蔵馬が目を開けたそこは、人間界ではなかった。
いや、人間界よりも空気が重く、瘴気の強さから言って魔界なのは確か。
自分がこの姿になる前に、何千年も生きた場所。
傷付き、傷付け、奪い合い、殺し合い・・・裏切って、裏切られて、たくさんの血を流した場所・・・・・
そして
あいつと別れた場所―――――
けれど、ここが魔界の何処ら辺なのかはわからなかった。
・・・いや、わからないと言うよりも、来たことがないように思う。
まぁ何千年と生きていても、魔界は広い。知らない所などあってもおかしくはないのだが。
しかし、
来たことがないにしては、妙に落ち付いていられた。
元々冷静な判断力を持ち合わせているのもあるが、初めての場所なら普通少しは緊張があるもの。
今の蔵馬に、それはなかった。
そもそも、何故こんな所に来ているのかさえわからないのに、静かにただ立っていられる。
落ち付いて周りを眺めていられるのだから正直、自分でも不思議だった。
本当に知らない場所・・・なのに、
何か―――来たことがないのに、知っている。逢ったことのあるような・・・・・
「誰だ」
ふと、後ろに気配を感じて振り返る。流石に少し緊張感を覚えた。
「おいおい。そんなに警戒しなくても良いだろ?」
そう言って、生い茂った竹の間から出てくる人物。
聞き覚えのある声―――――――――――
あの時から、忘れることのない声。
「・・・・・黒鵺・・・・・?」
そう。彼だった。
魔界で一緒に盗賊をやり、共に信頼し合った仲間。
・・・蔵馬よりも、一足先に「生」をいう仕事を終えてしまった人物。
「よぉ。久しぶりだな」
そう言って竹の中から片手を挙げてニッと笑って出てきた黒鵺。
その笑顔は、蔵馬が一日たりとも忘れたことのないものだった。
「っ・・・お、お前・・・なんでこんな所にいるんだ?」
珍しく、驚きを隠せない蔵馬。
それもそうだろう。今、目の前にいる人物が人物なのだから・・・・・
「ん?いいだろ、この場所。俺死んでからずっと、一日一回ここに来てんだぜ。俺が見付けた特等席」
そう言いながら、蔵馬に近づく黒鵺。
「まぁ座れよ。色々聞きてぇことあるだろうし、俺も言いたい事があるしな」
傍までやって来た黒鵺は、蔵馬の足元に腰を下ろした。
蔵馬もゆっくり、隣に腰掛ける。
再び会えた仲間。
お互い口には出さない性格だが、嬉しさがあるのは事実だった。
最初に口を開いたのは、黒鵺。
「・・・さぁてと。何から話す?」
ぐっと後ろへ伸びをしながら尋ねる黒鵺。
それに対して蔵馬は、座る際に前へ出た髪を後ろへ払いながら言った。
「・・・・・ここが何処か、と、お前が何故ここにいるのか、聞きたいな」
素直な質問。会えたことが嬉しいのに変わりはないが、何故ここにいるのかは一番の疑問。
「あぁ、それな・・・」
一呼吸おいてから、再び口を開く黒鵺。
返ってきたのは、意外な言葉。
「・・・・・警戒しないのか?」
「え?」
不思議そうに黒鵺を見る蔵馬。
まぁ、普通はそうだろう。
仲間が自分に「警戒しないのか」なんて尋ねるなんて。
不思議意外の何ものでもない。
「いや・・・冥界とかなんとかと戦った時に、お前・・・俺に化けた奴に会ってるし・・・今回は疑わねーのかなって」
ちょっと声を落としていう黒鵺。
・・・確かに。
ああいう経験が一度あるにしては、今回は全く警戒していない様子の蔵馬。
それを見て、尋ねたのだろう。
蔵馬はふっと笑って言った。
「なんだ。お前あの時見てたのか?」
「あぁ、上からな。・・・ってそうじゃねぇ。俺の質問に答えろよ」
「くすっ、なんで警戒しないかって?さっきお前が言わなかったか?”警戒しなくても良いだろ?”って」
「そうか・・・って。蔵馬・・・お前ちゃんと答える気あんのか?」
「今のじゃ不満か?」
「や、不満っつーか・・・本当にそんだけでか?」
「俺が嘘をついていると?」
「そーじゃなくて・・・・・だー!!ったく・・・お前なんか性格変わってねぇか?」
黒鵺は少し不機嫌な顔をしているが、蔵馬はとても楽しそうだった。
