<ゆきのひ>

 

 

 

 僕の名は、ヒタキ。

 灯る滝と書きます。

 僕が生まれたその日、村に唯一ある小さな滝に、満月の光が差し込み、ほんのり輝いたように見えたからだそうです。

 

 生まれは、鵺一族。

 たくさんの生き物が存在する魔界でも、滅多にお目にかかれないという、いわば珍しい少数民族です。
 そのため、一族全員がほとんど近しい親戚同士という、大家族で育ちました。

 

 これが他の一族などであれば、近しい者同士の間に生まれた者は、上手く育たないことが多いらしいのですが。
 幸いなことに鵺一族にそのような気苦労はありません。

 例え、血が濃くなったとしても、生まれた子供はどの子もちゃんと育ちます。

 

 

 最も、その前段階……生まれる≠ニいうことに関しては、やや問題はありました。

 血が濃くなれば濃くなるほど、何故か子供が生まれにくいのです。
 受精・着床がしにくいと思われますが、医学はそこそこ発展していても、遺伝学に関してはあまり進んでいるといえない鵺一族には、どうすることも出来ません。

 一族を絶やすわけにはいきませんが、かといって血を残すためだけに、気の進まない遺伝子研究を行おうとする者はいませんでした。
 少なくとも、僕の知る限りでは。

 

 幸い、鵺一族の平均寿命と繁殖可能年齢は、ほぼ一致しており、そして魔界の生き物の中でも、比較的長く(ああ、氷女には及びませんが)
 長生きさえしていれば、何とか子孫を繋いでいっていたのでした。

 一族でも歴代の最長寿の夫婦の間には、数百歳も年の離れた兄妹まで産み落とした人たちもいたくらいです。
 残念なことに、彼らは僕の両親ではなく、そして僕の両親はもう亡くなっているため、その記録を破ることは出来ませんけれど。
 まあ、破ってほしいと思ったこともありませんが。

 

 

 

 しかし、血が濃くなれば、それだけ子孫が生まれない……ということは、裏を返せば、血が薄くなれば、それだけ子供が生まれやすくなるということ。

 遺伝学など考えずとも、解決策はあまりにも簡単なことです。

 そして、鵺一族はソレを特別禁止していませんでした。

 

 ただ、鵺一族の住まう場所は、ちょっと普通ではなく……。

 暴風が吹き付ける、高さ数万キロに及ぶ断崖絶壁のほぼ真ん中から生えた、巨大樹の上と中なのでした。

 

 折り重なった巨大な葉と幹の上が、皆で集まる広場や見張り台になっており、樹に自然と走った無数の亀裂の中が、それぞれの住居です。
 あまり広くありませんが、狭くもありません。
 夫婦と子供一人ならば、充分過ぎる広さです。

 食糧の内、飲み水は先ほど申し上げた、村唯一の滝から供給しています。
 滝といっても、住まいとなっているその巨大樹が、崖の中へと根を張り巡らせ、吸い上げた水を、ほんの少し滴らせた結果得られているもの。
 それが小さいながらも滝≠ニ呼ばれているくらいですから、その樹がどれだけ大きいかは、想像がつくのではないでしょうか。

 農業はほぼ行わず、絶壁から飛び立っての狩りや採集が中心。
 貿易はなく、完全な自給自足といえるでしょう。
 後は、たまに魔界でのポピュラーな仕事≠行う程度です。

 

 少数民族ゆえに、そして鵺という貴重種ゆえに、敵に襲われた際、多勢に無勢とならぬよう配慮した結果でした。
 まず、飛べる相手でなければ、問題にもなりませんし、仮に飛べたとしても、この風を正確に読まなければ、墜落死は免れません。
 長い間、ここで生活しているからこその、経験と先祖から受け継いだものゆえなのです。

 が、そのために他の族との交流が、中々持てずにいることは、あまり幸運とは言えないでしょう……。

 

 

 

 だから……だから、当然といえば当然なのです。

 村で最も年若い娘が。
 彼女の亡き母君が、奇跡の兄妹≠産み落としたことで、いずれは子供を産めるのだろうと期待されていた少女が。

 ……本人は知らなかったとはいえ、将来、僕と結ばれることになっていた彼女が。

 

 突然、村の外から黒い狐さんを連れてきたことを、村の皆が受け入れて。

 自然なままに恋をして、そのことを村の誰からも祝福されて。

 村の誰一人、僕と彼女の真実を語ろうとしなかったのは。

 

 あまりにも当然すぎることだったのです。

 

 

 

 

「……知らなかったの? お母さんは」

 僕を見上げてくるのは、小さな男の子です。

 

 鵺一族の血をひく証としての……黒い翼。
 そして、異種族の血をひく証としての……黒い尾。

 名前は、黒鵺。
 彼の伯父からもらった名。

 父を黒い狐さんに、母を鵺に持つ、鵺一族では久しぶりに生まれた、混血です。

 

 とはいえ、鵺一族は混血を嫌いません。
 嫌う種族もあるようですが、鵺一族は違います。

 むしろ、彼は鵺の血が半分だけ=血が薄いということになり、将来的には鵺の血を残す上で、とても貴重な存在であると期待されているのです。

 

 

「そうですよ。彼女は何も知りませんでした。まだ子供でしたからね」
「……それっておかしくない? だって、お母さんが僕を妊娠したのは、結婚した後でしょ? それって、もう大人≠セってことじゃないの?」

「鋭いですね、黒鵺は」

 この子は、とても聡いです。
 その聡明で知りたがりのところは、僕も気に入っています。

 だから、嘘を教えることは、一度としてありませんでした。
 今、この時も。

 

「君の父君が村へ来た頃は、まだ子供≠セったんですよ。子供≠ノは、許嫁の存在は明かさないのが、一族の決まりです。まあ、掟というほど頑ななものではありませんが。とにかく、誰も教えていなかったのですよ。――僕を含めてね」

「……それから?」

「それから、君の父君が村で過ごすようになって……その人柄から、村全体に受け入れられるまで、そう時間はかかりませんでした。そのうち、彼女は大人≠ノ近づいて……大人≠ノなって」

 一度言葉を切りました。
 思い出すのは、もう辛くありませんけれど。

 

「そして、誰の目から見ても明らかでしたよ……彼女が誰に恋をしているのかは」

 

 

 

 

「……だから、誰も言わなかったの? ヒタキさんのこと」
「ええ」

「ヒタキさんの気持ちも?」
「勿論」

「……考えなかったの? 誰も? ヒタキさんの気持ち……」

 少し切なそうに言う彼は、とても優しい子です。
 自分の存在がかかることなのに、こう言ってくれるのですから。

 

「考えても仕方がないことですから。知ったら、彼女は傷つくだけ。分かるでしょう?」

 聡いから、分かりますよね?

「……そうかも……しれないけど……」

 分かるけれど、納得はしていない。
 そんな顔でした。

 だから……教えてあげることにしました。

 

 

「黒鵺」
「はい」

「君は、僕をどう思いますか? 優しい男だと思いますか?」
「…………」

 その間が、全てを物語っていますね。

 

「勿論、優しくなんかないですよ。君も知ってる通り」
「…………」

「けど、勝てない勝負はしない主義もあります」
「うん。知ってる」

 聡く優しい子ですが、正直なところもあります。

 

 

「だから……つけ入ろうと思ったことだって、あったんですよ?」