<魔法使い> 4
「分かった?魔法使いなんていいものじゃない。むやみになりたいなんて言うものじゃないよ」
「……」
野原を離れ、少女の家の前で、蔵馬は彼女に語りかけた。
少女は黙って、顔を膝の間に沈めている。
ここへ来るまでも、彼女は一言も言葉を発さなかった。
「人間に生まれたなら、人間として生きるべきだよ。他のものを望んじゃいけない。人間にしかないものだって、たくさんあるんだから」
「……お姉ちゃんも……」
「何?」
「お姉ちゃんも……いつか…火あぶりにされるの?」
ようやく口を利いた少女が、最初に発した言葉に驚く蔵馬。
てっきり魔法使いについてや色々聞いてくると思ったのに……彼女が問いかけたのは、自分のことでも魔法使いのことでもなかった。
今、目の前にいる成人前と思われる魔法使い、その安否を……。
涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげ、今までにない真剣な眼差しを注ぎながら、問いかけてきたのだ……。
一瞬言葉に詰まった蔵馬だったが、くすっと微笑を浮かべて、答えた。
「多分ね。生来の魔法使いだから」
「ねえ、何とか出来ない?無理なの?」
「避けられない運命だよ」
「そんな……」
「君は優しいね。その気持ちだけで嬉しいよ」
ぽんぽんっと少女の肩を叩いて言う蔵馬。
それが再び彼女の頬を水で濡らした。
しゃくり上げる少女の頭に手を置きながら、蔵馬は彼女に目線をあわせるように、かがんだ。
何も言葉はかけず、ただ側にいただけ……しかし、それでどれだけ少女が救われたことだろう。
夜が明ける直前まで……少女は泣き続けていた。
東の空が明るくなり始めた頃、少女は顔をあげ言った。
「あたし……魔法使いになるの、やめる」
少女の言葉は力強かった。
強い意志……もう迷いはないと。
人間として生きることを決めた瞬間だった……。
「それがいい」
「お姉ちゃんもやめられないの?」
「君がこのことを黙っててくれたら、もしかしたらね」
「本当!?」
理屈はない、だが蔵馬が言ったことを少女は信じられた。
蔵馬の邪気なき微笑、それが全てを肯定しているようで……。
「よかった……」
初めて出会った時…あの純粋な笑顔。
一瞬だったが、それを見せて、少女は深い眠りに落ちていった……。
「……あれ?」
気が付いた時、少女は自分の部屋にいた。
服はあの魔法使いになるために集めていた黒い服ではなく、しっかりパジャマを着ている。
タンスを開けると黒い服は使われた様子もなく、しまわれていた。
「夢…?」
ぼんやりとしながら、カーテンをあけると、もう夜は完全に明けていた。
全て夢だったのでは……そう思いかけたが、ふと頬に手をやると、何かいつもと感触が違う。
机の上の鏡をのぞき込むと、そこには泣いて腫れ上がった顔があった……。
「よお!」
「おっはよー!」
いつものように、学校へ行く道。
いつものように、クラスの男子たちが待ち伏せていた。
彼らを振り向く前に、少女はもう一度頬に触れた。
家を出る前に、顔はしっかり洗ってきたし、帽子も深く被っている。
泣いた後はやはり見られたくないが、多分大丈夫だろう。
「おい、魔法使いになる修行は、はかどってるか?」
「空飛ぶ練習どうなった?」
「ホウキ出来たのかよ?」
相変わらず、男子たちは自分の魔法使いオタクをからかってくる。
以前ならここでムキになっていた。
彼らの行為は魔法使いそのものを否定するようで、腹が立ったから……。
しかし、今は違う。
否定されてもいい、こんな男子たちよりももっと大切なことがある……。
「いいの。もういいの」
「……は?」
少女の言葉に、男子たちが一斉に固まった。
その光景は滑稽で……しかし少女は笑わず、きっとした表情で言った。
「あたしは人間として生きてくことにしたの。それが一番あってるから」
「お、おい。どうしたんだ?」
「頭でも痛いのか?」
「違うよ〜」
少女の豹変ぶりに、男子たちは逆に心配になっているらしい。
だが、彼女は気にしない。
魔法使いの真実を知った彼女は……。
「あの子……ちょっと厳しかったかな」
「あれでいいんだよ。魔法なんて、所詮まやかしでしかないんだから」
男子たちと笑いながら、学校へ走っていく少女。
とあるマンションの屋上から、蔵馬とぼたんがそれを見送っていた。
「……ねえ、蔵馬」
「何?」
「あれってどうやったの?」
