第3夜 それから

 

 

 

Episode.1.5 引かれ合う鍵

 

 

 

 父・修夜が、南野 志保利さんと再婚した。

 それから、間もなくした日。

 

「秀、紹介するよ」

 母の連れ子にあたり、現在ぼくの兄にあたる南野  秀一がそう言ってくれたのは、先週のこと。

 

 

 

  1. 同じもの(前編)

 

 

 

 In浦飯家。

 

「へー。これが、蔵馬母の再婚相手の連れ子」

 

 上がらせるなり、幽助はまじまじと秀を見る。
 おー、と和真も幽助の後ろから同じように秀を見る。

「ずいぶん、かわいらしい顔してるなー。雪菜さんには負けるけど」
「女と比べてどうする」

 呆れ気味に、静流は弟を小突く。
 すこし気にいらなそうに、飛影は息を吐いた。

「蔵馬の弟になるとは、うん千年早いわ」
「飛影さん…」

 そんな飛影に、雪菜は苦笑する。
 いくつかの料理を手に、温子がキッチンから顔を出した。

 

「名前はなんて言うんだい?」
「ぇ、ぁ。畑中 秀一です」

 途端、ざわ、と秀一、飛影、雪菜以外の全員が驚いた。
 温子と一緒に料理を作っていた螢子が、やはりいくつかの料理を盆にキッチンから出てきた。

「秀一、て南野さんと同じ名前よね?」

 その螢子の言葉に、飛影と雪菜は、あぁっ、と思い出したように頷いた。
 皿をテーブルに置き終わった温子は、ちいさく口にした。

 

「…運命なのかね」
「ぇ…?」

 聞こえたが、秀一は空耳だと思い温子に振り向いた。けれど、温子はただ、微笑んでるだけだった。

「……?」

 何かが聞こえた程度だった秀は、首を傾げた。
 他の皆には聞こえなかったらしく、なおさら億年早いわだのじゃぁやっぱり頭いいのかだの好き勝手言っては盛り上がっている。

 

 ――ガッシャンッ

 

「!」

 皿が割れた音が、甲高くリビングに響いた。
 全員なにごとか、とキッチンに視線を走らす。すぐ後に、ガシャカシャガチャガチャー…、という音まで耳に届いた。
 次には、秀以外の全員が理解出来た。
 …またか。

「ちょっと見てくるよ」

 ひとつ息を吐くと、秀一はキッチンへと姿を消した。

「??」

 瞬きを何度かして疑問符を飛ばしてる秀に、幽助はおもしろそうに教える。

 

「先刻皿割ったのは、蔵馬の恋人なんだぜ」
「ぇ。兄さんの恋人が?」

 なんか想像とは違うらしき兄の恋人に、秀はさらに瞬きをした。
 だって、兄は秀才だ。だったら、その恋人もおだやかな出来たひとではないか……と想像していた。

 あれー、と和真が秀に訊く。

「秀一って、梅流に会ったことないのか?」
「秀でいいですよ。…はい、今日が初めてです」
「ぇっ! 隣の家なのにっ?!」

 驚く幽助に、秀も驚いた。

 

「隣っ」
「隣」

 同じく驚きながら、和真は頷いた。
 やっぱり驚いた螢子は、数秒して思い出す。

「そういえば、弟…秀くんを紹介してくれる、て言ってくれた日、南野さん、なんかおもしろそうに笑ってたわよね?」
「ぁっ」

 幽助、和真、飛影の三人は、同時に声を上げた。

 

『そういや、蔵馬』
『ん?』
『もうその弟は、お前の恋人と顔合わせたんだろう? 反応どうだった?』

 そう訊く幽助に、ただ秀一はなんかおもしろそうに笑っただけだった。

『?』

 それで答えが判るわけはなく、その場にいた全員が顔を合わせ首を傾げた。

 予想としては、きっと梅流の性格に驚いた秀がおもしろかったんだろうな、と。

 

  …まぁ、現に秀は、梅流の所業に驚いているが。
 ついでに言えば、幽助たちは、兄弟して同じ名前、ということに驚いたが。
 呆れ半分に、飛影は溜め息をついた。

「まったく、あいつは…」

 昔から変わらない。その場でも驚くだろうひとつひとつのことを、時間を経てそれらをまとめて倍に驚かす、というやり方は。
 思わず、幽助と和真は息を吐き、螢子と雪菜、秀は苦笑した。

 

 

「ごめん。皆、待たせたね」

 きっと割れたのだろう皿やら何やらの片付けが終わったらしく、秀一が恋人を連れてキッチンから出てきた。

(あれ…?)

 恋人を見るなり、秀は胸に光のようなものが走った気がした。
 なつかしいような、切ないような……。

 

「ごめんなさいっ。もう料理は全部運び終わったから、調理器具を片付けてたんだけど…」

 と、懸命に謝る兄の恋人は、かわいらしいひとだった。
 胸上ぐらいのソパージュした黒髪に茶色の瞳。身長は160ぐらいだろう。
 メンバーの自分を見る表情に、秀一は笑顔で応えた。…背中に悪魔の翼がある気がするような。

 

「驚いた?」
「びっくり箱はいらんっ!」

 秀以外の男子の声が、綺麗にハモった。

 

「……」

 深く、秀は息を吐いた。
 父が志保利と再婚するまでの間、秀は秀一と何度か会い話したりして判ったことがあった。
それは、正式に兄弟になってからはさらに実感する。
 秀一は、外見では何に対してもやさしそうな顔立ちをしているが、実際は結構いじわるな性格をしているのだ。

 

 

  ――ぱんっ

 

「はいはい。南野に怒るのは後回しにして、志保利さんの再婚パーティー、はじめようや」

 手を一度叩くと、温子は景気のいい明るい声で本来の目的に戻す。
 ビール瓶を片手に、静流は笑った。

「本人はいないけどな」

 こんな賑やかな人達の中に、体の弱い志保利を呼べなかったのも一理あった。
 自分を指して秀一は訊く。

 

「俺が代理人?」
「じゃぁ、ぼくは父の代理?」

 同じく自分を指して、秀は首を傾げた。
 苦笑気味に、螢子は頷いた。

「そうなるのかな?」

 そんな三人の横に、いつの間に離れてたのやらわたわたと戻ってきた梅流に、秀一は振り向く。

 

「梅流、何?」
「ぁ。はい、飲み物」

 梅流の持ってきた盆の上には、オレンジジュースの入ったグラスがみっつあった。
 
ありがとう、と秀一はグラスをひとつ貰うと、梅流は秀にも盆を差し出した。

「どうぞ」
「ぁ。ありがとうございます」

 素直に礼を言うと、秀もグラスを手に取った。
 最後のひとつを自分のに、梅流は盆を近くの椅子に置いた。

 

「ほい、螢子」
「ぁ。ありがと」

 アップルジュースの入ったグラスを、螢子は幽助から受け取った。
 全員に飲み物がいき渡ったのを確認すると、温子はビールの入ったグラスを上げた。

「では。今から、志保利さんの再婚パーティーをはじめるっ」

 まるで打ち鳴らすように、温子はグラスを前に押した。

 

「乾杯っ」
「かんぱーいっ」

 同じように飛影以外の全員が、全部のグラスと打ち鳴らすように前に上げた。
 そして、それぞれ近くのひとと実際にグラスを打ち鳴らし。

 

 

  パーティーの幕が上がった。

 

 

 

−1. 同じもの(前編)/