<ゆきのひ> 2

 

 

 

 ……その日は、雪が降っていました。

「誰か、つぐみを見ませんでした?」

 朝からずっと、僕は彼女を捜していました。
 もう夜も間近です。
 豪雪とはいいませんが、気温の低いこんな時に出かけるのは、あまり感心しません。

 村のあちこちで聞いて回りましたが、誰も知りませんでした。
 最も、ここ数日、そんな日が続いているのですけれど。

 あの日≠ゥら、ずっと。

 

「全く……何処へ行ったのやら……」

 村の中にいないとなると、後は……。

 

「以前の白虎の城か……もしくは、」

 僕はもしくは≠フ方へ、足を進めました。

 

 夜だというのに、雪が降っているのに、雲間からのぞく僅かな月の光を反射させる湖。
 そして、ほんのりと淡く光る、その畔。

 その中で黒い姿は目立ちます。
 彼女でした。

 うっすらと積もる白い雪の中、いちおうは防寒対策をした衣装でしたが、それでも温かいとはいえない姿で、座っていました。

 

 

「…………」

 僕は優しくない男です。

 けれども、勝てない勝負はしない主義です。

 

 好意を寄せる相手が未亡人となったことを……正直、僕は喜びました。
 汚い上に、不謹慎ですけどね。

 けれども、そこにつけいる隙がない以上、何もする気は起きませんでした。
 ずるい上に、卑怯ですけどね。

 

 

 

 

「……つけいる隙がなかった?」

 怪訝に、黒鵺が見上げます。

「ええ、ありませんでした」
「……お父さんが死んじゃったのに?」

「肉体は、ね」
「…………」

 

 

 

 

 異界からやってきた黒い狐さんであり、彼女が恋したその人は……流行病で呆気なく死んでしまいました。

 流行病の名の通り、死んだのは彼だけではありませんでしたけれど。
 ほとんどが高齢者や体の弱い者だった中で、まだ若い(らしい)彼が亡くなったのは、村でも衝撃的なことでした。

 ああ、別に、僕が何かしたというわけではありませんよ。
 優しくない男ですが、そこまで酷くはありませんから。

 まあ、内心喜んだことは、事実ですけれど、ね。

 

 

 けれど……大きな誤算でした。

 考えてみれば、それもまた当然なことだったのですが。

 兄が死に、その流行病で母も死んで、父親は傍にはいられない……。
 心の拠り所と言ってよかった彼がいなくなって……自暴自棄にならないでいられる方が、少々無理があるというものです。

 とはいえ、計算外だったのは、そのことではありません。

 

 ……そんな彼女を想い、彼の魂がこの世界に留まろうとすることは。

 あまりにも、当然すぎることだったのです。

 

 

『つぐみ……』

 遠く離れた僕にも、その声ははっきりと聞こえました。
 こういう時、長く尖った耳は不便なものです。
 聞こえさえしなければ、卑怯な僕の足は、その場から動けなくなることもなかったでしょうに。

「…………」

 彼女が応えずにいるのも、見えましたし、聞こえました。
 だからこそ、やっぱり動けなかったのですけれど。

 本当に見えない、聞こえない≠ネらば、対処の仕様もあったのでしょうが。
 彼女には確実に見えていた、聞こえていた≠フが、はっきりと伝わってきましたから。

 今宵は満月。
 雪が降っていたとしても。

 よほど、妖気が低い存在でない限り、ここ月夜で――それも、想いが強い――魂の声が聞こえないはずがないですから。

 

 

『だんまり?』
「…………」

『いいですよ。そのまま聞いて』
「…………」

『ごめんね。先にいくことになって……許してとは、言わない。ただ、謝りたかったんです』
「…………」

『それから……頼みがあって』
「……頼み?」

 

 そこで彼女は初めて言葉を発しました。

 

 

『はい。聞いてもらえますか?』
「……ものによる」

『ありがとう』
「まだ、聞いてない」

『いいんです』
「…………」

『つぐみ』
「…………」

 

『名前は、黒鵺≠ナ』

「!」

 

 彼の言葉に、彼女の見開いた瞳に。

 僕は、確信したのです。