<春風の祝福> 1

 

「…ナイン!テン!勝者、桑原!よって、浦飯チーム準決勝進出決定!!」

審判の小兎の叫びと共に、会場中がわあっと鳴り響いた。
もちろん、歓声ではなく、怒声罵声によるものだったが。

しかし、そんなことを気にする者が、浦飯チームにいるはずがない。
卑怯な手を使ってきた相手を、完膚無きまでに叩きのめせたという満足感に浸ることはあったとしても。
まあ今はそれよりも、いつのまにか来ていた女性軍の方に気がいっていただろうが……。

 

 

会場を出るところまでは、5人が一緒に歩いていった。
別に誰が決めたわけでもなく、ごく自然に……出口はいくつかあるが、無理に遠回りする必要もない。
が、外に出てからは話は別である。
特に会場から少し離れた所、先に出ていた女性軍を見つけてからは…、

「ゆっきなさ〜ん♪」

と、まず、相変わらずいつもの調子で、桑原が飛び出していった。
雪菜も雪菜で、相変わらず彼の気持ちに微塵も気づいていない様子……だが、その光景が兄である飛影にとって面白くないわけがない。

「……」

無言のまま、しゅっと布のこすれる音だけがし、次の瞬間にはいなくなっていた。
しかしまあ……彼がいなくならなくとも、桑原と雪菜は二人連れだって、何処かへ行ってしまったのだが。
そんな実らぬ恋をしている弟を見物しようかと、後を追う静流。
大分短くなった煙草を軽く振って、灰を落とす。
この長さでは、かなり吸いにくいだろうに……しかし彼女もやはり乙女、もうしばらくは持っていたいらしいのだ。
階段の下、そっと火が灯されたあの煙草を……。

 

 

「……あ、ちょっと!螢子ちゃん何処行くのさ!」

ぼたんの声に、桑原の行った方角を眺めていた幽助は、はっと顔を上げた。
何となく顔を合わせずらそうにはしていたが……彼が顔を上げた時、螢子は背中を向けて走り出していたのだ。

「おい、螢子!待てよ!……っと」

螢子のことに意識が行きすぎていたのだろうか?
連戦で負傷しまくった蔵馬に肩を貸していたことを、すっかり失念していたらしい。
蔵馬の細い身体が、前方へよろめいた。
何とか体勢を立て直し、ほっと一息つく。

「わりー」
「いや、いいよ。早く行ったら?」
「え゛……い、いいんだよ!あんなやつ!」

ぷいっと顔をそらして怒鳴る幽助。
ここまで照れているのが丸分かりなやつも珍しいかも知れない。
蔵馬は苦笑せずにはいられなかった。

 

「……なんだよ」
「いや、何でもない。でも行った方がいいよ。聞きたいんじゃないの?何で来てたこと黙ってたのか」
「……」

こういう時には、無理に照れていることを強調するよりは、幽助が知りたがっていることを前提にした方が、効率がいい。
実際、幽助は知りたいことを指摘されたために、余計に気になりだしていた。

 

「……一人でいけるか?」

これは照れているわけではなく、本気で蔵馬を心配してのことだろう。
いつの間にか、覆面戦士も何処かへ行ってしまい、ぼたんも螢子の後を追ってしまっていた。
つまりここにいるのは、蔵馬と幽助だけということである。
幽助が行ってしまうと、蔵馬は一人でホテルまで帰らねばならないということに……。

「平気さ。シマネキ草も枯れたし。傷口も塞がった」
「……本当に平気か?」

もう一度深く念を押す幽助。
蔵馬は何も言わず、笑顔で頷いた。

「じゃあ……わりーな」

まだ少し不安は残るが、幽助は蔵馬の腕をそっと離した。
多少よろめいたものの、蔵馬は自力で立つことが出来ている。
その様子に少しほっとしたのか、幽助は螢子の後を追い、走り出した。
何度も振り返りながら……。

 

 

 

「……っつ!」

ズキンっと左腕に走った痛みに、蔵馬は顔をしかめた。
右腕でかばおうとしたが……バランスが崩れ、そのまま近くの木に倒れるように寄りかかる。
しかし寄りかかっても立つことが出来ないらしく、ずるずると腰が地面に落ちていった。

「……ふう」

何とか痛みがおさまったところで、大きく息をつく蔵馬。
ゆっくり右の手の平を見ると、血で赤黒く染まっていた。

「…まだ塞がっていないか」

ため息をつきながら、再び左手を押える。
今度は傷ではなく、その少し上を……止血しなければ、引く痛みも続いてしまう。
何とか夜までにはホテルに戻らなければ。
そうでなければ、やせ我慢してまで幽助を行かせた意味がない。
いくら死ぬ直前の重傷であろうと、こんな近距離を一人で帰れないなど、妖狐としてのプライドが許さない……。

 

止血しながら、ぼんやりと頭上を仰ぐ蔵馬。
木々の間から僅かに見える夕焼けの空は、血のように紅く、そして美しかった。
数時間前に自分も流した血……色を気にしている余裕などなかった。
まだ滴り落ちる左手の傷を見てみる。

夕焼け空よりも、もっと紅く見えた。
思っていたよりも血は濃いものなんだなと、当たり前のことを思い、バカなことを考えたと自分を笑った。

 

 

しかし、ふいに思った。

 

この血は……綺麗なのか?

 

色の違いはたった今知った。
だが……紅い空は美しいと思った。
同じ紅いものでも、美しいものと美しくないものもあるのだろうか?

 

何を色一つでそんなに悩んでいると、自分に言い聞かせながらも、その考えは打ち消せなかった……。