からかって、その反応が面白い・・・というのもあるが、やはりこうやってまた話せていることに、喜びを感じているのかもしれない。
「まぁ昔から扱い難い奴だったけど・・・何考えてんのかわからねーし・・・・・」
未だ文句を言っている黒鵺に対して、蔵馬は魔界の空を見上げて言った。
「疑わないさ」
「・・・え?」
黒鵺が、驚いて蔵馬の方を見る。
「お前は黒鵺だ。間違いないさ。疑わないし、警戒しようとも思わない」
そう言った蔵馬の口調はしっかりしていて、確信を持ったものだった。
そして深緑の瞳にも、どこか強い意思が感じられた。
「あれか。お前の・・・勘か?」
「勘・・・というより、'感'かもしれないな。今の俺に、お前を疑うという感情はない」
蔵馬のその言葉を聞いて、黒鵺がふっと笑った。
「・・・なんだ?」
それが気になって尋ねる蔵馬。
「いや。やっぱ変わんねーよ、お前」
そう言った黒鵺の瞳はどこか寂しげで。
しかし、自分を信じてくれた蔵馬に嬉しさを感じているものだった。
「さて。俺の質問に答えてもらおうか」
「あ?あぁ。ここが何処かってやつな。それと、俺がここにいる理由・・・」
「・・・俺はこの場所に来たことはない。しかしここまで派手に竹が生い茂っていたら気付く筈なんだが・・・・・」
「ふっ・・・来たことなくて当たり前さ。ここは、俺が死んでから見付けた場所で、俺の心みたいなもんだから」
「・・・どういうことだ?」
「つまりな・・・・・」
俺が死んだあの時、俺は霊体になった。まぁ当たり前の話だがな。
それで霊界に行かなきゃならねーわけなんだが・・・どうも死んだ実感がなくて。
しばらくお前たちの盗賊について行ってたんだ。
動きやすかっただろ?俺が死んだ後。
そりゃそうさ。お前たちが仕事しやすいように、俺が予め鍵を外したり、屋敷の住人を反対方向へ呼び寄せたりしてたんだからな。
・・・まぁ、そんなことしなくてもお前たちが負けるなんてのはありえねーとは思ってたけど。
やっぱ・・・さ。俺、まだ盗賊やっていたかったみてーなんだ。
お前と一緒に。
でも、霊界がこんな俺の行動を放っておく筈ねーだろ?
その内に案内人が来て、本当に俺の盗賊が終わったんだ。
けど、あいつ・・・コエンマだっけ?
霊界に行ってしばらくしてからまた会ったんだけださ。
どういうワケかは知らねーが、俺に一日一回の魔界浮遊を許可してくれたんだ。
不思議で仕方なかったけど、理由を聞いても答えねーし、何も罰はないって言うから俺はすぐ魔界へ行った。
・・・・・その時、お前はもういなかったけどな。
で、お前が人間に憑依したってのを聞いて、あぁそうなんだって思って。
・・・けど、やっぱり俺自身、魔界が好きだからさ。その後も、こうやって魔界に来てるってわけ。
ここは、俺が魔界浮遊してて見付けた特等席なんだ。
あと、冥界がどうのって時は・・・まぁ霊界もあの状態だったしな。
なんかの拍子で人間界に一瞬行けたんだ。
それで、その時ちょうど見たのが、お前と偽者の俺が戦ってるとこだった・・・ってわけ。
「これで満足か?蔵馬さん」
「・・・・・あぁ。じゃあもうひとつ。なんでここはこんなに竹ばかりなんだ?一応人間界の植物なんだし、不自然だろ?」
「ん。それは・・・・・」
「さっき言っただろ。ここは、俺の心みたいなものだって」
「・・・え?」
・・・俺さ、正直俺の手で殺してやりたかった。偽者の俺を。
霊体の俺でも、ちょっと本気を出せば、足元崩してやるくらいできたんだぜ?
けど・・・・・あの時お前言ったじゃん。
”あいつはどんなことがあっても、敵を背中から襲う真似はしない男だ”
それを聞いて・・・なんかやりきれない気持ちになって。
お前が勝つのを信じて見てたんだよ。
・・・・・その時、なんか嬉しくて。
お前と会えてよかったなって、その時改めて思ったよ。
で、お前が戦いに使ったのが、この竹。
なんとなく気に入ったから、こうやってここで育ててるんだ。
「ありがとな、蔵馬」
nekt...