<魔法使い> 2
「というわけなのさ……」
「……随分と面倒なことになってるようだね」
ぼたんを話を聞き終わった蔵馬の表情は、あまり深刻な話を聞いた後のものとは言えなかった。
というより、呆れている……。
少女のことはともかく、ようはぼたんがお尻百叩きになるかならないかという問題なのだから、無理もないが。
「で?何で俺のところに来たの?」
確かに、こういう問題で蔵馬のところに来るというのは、少し筋違いだろう。
いちおう霊界の問題である以上、妖怪の蔵馬とは関係ないはずである。
だからといって、他に相談出来そうな相手など、いなさそうだが。
幽助や桑原にしても、重大な現状を分かってくれないだろうし、螢子たちに言っても、心配をかけるだけだろうし、霊界案内人の同僚たちに言っても、コエンマに盗み聞きされてお尻ペンペンになるだけ……。
結局のところ、蔵馬しかいないということになるが、しかし、ぼたんは他にも理由があって来たようである。
「えっとそれは……あのさ、前に桑ちゃんに聞いたんだけど」
「桑原くんに?」
「うん。蔵馬ってさ、空飛べるんだよね?羽根はやして」
羽根…というのは、おそらく浮妖科の魔界植物のことだろう。
以前、仙水との戦った際、桑原の前で見せたことがある。
いちおう植物だと説明したが、どうやら彼はまだ『羽根』だと思いこんでいるらしい。
まああの状況では禄に聞いていなくとも無理はないが。
「……まあ出来ないことはないけど、何故?」
「実はさ……それやってほしいんだ。あたいのオール、確かに生きた人間も乗れないことはないんだけど、あたいも一緒に乗らないと、ただの棒と同じだから」
「それでどうしろと?」
「だからさ。オール飛ばしてほしいんだよ。オールの先っぽに羽根つけてさ」
「……やめた方がいいんじゃない?」
「え?どうしてさ!?出来ないの!?」
ため息をつきながら言う蔵馬に詰め寄るぼたん。
しかし蔵馬は意見を変える気はないと言わんばかりに、淡々と続ける。
「出来ないことはないよ。遠隔操作も不可能ではない。けど、それじゃ何の解決にもならない」
「何で?あの子は一回飛べたらいいって言ったんだよ?」
「確かにそれで満足かもしれないけど。そうしたらその後その子はどうなると思う?本当に魔法使いとして飛べたと思うんじゃない?」
「いいじゃんか、それで」
「よくないよ。そんな小さい子が沈黙を保てるわけがない。友達に言いふらすに決まっている」
「……それって蔵馬が困るから?」
少し意地悪く言ってみるぼたん。
これが幽助や桑原ならば、むきになって、あっさり承諾してくれるものだが……相手が蔵馬では何の意味もない。
彼はぼたんの意地悪さなど微塵も気にかけず、あっさりと言ってのけた。
「違う。俺は別にいいよ、しらばっくれるのは得意だし、第一その子とは何の関係もないんだから。ただその子は魔法使いの存在を完全に信じる事になる。誰が否定してもね。でも魔法使いなんてそんなにいいものじゃないんだよ」
「え?そうなの?」
「そうなのって……ぼたん。君、物知りなのか世間知らずなのかよく分からないね」
「お、大きなお世話だよ!!」
しかし蔵馬の言うことも一理ある。
確かに一時の心の安らぎは得られるだろう。
だが、その後彼女はまた魔法使いの存在を主張し続けることになる。
前よりは自信を持って言えるかもしれないが、それは正直いいことではない。
夢ばかり追っていては、決して前には進めないのだから……。
ず〜んっと落ち込むぼたん。
お尻百叩きの刑もそう遠くないかも……考えただけでお尻が痛くなってくる。
背中に落ちた影はずしんっとぼたんにのし掛かった……。
が、しかし!!
100d近くありそうだった影が、次の蔵馬の一言で、消滅。
落ちた気持ちもあっさりと浮上したのだった。
「まあ、手がないわけじゃないけどね」
「本当!?」
「ちょっと荒くなるけど、それでよければ」
「お願いするよ!ねえ、どうすんの?」
「耳かして……」
そして満月の晩。
三丁目の公園で、少女はぼたんが来るのを今か今かと待ち望んでいた。
まだ中学生にもならない幼子が、どうやって夜中に抜け出してきたのかはしらないが……。
「まだかなまだかな♪」
もしかしたら来ないかも…などとは全く考えていないらしい。
服装も真っ黒なワンピースに、黒いスパッツ、黒いブーツに黒い三角帽子と、飛ぶ気満々。
ここまでいけば、ある意味すごいかもしれない。
そして午前0時。
タイミングよく、空にたれ込めていた黒雲が切れ、満月が露わになった。
眩しい光の中……月を背に飛んでくる1つの影。
「あ!お姉ちゃん!!」
叫ぶと、少女は走り出した。
とんっと着地したぼたんの目の前まで、全速力!
