てを見て、盗賊たちのしたことのみを憎んだ。
そして……取り返してくれたのだ。
妖狐にとって、最も大切な存在を……。

 

 

「……帰れ。お前の場所に」

しばしの沈黙の後、蔵馬が告げた。
鬱陶しいと思い言ったわけではない。
茶髪の妖狐のことを、全て分かったからこそ、言ったのだ。
ここが……この世界が、妖狐の生きる場所ではないと、分かったから……。

 

「……ゴメンね…」

うつむきながら、妖狐が言った。
振り返ってみた蔵馬は、少しぎょっとした。
茶髪の妖狐の白い肌……つうっと透明の液体が、流れていたのだから……。

「ゴメンね、本当に…ゴメンね……」
「何故謝る必要がある。お前、好きでやっていたわけじゃないだろうが」
「でも……」
「俺が悪くないと言っているんだ。俺を否定する気か」
「……ううん」
「ならいい……さ、さっさと行け」

照れくさそうに、だが急かす蔵馬。
これ以上一緒にいるのは、お互いに危険だと察したから……。
これ以上一緒にいれば、これ以上に別れが辛くなる。
これ以上一緒にいてはいけない。
お互いが自分の世界で生きるためには……。

 

 

茶髪の妖狐は涙をぬぐい、手に止まらせた鳥に微笑みかけた。
『もう行こうか』と……。
それに対して、鳥は少しとまどってから、こくんっと頷き、妖狐の肩に移動した。

ちゃんと鳥が肩につかまったことを確認すると、妖狐の身体がふわっと宙に浮いた。
同時に光りがその細い身体を包み込んでいく。
しかし、それを見ても、蔵馬は別段驚いた様子も見せなかった。
ただ目をそらしたりもせずに、じっと見つめていた。

光は段々と大きくなり、そして妖狐の姿が霞んできた。
完全に見えなくなる直前、妖狐が口を開いた。

 

「また…会えるかな?」

 

高い掠れた声は、まだ少し震えた。
断れるのが怖い……そんな感じの声。

そんな声に蔵馬はどう答えればいいのか分からなかった。
こんな話し方してきたヤツなど、今まで一人もいなかったから……。
つくづく、この茶髪の狐は蔵馬に新しい経験を与え続けてきたように思う。

 

「……ああ」

やっと思いついて言えたのは、それだけだった。
だが、これだけではどうしてもダメなような気がして……少し荒っぽく、いい加減に聞こえるかもしれないが、ストレートに一言付け加えることにした。
自分を飾っても仕方がない。
この際、自分を正直に出すべきだろうと、思い切って言った。

「その時には…茶菓子でも持ってこい」

蔵馬の突拍子もない一言に、妖狐はぽかんっとしてしまったらしい。
光でぼやけて見えないが、しかし口をあんぐりと開けているのだけは、よく見えた。
しかし、それが妖狐にとっては、一番嬉しい一言だったのかもしれない。

 

「もっちろん!!」

 

もうどんな表情をしているのかは分からないが、明るい声……。
そう、初めて会ったあの時の、少々憎たらしい小悪魔的な声だった。
それを聞いて、蔵馬は少しムッとし、少しほっとして、光と共に空へ吸い込まれるように消えていった妖狐を見送ったのだった。

直後、夜が明け、蔵馬の周囲には、満腹になり大輪の花を咲かす吸血植物と、血を吸われ尽くした妖怪どもの残骸だけが、静かに横たわっていた……。

 

 

 

 

あれから数百年…いや、数千年の時が経った。
あの夜以来、あの妖狐とは会っていない。

顔はあまりよく憶えていない。
微妙に綺麗な顔で、小生意気なにやけた面、それ以外は忘れてしまった。
名前すら、今はもう……。

違う……自ら忘れたのだ。
あの狐のことを思い出すと、あの頃の自分に戻りたくなり……今の自分を捨てそうになるから。

 

そもそも会えるはずがないことは、最初からお互いに分かっていた。
住む世界が違いすぎる……茶髪の妖狐が光に包まれた時点で、これから先、2人の道が交わることは決してない。
そう理解していた。

なのに、約束を交わしたのは、せめて少しでも希望を持ちたかったからだろうか?
いや、違う……たとえ会えなくとも、永遠に友達でいたかったからだろう……。
だから全ては忘れなかった。
あの妖狐の存在だけは、憶えている。
脳というよりは、魂に…心に憶えていた。
他のどんな記憶に代えても……。

 

魔界という世界に存在する蔵馬とは、全く対照的な世界に住む狐。
しかし、空を見上げれば、何となくあの妖狐がいるところが、見えてくる気がする。

夜空に煌めくVulpecula(こぎつね座)』。
その中で、いたずらっぽく小さな炎のように燃えながら、美しい輝きを放つ、アレイ星雲。

あいつはきっとあそこにいる。
確信も証拠も手がかりも、何一つない。
だが、蔵馬にはそんな小さな疑問よりも、今も自分の中で息づき、自分に星空を見上げさせる、あの妖狐の声を信じていた……。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

またしても長くなりました……。
今回は蔵馬さん以外、全く登場しませんでしたね〜。
あんまりこういう話書いたことないけど。
どの話にも、少しは誰かが出てきますから(大概飛影くんかな?)

しかし……果たして、タイトルに合っているでしょうか??
「Sterlight Party」、いちおう星に関することなんですが……。
これ全然、「Party」とは関係ないような……(核爆)

結局のところ、あの妖狐一体なんだったんだよって感じですが……何だったんでしょうね?(おい!!)
久しぶりに、自分でも意味の分からない、ちゃんと解決したのかどうかも不明な話を書いてしまいました…(え?いつも?/滝汗)