<シンデレラハロウィン> 2

 

 

 

……その後、蔵馬に連れられ、森を抜け出すことが出来た。
禁断の領域に関することも教わったが、何故彼が出口を知っていたかは、教えてくれなかった。
瑪瑠もそんなことを無理に聞く気はなかったし、蔵馬自身についても深く尋ねはしなかった。

知りたくなかったわけではない。
むしろ、知りたいことだらけだった。
けれど、何となく、蔵馬の雰囲気が聞いて欲しくなさそうだったので、あえて突っ込んだ質問は避けたのだ。

 

ただ、1つだけ。

「また会える?」

W2へ続く大通りに出た所で、別れ際、それだけは問いかけた。
それだけは聞きたかった。

蔵馬はその時は答えてくれず、魔法を使ったのか、瞬時に消え失せてしまった。

 

答えがなかったことに、がっかりしたが、その数日後、今度は学園の中で彼に出会ったのである。

「会えないとは言っていないが?」

驚く瑪瑠に、蔵馬は人の悪い笑みを浮かべて、言ってのけた。
からかわれたと感じたものの、また会えたことへの嬉しさが先立ったのを、今でも良く覚えている。

 

それからというもの、蔵馬は時折、瑪瑠の元を訪れている。
何時、何処から来るのか、さっぱり分からない。
気づいたら、先ほどのように近くにいるのだ。

神出鬼没だが、一人前の魔法使いでは珍しい話でもない。
術式が感じ取れないほどの転移魔法ともなれば、かなり高度なものだが、禁断の領域からさえ、あっさりと出られる蔵馬ならば、容易に納得出来た。

 

 

 

「元気がないな」
「うん。実は……」

蔵馬については、あまりしつこく尋ねたりしない瑪瑠だが、瑪瑠自身は蔵馬に隠し事はほとんどしていない。
というか、隠さねばならない理由も事情も、瑪瑠にはなかった。
両親のこと、兄姉のこと、友達のこと……色々話している内、いつしか瑪瑠は蔵馬には何でも打ち明けるようになっていた。

なので、今回の課題のことも、全て蔵馬に語ったのだった。

 

「……本当にお前は生真面目だな」
「ええ、そうなの? だって、初めて人間界に行けるんだよ! そこで『心からの願い』を叶えるために、初めて魔法を使っていいんだよ! だったら、本当の『心からの願い』を叶えたいよ!」

真剣に真面目に、嘘偽りないどころか、いっぺんの曇りもない。
瑪瑠の瞳は、何処までも真っ直ぐだった。

 

 

蔵馬はしばらく逡巡していたが、やがて口を開いた。

「ときに、課題はいつまでだ?」
「えっと……後3日」
「アテは?」
「……まだ」

言いながら、瑪瑠は視線を手元に落とした。
そこには先ほどからずっと覗き込んでいた鏡。
これは、今回の課題で学校から貸し出される、人間界の様子を映し出せる鏡だった。

 

いくらそれほど難しい課題でないといっても、生徒たちは皆、人間界初心者なのだ。
そして、どんな小さなことでも、人間の助力にならなければ意味がない。
なのに、いざ人間界へ行ってみれば、誰もいませんでした……では、話にならない。

そこで人間界の何処ら辺りへ行くかまでは、魔法界から見当をつけられるよう、こうした鏡がレンタルされるのである。

同時に、ほとんどの生徒は、この時点で誰の願いを叶えるかも決めておくのだ。
何となく困っていれば、様子を見れば、大体分かる。
例えば、トイレに行きたそうにしていれば、これは子供でも分かるだろう。

そうすれば、人間界へ行って、すぐに課題を実行出来るというもの。
試験の条件として、人間界へ滞在出来るのは1日だけと決まっている。
なので、生徒たちは皆、出来る限りの時間短縮を図り、こうして魔法界から観察をするのである。

失敗は許されないから……というよりは、課題をすぐに終わらせて、時間ギリギリまで人間界を堪能するためであったりもするのだけれど。

  

瑪瑠はそんな不真面目なことは一切考えていないが、逆に真面目だからこそ、こうして鏡で人間界を見ている。
何も考えずに突っ走って、誰とも出会えず落第しては、元も子もないのだから。

 

 

 

「……あれ?」
「どうした?」

ふいに鏡を覗き込んでいた瑪瑠が、声を上げた。

「ねえ、蔵馬。今日、人間界では何かあるの?」
「どういう意味だ?」
「だってほら。皆が魔女の格好で街を歩いてるよ?」

言いながら、蔵馬へ鏡を見せる瑪瑠。

 

