第3夜 それから

 

 

 

   Episode.1.5 引かれ合う鍵

 

 

 

 

 はじまって最初にしたのは、やはり自己紹介だった。

「ぇ、と。亜門 梅流、中1です。よろしくね」

 と、最後の自己紹介をしたのが、兄の恋人だった。

 

 

 

  1. 同じもの(後編)

 

 

 

「秀は、妖怪や幽霊を信じてくれる子だよ」

 この仲間の間柄一番大事なことを、秀一は皆に教えた。

 へー、とおもしろそうに幽助は秀に訊く。

「じゃ、霊感あるんだ?」
「あまり強くありませんが、…はい」

 苦笑気味に秀は首肯した。
 特に気にせず、秀一は何気に口にした。

 

「まぁ、この肉体の本来の持ち主は、秀だったからね」

 それなりの力はあるだろうなぁ、と呟くように付け足した。
 
が。何よりそれは爆弾発言だ。

 

「は?」

 南野兄弟以外の声が、異口同音した。
 むしろ、それが一番のびっくり箱じゃなかろうか。
 勘のいい女子はしばらくして何となく判った気がして納得したものの、どちらかというと鈍感な男子には判らない。

「どういう関係なんだっ?」
「てか。その体が秀のって、どういうこと?」
「判るように、ちゃんと説明しろ」
「ぇ、ぁ…ちょ……」

 すごい勢いで、幽助たちに兄弟は質問攻めになった。

 

 

 

・・・ ・・ ・ ・

 

 

 

 ひとしきりに一段落つくと、それぞれ好きにやりはじめた。

 

 いろいろな質問の嵐からやっと解放された秀は、ベランダに足を運ぶ。

「ぁー、もう…」

 先刻までの騒がしさに苦笑しながら、ベランダへの引き戸を開けた。
 ベランダには、賑やかな場所から非難してきた先客が三名いた。
 そのうちの一人を、秀は呼ぶ。

 

 

「兄さん」
「秀」

 呼ばれて秀一が振り向くと、その隣にいる梅流も振り向いた。
 ひとなつっこそうに、梅流は笑いかけてきた。

「秀くん」
「亜門さん」

 なんだか疲れてた気持ちが吹き飛ぶ気がして、秀は無意識に頬を緩ませた。
 梅流とは反対側の秀一の隣に寄ると、秀はひとつ溜め息を吐いた。

 

 

「兄さんったら、ずるいなぁ」
「え?」

 首を傾げる兄に、秀は文句を垂れる。

「皆の質問の嵐から、いつの間にか逃げちゃって」
「南野さん、秀くんに押しつけてきてたんですか?」

 困り気味に訊く螢子に、あぁ、と秀一は本音を漏らす。

「答えるのに疲れてきたし、何より面倒臭くなったから、つい」
「……」

 つい、で弟に押しつけるのか。

 

(…兄さんの性格を考えれば、そうか)

 額に手をあてて、秀は諦めたように納得した。
 二人の性格に、螢子は素直に思ったことを口にした。

 

 

「同じ名前なのに、ずいぶん中身は違いますね」

 違う人間なのだから、そんなのは当たり前なのだが。

「ですね。ぼくは名前負けしてますが」

 苦笑して、秀は肩をすくめた。
 秀一、という名前は、出来る子、という意味が大抵ある。まさしく名前のとおり出来る兄と比べると、自分は名前負けだ。

 

「…そう?」

 肩を落とす弟が、秀一には判らない。

「秀は俺と違って、人付き合いが出来ているのに?」

 この名前は、勉強が、というわけではないと秀一は思ってる。人付き合いも、出来る、うちではないだろうか。
 自分はよく敵を作ってしまうのだが、秀はそうではない。ひとあたりがいいのだ。

「そう…かな?」

 きょと、と秀は疑問符を飛ばした。もともとの性格もあり、その辺のところは本人自覚なかったりする。
 でもさ、と梅流は兄弟を見て目を細めた。

 

 

 

「蔵馬と秀くんの名前が一緒って、運命みたいだね」
「ぇ?」

 思いがけないそれに、兄と弟は同時に訊き返した。
 手を一度叩いて、螢子は頷いた。

 

「そうね。同じ名前だなんて、ね」

 ねー、と判り合ってる女子二名に、秀と秀一は首を傾げる。

「秀一、なんてどこにでもある名前だよ?」
「それで、運命、ていうのは…」

 どうなんだろうか、と思う。
 ちいさく笑いながら、螢子と梅流は答えた。

 

「その何十人といる同じ名前の中、繋がりのあるふたりが出会えるなんて」
「まさしく、奇跡でしょ?」
「……」

 言われてみれば、そうかもしれない。何十…いや、何百万の一の低い確率の中で出会えたのは。
 思わず、秀一と秀は目を合わせた。

 

 

 噂のように耳にしたことがある。
 同じもの・似たものは引かれ合う、のだと。

 自分たちのそれは、名前、だったということだろうか。
 互いに気にしていた思いを胸に、同じ名前を鍵にして。

 

 会うために。

 

 何度か瞬きをして、……二人は笑った。

 

 

「そうかもしれないな」
「ね」

 

 会わなければ、ずっと気にしたままだった。
 自分はこのひとの生を奪った、と。あのひとの本当のこどもを奪った、と。
 あのひとはちゃんと出逢えたのか、と。
 ずっとずっと気にしたままだった。
 うれしそうに梅流は微笑んだ。

「よかったね」
「あぁ」

 

 感謝するように、秀一は梅流の頭をやさしく撫でた。
 そんなふたりを見て、秀は改めて安心した。

(あぁ…)

 彼女だ。兄のたいせつなひと。
 梅流といる時の秀一は、特にやさしい瞳をする。
 最初こそは想像と違って戸惑いもしたが。
 本来根は真面目だろう兄は、そんな彼女のおかげでゆとりが出来ているのかもしれない。
 しかし。

 

「……」

 なんだろう、と秀は胸の辺りに感じるものに疑問符を飛ばす。
 首を傾げる秀に、螢子も首を傾げる。

「秀くん、どうしたの?」
「ぁ…、いえ……」

 頭(かぶり)を振ると、秀は梅流に目線を向けた。
 兄と楽しそうに話す梅流に、言葉にならないなにかが胸に降りる。初めにみたときも、なにかを感じた。
 なんだろうか?

(……なつかしい、のかな…?)

 今日が初めてなのに? ――本当に?

 

 

(……)

 目線を夜空に移すと、街の明かりでほとんど見えない星々と、すこしだけ欠けた月があった。
 
不確かなひとつの答えに、秀は辿り着く。
 遠い遠い昔、自分は彼女と会ってるのかもしれない――と。

 

それはまた、別の話。

 

 

 

 

 

−1. 同じもの(後編)/