<シンデレラハロウィン> 4

 

 

 

「……何がいるかな」
「えっ…?」

瑪瑠の言葉に、少女はふっと顔を上げた。
瑪瑠といえば、両腕を組んで、う〜んっと考え込んでいる。

「ドレス…はもちろんだけど。髪留めもいるよね。髪の毛長いから、結い上げたらきっと綺麗だし。後は…」
「あ、あの!!」

ぶつぶつと独り言を呟いている瑪瑠に、少女は驚いたような目を向けた。

 

「なあに?」
「え、えっと……その……い、行かせてもらえるの?」

少女の目は信じられない…という色に染まっている。

「うん! そのお願い事なら、私でも叶えられるから!」
「ほ、本当に?」
「大丈夫だよ。何でそんなに?」

瑪瑠にしてみれば、逆に不思議だった。
目の前に魔女が現れたのだ。
物語のように……とまではいかないが、それでも行かせてもらえるのではないかと、期待するのが普通ではなかろうか?

 

「あ、あの…実は……昼間にも、他の魔女さんが来て」
「え? そうだったの?」

確かに、先ほど少女は驚いたが、すぐに立ち直った。
瑪瑠が始めてでなければ、それも納得がいく。

ということは、同級生の誰か…ということになるが。
彼女の願いが叶っていないということは、少女の義家族の願いを叶えていったのだろうか?

しかし、一人の願いしか叶えてはいけないわけではない。
現に、先ほど会った同級生は、6人姉妹の家を訪れ、全員にドレスを与えて、課題をクリアしたと言っていた。
ここは3人。全員の願いが同じならば、叶えていってもいいだろうに…。

 

「それで……お義姉さんたちのお願い事は叶えてくれたんだけど……私のはダメだって」
「え、どうして!?」

そんな意地悪を言う同級生などいないと思うのだが……。

「その人も困ってた。何でか分からないけど…って」
「そう……」

一体誰だったのだろうか?

 

今、瑪瑠が目の前にしている彼女は、間違いなく『心からの願い』を口にしている。
叶えてしかるべき、願いだ。
これは瑪瑠の感情が、本能が、全てが訴えている。

そして、叶えるべく、力を発揮したいと……。

 

「(出来ない雰囲気なんてないけど……調子が悪かったのかな?)」

魔力の具合が悪かったのか……しかし、考えたところで分からないものは仕方がない。
それに、間違いなく、同級生なのだ。
悪くは思いたくない。

それに、今瑪瑠がすべきことは、そのようなことを考察することなどではない。

 

 

「……私は、出来るよ」

そう言って、瑪瑠はすっとホウキを持ち上げた。
琥珀の勾玉を下げたこれは、空を飛ぶだけでなく、瑪瑠の魔力を増幅し、方向を導いてくれる。

魔法を使うのに、呪文はいらない。
ただ、願うだけ。
心の底から。

そうすれば、魔女の力が、そして狐の血が……願いを形にしてくれる。

 

「わあ…」

少女が驚いてみている前で、琥珀の勾玉が光り輝き、ホウキの先端から、白い光が溢れた。
それは、いつの間にか陽が落ちて、数多の星々が煌めく蒼空へと昇り……星の光と共に、少女へと降り注いだ。

神々しいまでの光の柱。
その中で、少女の細い身体を、白い輝きが更に包み込んでいく。
輝きはふわふわと重なり合って、次第次第形を成していった……。

 

 

 

「! あ、ありがとうっ!」

 

光がおさまった時。
少女は先ほどとは雲泥の差であった。

容姿はもちろん変わっていない。
けれど……高く結われ、美しい飾りをつけた髪。
華美ではない、しとやかな雰囲気の真っ白のドレス……。

それはまさしく、彼女が望んだ『心からの願い』であった。

 

「えっと。ドレス、それでいいかな?」
「素敵すぎだよ! 本当にありがとう!!」

先ほどとは違う意味で、涙まじりに少女は叫んだ。
瑪瑠の両手をしっかりと握りしめた。

 

「良かった! あ、そうだ。ちょっと待って」

と言って、一度瑪瑠は少女から手を離し、その手を頭へと持って行った。
そして、白い獣の耳に手をやると、耳飾りを外す。
それは鳥の羽で出来たもので、随分昔に兄からもらったもので……瑪瑠の宝物だった。

風呂以外では外したことのないそれを、両手で包み込むようにして、魔力を注ぐ。
今度はホウキは使わない。
けれど、白い光は変わらずだった。

光がおさまると、瑪瑠の両手には……硝子の靴があった。

 

「これ。履いていって」

ドレスは魔力で服を変化させたもの、髪飾りは彼女の頭上にふった、散った直後の木の葉でつくりあげたが。
最初から彼女は素足だった。

地面に落ちた木の葉では、生命力がなく、また物質的に違いすぎるため、役に立たない。
かといって、瑪瑠が履いているブーツは学校指定のもので、衣装も含めて、学生程度の魔力では変化出来ない加工になっている。

大事な耳飾りだが……これしか、なかったのだ。

 

「い、いいの? 大事なものなんじゃ…」

一目で、瑪瑠がそれを大切にしているのだと分かったのだろう。
少女は一瞬戸惑いを見せた。
そんな彼女の迷いを一掃するように、瑪瑠は笑顔で言った。

「いいの! だって、私。貴女の願いを叶えたいから!」

 

 

 

 

それから、しばらくの後。
城へ向かって走る一台の馬車を、瑪瑠は手を振って見送った。
丘を越え、森の中へと消えていってはじめて、振り返る。

「ありがとう、蔵馬。何もかも」
「気づいていたのか」

すっと、屋敷の裏口から現れ出でる蔵馬。
そんな彼に、瑪瑠は言う。

「だって、あんなこと出来るの。蔵馬だけじゃない!」

 

彼女の言う“あんなこと”というのは……少女が硝子の靴をはいた直後のこと。
いざ、準備完了、と思ったのだが。

考えてみれば、今から馬車を呼んでいたのでは、時間がない。
魔法界と違って、フクロウ便もない世界。
手紙は出しても幾日も後に届くという。
瑪瑠も魔力はもうほとんど残っていなかった。

 

「「どうしよう…」」

少女と2人、頭をかかえたその時だった。
突如、中庭から続く裏の畑が光ったのは。

驚く2人の目の前で、畑にあったカボチャの1つがふわりと宙に浮いたのだ。
そして、カッと眩しく銀色に光ったかと思うと、次の瞬間には1頭の白い馬に引かれた大きな馬車へと変貌していた。
その馬に、瑪瑠は見覚えがあった。

「ラキ!」
「え? 知っている馬なの?」
「うん。私の学園で飼ってる馬で……でも、どうして…」

ワケが分からずきょとんっとしている2人の前で、馬車はぴたりと止まった。
そして、少女の目前で、扉が開かれた。

「乗って…いいのかな?」
「いいよ、きっと! 早く早く! あ、12時までには帰ってきてね! 私の魔法、今日しかもたないから!!」

慌てて瑪瑠は少女の背を押したのだった。

 

 

 

「銀色の光は蔵馬の魔力だもんね」
「……見抜けるのは、お前くらいだがな」
「え? 何か言った?」

「いいや……だが、良かったのか? あの耳飾り、大事なものだったんだろう?」

瑪瑠の家族のことも幾度も聞いている蔵馬。
当然、耳飾りのこともよく知っていた。

「いいの。だって……」
「何だ?」

 

「あの子の願いは、本当『心からの願い』だった……お城へ行きたいって気持ち、他の人と全然違ってたから」