鏡に映し出されていたのは、ここからそれほど遠くない境界から行ける人間界の小国。
その一番にぎわっている街の風景だったのだが、そこに瑪瑠は違和感を感じたのだった。

見知った顔が大勢いるのは分かる。
試験をこなしに行くには、距離的にも穏やかな国の雰囲気的にも、まさに絶好の場所。
しかし、不思議なのは、同級生たちの服装だった。

人間界で魔法界のことを知っている者はそれほど多くない。
そのため、課題をこなすまでは、人間界の衣装を纏い、いざ課題実行となる時に、課外授業用の魔女服に着替えるのが、一般的だった。

なのに、鏡に映る同級生たちは皆、課外授業用の衣装のまま、街を歩き回っているのだ。
それも、どう見ても、課題中ではなさそうである。
これでは「自分は魔女です」と公表しているようなものなのに……。

 

 

「ああ。今日なら問題ないだろう。人間界はハロウィンだからな」
「ハロウィン?」
「万聖節の前夜祭……まあ、一種の祭りだ。魔法使いや化け物の格好して祝う日だからな。魔女が魔女の格好でいようが、誰も気にしない」
「そっか〜」

そんな日があるとは知らなかった。
やはり蔵馬は物知りだと、改めて感じる瑪瑠。

再び鏡を見ると、人間も同級生の魔女たちも、一緒になって楽しそうに騒いでいた。
祭り独特の雰囲気というものは、何処の世界でも同じなようだった。

 

「……行ってみるか?」
「え?」
「試験終了まで時間もないだろう。祭りは人間の心根が垣間見えることもある。行ってみる価値はあると思うが?」

淡々と、けれどからかいの空気のない言葉だった。

「そっか……うん! ありがとう、蔵馬。私、行ってみる!」

 

 

 

そして、課外授業用の濃い紫の衣装を纏い、愛用のホウキを手に、訪れた人間界。
鏡で見た時にも賑わいはよ〜く伝わってきたが、実際に訪れてみると、段違いだった。

街のあちこちに飾られたオレンジ色のカボチャ。
魔女や化け物の衣装を纏い、飲んで食べて、思い思いに騒ぐ子供たち。

もしこれが試験でなければ、間違いなく、瑪瑠も一緒になってはしゃいだことだろう。
今でも、彼らに混じりに行きたい自分を感じている。
それをギリギリのところで食い止めていたのは、『心からの願い』を叶えたい気持ちだった。
それでもまあ……多少、お菓子を貰ったりはしていたが。

 

しかし、人間界に来たからと行って、簡単に行くわけもない。
困っている人や何かを望んでいる人がいないか、歩きながら探してみたが……どうも、『心からの願い』というものではなさそうなのだ。

それは瑪瑠の魔女としての直感なのか、体内に流れる第六感の優れた狐の血なのか……。

 

「はあ…困っちゃったな…」
「あ、瑪瑠!」
「瑪瑠も来たんだ」

声と共に肩を軽く叩かれた。
振り返ってみれば、同じ課外授業用の衣装を纏った同級生たちだった。

「瑪瑠も課題終わった?」
「ううん、まだ……終わったの?」
「うん! ばっちり!」
「私も!」

笑顔で言う同級生たち。
その両手には、お菓子やら何やらがたくさん抱えられていた。
おそらく課題をすませた後、すっかり祭りを楽しんでいたのだろう。

 

「そっか〜」
「でも、瑪瑠もすぐに出来るよ!」
「そうそう! ラッキーだったよ、今日人間界に来たのは」
「? どういうこと?」

どうも、ハロウィンだから仮装にかこつけて、課外授業用の衣装でいてもいい…という意味ではなさそうである。

「今日はお城でパーティの日なんだって! だから、お願い事をしてくれる女の人が多くてさ!」
「パーティ?」
「ほら、見て。あそこのお城」

同級生の一人が指さした先には、街から小さめの森を1つ超えた先に、ほんの僅かだけ見える真っ白な城だった。
派手ではないが、立派な雰囲気で、なかなか美しい。

「あそこでね。王子様の結婚相手を決めるパーティがあるんだって」
「勉強のために長くお城を開けていた王子様が帰ってきたっていうんで、家臣たちが張り切っちゃったって……つまり、急な話でね」
「ドレスとか色々用意する暇がなかった女の人がたくさんいてさ。皆、あっちこっちで願い事叶えてるよ」
「パーティは夜からだから、きっとまだたくさんいるよ!」