<魔法使い> 3

 

「ひ、あぶり……?」

蔵馬の一言に、少女の流れそうになっていた涙が、ぴたっと止まる。
否定されたことに対する悲しさよりも、その意外な言葉が少女の頭の中を埋め尽くしたのだった。

「な、何?火あぶりって……」
「知らないの?魔法使いは大人になる時、火あぶりにされるんだよ?」
「う、嘘だ……そんなの聞いたことない……」
「それはそうだろうね。君は人間だから……詳しく知りたい?」

蔵馬の思わせぶりな言葉。
少女は一瞬見せた蔵馬の表情に、少し恐怖を覚えたが、知りたいと思う気持ちの方が強かった。
無言で、しかし迷いはなく、首を縦に振った。

「分かった。じゃあおいで」

少女のホウキもどき、細い方の先を持って、蔵馬は移動しはじめた。
月が黒雲に隠され出したのは、偶然だったのだろうか……。

 

 

 

蔵馬が少女を連れだしていった場所。
そこは昼間でも人気のない薄暗い山の中だった。
流石にこういうところは初めての少女、小さな物音や風に靡いた枯れ木にも、びくっと身をすくませた。
ここらへんで魔法使いになるのを怖がってくれればいいのだが、まだ彼女は魔法使いになることを望んでいるらしい。
どんなことがあって、決してホウキもどきから降りようとはしなかった。

「ついたよ」

突如、木々が開けて出た場所は、広々とした野原だった。
そこで蔵馬はホウキもどきから降り、一瞬で消してみせた。
少女はそれに感動し、自分もやってみようとしたが出来るはずもない。
しゅんっとしながら、ホウキもどきを腕に抱えていた。

「もうすぐ始まるからね。あそこの岩陰にいよう」

蔵馬が指さした先には、2人くらいならば簡単に隠れられそうな大きな岩が5〜6個、自然に積み上げられていた。
少女の手を引いて、その岩の影まで移動する蔵馬。
彼女は大人しく付き従った。

「何があっても、動いてはいけないよ」
「うん…」

素直に頷く少女。
が、視線は野原の方へと注がれたまま。
しかしこれは、蔵馬にとっては、とても好都合なことだったのだ……。

 

 

2人が岩陰に隠れてから、間もなく。
野原に小さな紅い光が灯りだした。
人工的なものではない、しかし自然の光でもない。
何処か暗い影のある、妖しくも美しい光だった。

「あれは……」
「鬼火。魔物が出現する時に現れる光だよ」
「魔物が現れる時?」
「ああ。ほら出てきた」

蔵馬が言って、少女が見た先……。
野原にいくつも浮かんでいた鬼火たちがすうっと消え、変わりにそこから現れたのは、全身を黒いローブで包み込んだ、いかにも怪しい男女。
しかも1人や2人ではない、鬼火が浮かんだ場所から次々と現れたのだった。
その数は20を超えただろう。
誰もがなかなかの高齢であることは、はみ出たシワシワの手足から瞬時に理解できた。
そして彼らは丸い円を描くように、野原の中心部に集まりだしたのだ。

と、彼らが描く円の中央、不思議と鬼火が全く浮かばなかったそこに、突然巨大な鬼火が灯ったのだった。
少女が唖然として見ている前で、鬼火はやがて消え、そこから先程と同じように誰かが現れ出た。

しかし、周囲を囲む男女たちとは違う……こちらに背を向けているため、彼か彼女かはここからでは判別出来ないが、どうやらまだ若いようだ。
そして相違点は年齢だけではない。
その人物は、天へと伸びるような長い一本の棒に縛り付けられていたのだ。

 

「……何するの?あの人どうなるの?」
「火あぶりの儀式。これから始まるんだよ」
「!!?」

驚愕のあまり声が出ない少女。
しかし蔵馬は顔色一つ変えず、少女が飛び出していかないように、肩を押えていた。
混乱する少女の前で、儀式は着々と進められていった。
縛り付けられた人物の足下に、大小様々な枝が散りばめられ、隙間がないように枯れ草が敷き詰められていく。
遠くから見ても、若者が震えていることはよく分かった。

「た、助けなくていいの?あの人……死んじゃう……」
「助けたりしてはいけないんだよ。これは儀式。魔法使いが大人になるためのね」
「で、でも……」

何とか止める方法はないかと、必死に言葉を探す少女。
だが彼女の気持ちも虚しく、儀式は始められてしまったのだった。

1人の老人が若者の足下に火を放つ。
まず、燃えやすい枯れ草に引火し、大きくなった炎は小さめの枝に燃え移っていく。
更に大きな枝までもが燃えだし、若者を縛り付けている太い棒まで燃えだした。
そしてついには、若者自身に炎が……。

 

「ぎゃああああ!!!!」

地獄の底から響いてきたのでは……これを聞いて、そう思う人は少なくないだろう。
しかしこの場でそう思ったのは、既に混乱を超え、パニックにすら陥ることができなくなった哀れな少女だけだった。

「ね、ねえ!!止めて!!止めてよ!!」

蔵馬の袖を引っ張り、必死になって叫ぶ少女。
もはや飛び出していかんばかりの勢いだったが、蔵馬の手がそれを許さなかった。

「止めてよ!!あの人死んじゃうよー!!」
「ダメだよ。儀式なんだから」
「何で!?死んじゃうよ!!こんなのダメだよ!!」
「死ななかったら、大人の魔法使いになれるんだよ。子供の魔法使いは皆こやって大人になるんだ」
「死ななかったら……って、じゃあ、死んじゃったら!?」

「その時はその時。それでその人の人生が終わるだけ」

 

……感情なく言った蔵馬の言葉は、少女の正気を失わせた……。