「あれって?」
蔵馬はとぼけたが、ぼたんは話を逸らされまいと、問いつめた。
「だからさ。ほら、あの幻覚見せた時だよ、魔法使いが火あぶりにされるやつ…えっと、何だっけ?」
「ああ、あれね。俺が創った火あぶりの立体映像」
「そう、それ!」
……そういうことだったらしい。
つまりあれは、実際あそこで行われたわけではなく、蔵馬が植物を使って見せた幻影だったのだ。
今時人間界であんなご大層な儀式、行うわけない。
少し考えればそれくらい分かりそうなものだが、混乱していた少女に考える余裕はなかったろう。
「あれがどうかした?」
「だからさ。ほら、あれって火あぶりにされた魔法使いが死ぬシーンまで創ってあったんだろ?けど、あの魔法使いが死ぬ直前に、あの子から光がばーっと……あれで映像止まっちゃったみたいだったけど、何で?」
「ああ。あれは俺がやったんじゃないよ。あの子がやったんだ」
「えっ!?ど、どういうこと!?」
「……初めて見た時から、分かってたよ。あの子…本物の魔法使いだ」
「え、ええぇーーっ!!?」
ぎょっとし、眼を白黒させながら大絶叫するぼたん。
しかし蔵馬の方は、冷静なもので、ひっくり返ったぼたんを立たせながら、
「多分、先祖に魔法使いがいて、隔世遺伝を起こしたんだろうね。だからあんなに執拗に魔法使いに拘ったんだな。才能もあるかもね。誰にも教わらずに、俺の幻影を消すほどの力を発動出来るなんて」
「ちょ、ちょっと!それじゃ余計なことしたんじゃないの!?」
「何で?」
「何でって……本当のこと知らないうちに、魔法使い諦めちゃったじゃないか!」
「その方がいいよ。魔法使いが火あぶりにされるっていうのは、事実だし」
「え?」
「霊界案内人なのに知らないの?」
「……知らない」
少し声が小さくなるぼたん。
蔵馬はため息をつきながら、手すりに寄りかかり、空を仰ぎながら言った。
「魔法使い…というか、魔女だけどね。昔のヨーロッパで広く行われていたんだよ。魔法を使ったとされる者を火あぶりにする。最も火あぶりだけじゃないけど」
「な、何で?」
「発端は魔女除けになると偽った高価な品々を売るための教会の陰謀だったと思うよ。その後は適当さ。ちょっとした噂とか、狂言とか。気に入らない者を『魔女』と言って、合法的に始末していたのもあったかな。大概がただの人間か、ある程度霊力のある人間だったけど、中には本物の魔法使いもいた」
「……魔法使っただけで?」
「『使ったとされた者』さ。実際使ってなくても、誰かが使ったって言えば、それで終わり。はい、魔女だから火あぶりってね。ま、その前に拷問が待ってるけど」
結構簡単に言ったが、その拷問……かなり酷いものなのだ。
大概は火あぶりの前に拷問で死ぬというくらい……しかし、そこまで説明する必要はないだろうと、省くことにした。
話が長くなるだけでなく、ぼたんに精神的ダメージを与えすぎるかもしれない。
既にこの時点でかなり与えてしまったかもしれないが……。
「昔の話とはいえ、今でもキリスト教徒は魔女を…魔法使いを悪魔としている。将来的に見て、キリスト教信者に会えば攻撃される可能性も少なくない。まあ鍛えれば対抗出来るだろうけど」
「……そっか。じゃああの子は魔法使いになれなくてよかったんだね」
蔵馬の横に立って、手すりから身を乗り出し、少女が行った方向を見つめるぼたん。
蔵馬もまた、振り返ってその方を見つめた。
「あの子は……優しいから」
「ああ……」
もう少女の姿は見えない。
しかし……。
彼女がこれから歩いてゆく……人間として、歩いてゆく道。
それは何となく見えるような気がした。
暗く狭い一本道よりも、広く明るくたくさんに枝分かれした、多くの可能性を秘めた道が……。
終
〜作者の戯れ言〜
第2話、4部作になってしまいました……。
結構これでも削ったんですが、まだまだですね。
というか、増えたし!!(爆)
今回のは、春とは全っっっく関係のないお話。
魔法使いって、私も小さい頃憧れました〜。
「魔女の宅急便」ごっこ、とかよくやったし(笑)
当時はまだ高所恐怖症でもスピード恐怖症でもなかったので……とある一件で、ダメになりましたが。
小さい頃のトラウマって怖いもんで、今になっても高いところは苦手です(笑)
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