第3夜 それから

 

 

Episode.1 あえた

 

 

2. 祈ってた

 

 

 

 ずっとずっと、祈ってた。

 あなたが、たいせつなひとに出逢えるように。

 

 

 

 ――カランカラン…

 

 喫茶店から出ると、二人は近くの公園へと足を運ぶ。
 その道すがら、銀杏並木の歩道を歩いてく。

 

(あぁ…)

 

 秀一は、やっぱりいいな、と並木道に目を細めた。
 この時期の銀杏は綺麗な黄色に彩られ、陽の光がさらにそれを引き出している。やはり、芽吹き育ち色を付けていく様は、自然のままの方が見ていても気持ちがいい。
 造花なんてもってのほかだが、能力(ちから)で植物の成長を促し育てるのもあまり好めない。

 

 

 

 隣を歩くよっつ上の兄に、弟は訊く。

「兄さんって、盟王高なんだって?」
「あぁ、そうだよ」
「そのうえ首席!」
「そうは言うけど、それはちゃんと授業を聞いていればなれるものだよ?」
「頭の出来だと思うなー」
「そうかな?」

 本気で首を傾げる秀一に、秀は眉を寄せる。

 

「そうだと思う」
「うーん…」

かるく秀一は空を仰ぐ。

(次の宿題、答え教えてもらっちゃおうか?)

内心、怒りの四つ角付きで秀は思った。実際、その気は全くないが。答えが判っても、それまでの過程を理解出来なければ意味がないからだ。

 

 

 

 

「…秀は、妖怪って信じる方?」

 なんとなくの秀一の問いに、秀はさらっと頷いた。

 

「うん。どちらかというと」

 笑って答える。

 

「あったことあるしね」
「…え?」

 すこし驚いた兄に、秀は訊き返す。

 

「兄さんは?」
「……いる、とは思うよ」

 自分が妖怪なのだから。
 その答えに秀は、きょとん、と秀一を見て一言だけ返した。

「ふー…ん…」
「?」

 なんか納得してないような…興味のないような秀の反応に、秀一は首を傾げた。

 

 そうこう話しながら歩いてくうちに、公園に着いた。公園の周辺は桜の木に囲まれていて、冬に向けて葉を落としつつある。
 座る場所はないかと二人はさらに歩を進めると、遊技場からちょっとした広場に出た。家族や友達と野球やサッカーとかで遊ぶには、ちょうどいい広さかもしれない。
 冬よりマシとはいえ、やはり寒いこの時期に外でくつろいでるひとは殆どいなく、桜の木の下に設置されたいくつかのベンチはガラ空きだ。
 奥のベンチを秀一は指した。

 

「あそこのベンチにしようか?」
「いちばん奥の?」
「うん。今日は天気が良いし、まだ葉をつけてるのよりは殆どない木の下の方が、陽の光があたるだろ?」

 見れば、秀一の指したベンチの後ろの木は、もう数えるほどしか葉をつけていない。

「ぁ、そだね」

 意図が判って秀は頷いた。
 日陰はやはり寒いのだが、陽があたると結構あたたかいのだ。
 そこに向かうべく、二人は再び歩を進めた。

 

 

 

――サワ…

 

 秋の風が、二人の肌に触れる。
 朱い秀一の長い髪が揺れる。
 綺麗だな、と秀は思う。そして、変わらないな、とも思った。
 初めて出会った時と。

 

「……ねぇ、兄さん」
「何?」

 少しだけ乱れた髪を、秀一は直すように手で梳く。
 秀は足を止めた。
 訊きたい事があったんだ。もし、またあなたに会えたなら、訊きたい事が。

 

「秀?」

 つられて秀一も、秀の数歩先で足を止めた。
 振り向くと、何か心配そうな顔をした秀がいた。

 

「あえた?」
「…え?」

 問いの意味が判らなくて、秀一は思わず訊き返した。
 付け足すように、秀は言う。

 

 

「たいせつな、ひとに。」
「!」

 瞬間、秀一は一気にひとつの記憶に行き着いた。
 もしかして。

 

 

「きみ、は…」

 判ったのか、という風に秀は微笑(わら)った。

 

(…そうか)

 

 きみだったのか。
 あの時、俺にこの身体をくれたのは。
 後、きみは転生し、今目の前にいる。

 

 

(…ずっと、気にかけてくれたのか?)

 

 転生した時から。…いや、この体を俺にくれた時からかもしれない。

 

(…通りで、あんな反応だったわけか)

 

 信じるも信じないも、俺が妖怪だと、初めから判っていたからだろう。
 丁寧に、秀一は言葉にする。

 

 

 

「…あぁ」

 想いをのせて。
 ありがとう、と。

 

「逢えたよ。」

 やさしく微笑(わら)う秀一に、秀も微笑った。

 

「よかった」

 一目で、あなたはあの時のひとなんだと判った。
  姿が変わっても、変わらない気高さ。
 けれど、変わったね。
 それは答えが判るまでは確信が持てずにいた。

 

 少し照れたように秀一は言う。

「…次、紹介するよ」
「うんっ」

 嬉しそうに、秀は頷いた。
  あなたがたいせつだというひとは、どんなひとなのだろう?

 

 冷たかったあなたの瞳を、やさしさに変えたひと。

 

 

 

−2. 祈ってた/完