軽く肩を上下させながら、あのキラキラ光る瞳でぼたんを見上げた。
「お姉ちゃん!!あたしずっと待ってたの!!約束通り待ってたよ!!」
「あ、うん……」
約束は一方的に彼女がしたものだったような気もするが、まあ細かいことを言っても始まらない。
とにかく蔵馬の言った通りに話を進めなければ……。
「えっと、じゃあこれ!」
ばっとぼたんが少女の前に差し出したもの……。
それはぼたんが小さい頃使っていたオールだった。
もう彼女には小さくなったので、押入にしまい込んでいたものである。
その先端に、つまりオールの平らな部分に蔵馬の浮妖科の魔界植物がくっついている。
あまりホウキと言われてもピンと来ないが、何も加工していないぼたんのオールを見て『ホウキ』と言い切った少女なら、大丈夫だろう。
「これあげるよ」
「え!?いいの!?」
「う、うん!あたいにはこっちがあるから」
「やったー!!ありがとう!お姉ちゃん!!」
嬉しさを体中で表現しながら、ぼたんに抱きつく少女。
この純粋な魂を騙していると思うと、気がひけるが……。
「(でもこうするしかないんだもんね。我慢我慢…)」
「わ〜い!とんでみよー!」
ぼたんが心の中でうなっていることなど、少女には知るよしもない。
ホウキもどきを受け取ると、一瞬で跨り、ぴゅ〜っと跳び上がってしまった。
バランス感覚は元々よかったのだろう。
細いオールに左右対称になるように体重をかけ、姿勢もぴんっと延ばし、空高く高く飛んでいった。
もちろん少し離れた位置から、蔵馬が少女のかけ声にあわせて遠隔操作しているのだが。
「右いこー!もっと上ー!!」
こういう時、子供であってよかったと思う。
ちゃんと行きたい方向を声に出してくれるのだから……。
そして数十分後。
一頻り飛び回った少女は、楽しさを十分に満喫したらしく、先程とは変わってゆっくりゆっくりと飛んでいた。
その表情は満足感で満たされている。
満月を正面に、少女は叫ぶように言った。
「あ〜、楽しい〜♪魔法使いになれてよかった!ホウキももらえたから、一回きりじゃなくなったし!!」
「君、誰?」
ふいに少女に誰かが話しかけた。
しかしここは空の上、誰も話しかける者などいないはず……。
少女は驚きながらも、恐れずに声のした方を振り返った。
そこにいたのは、紅い髪に緑の瞳、黒っぽい上下に、自分とよく似たホウキに跨った青年だった。
話かけたのはこの人物に間違いないと、少女はニコッと笑って、
「お姉ちゃん誰?」
「お、ねえちゃん……」
一瞬、誰のことを言っているのか分からなかった。
が、自分以外ここにはいない……ということは、つまりそういうことである。
またしても女に間違われた……怒りを感じながらも、相手は子供と必死に自分を殺す蔵馬。
「(おさえろおさえろ……)」
「ねえ、お姉ちゃんも魔法使いなの?」
「……ああ」
まだ少し不機嫌だったが、蔵馬は答えた。
少女の笑顔が更に明るくなる。
ぼたん以外にも…しかもこんなに綺麗な人までいる、そして自分は今日その仲間入りを果たしたのだ。
「やっぱり!ねえ、あたしも魔法使いなんだよ!」
「違うね」
「え?」
少女の顔から歓喜の色が消える。
変わりに驚愕が小さな口を震わした。
それを観察しつつ、刺激しすぎないように、さりとて同情しないように、ある程度言葉を選びながら話す蔵馬。
「魔法使いなんかじゃない、人間だ」
「ち、違うもん!今は魔法使いだよ!空飛べるんだよ!」
「空なら人間でも飛べる」
「でもホウキで飛んでるもん!!」
「人間でも飛べるんだよ、ホウキで」
「違うもん!!違うもん!!」
泣き出しそうな顔になる少女。
ここで彼女が逃げだそうとすれば、元も子もない。
最もホウキもどきは、彼女の意志で動いていたわけではないのだから、逃げ出すに逃げ出せないのだが。
小さな瞳が水分を帯びる。
それでもそれを必死に堪えようとする少女。
思っていたよりは強い意志の持ち主らしい。
蔵馬はわめく少女の声を区切りを見つけ、タイミングを見計らって言った。
「……じゃあ、君は将来火あぶりになるんだ?」
|