第3夜 それから
Episode.1 あえた
1. 顔合わせ
もうすぐ、秋になる。そんな頃だった。
「え?」
お茶をしながら、母・志保利が思い切ったように切り出した言葉に、その息子・秀一は驚いてティーカップにかけた手が止まった。
「再婚?」
「ええ、そうなの」
頷いて、志保利は心配そうに息子に訊く。
「嫌?」
「そんな事ないよ」
笑って否定する。
驚きはしたが、悪い事とは思っていない。むしろ、良い、と心底思う。
一安心して息をひとつ吐くと、志保利はかわいらしく人差し指を口にあてた。
「そう。けれど、秀一。それはきちんと会ってから、判断してくれる?」
「うん。俺は構わないけど、ふたりの邪魔にならないかな?」
せっかく好きなひとと会うのに、子供が側にいてはデートにならないだろう。
紅茶を一口飲んで、志保利は微笑んだ。
「大丈夫よ。その時は、あのひとも子供を連れてくるから」
「……いるの?」
「いるのよ。秀一より、よっつ下って言ってたわ」
すこしだけ悪戯っ子のような仕草をする母は、子供から見てもかわいいと感じる。
「そっか」
クッキーを頬張り、あぁ、と秀一は納得した。次のデートで結婚を決定付ける気だろう、と。
「それは何時になるの?」
「再来週の日曜日」
「☆ それはまた早いね…」
「その日、秀一は予定あるの?」
「いや、ないよ」
苦笑気味に答えて、秀一は改めて母の性格を理解した。おっとりと見えて、実は決断が早い事を。
紅茶を一口飲んで、頷く。
「判った。再来週の日曜だね」
・・・・・・・
当日。
天気がよく、陽の光が黄色く染まりはじめた銀杏の葉を照らす。
そんな景色が見える喫茶店の窓辺に席を取り、子供二人が今日初めて顔を合わす。
この喫茶店は外装・内装共に主に白、それに落ち着いた茶色と黒で統一されたシンプルな全体的の造り。
そこに、ある程度の小物で飾り付けらているテーブルや壁はなかなかセンスが良い。
間取りは大きく明るい感じで、一般的にある暗さのある喫茶店とは違い入りやすい。
母と義父になるであろうこのふたりの行きつけとなってるこの喫茶店に、あの子も連れて来てみようか、と内心その子の反応を楽しみに秀一は思った。
「初めまして。今君のお母さんと交際させていただいてる、畑中 修夜といいます」
母が選んだひとだけあって、やさしそうな男性だ。けれど、芯の強そうな瞳をしている。
大丈夫だ。このひとになら、母を任せられる。
そう、秀一は確信した。
自分も簡単に自己紹介をする。
「こちらこそ初めまして。南野 秀一です」
「☆」
秀一の真向かいに座る修夜の息子が一瞬驚いて、次には笑った。
「?」
「あら」
そんな彼に、秀一と志保利は判らなくて目を合わす。
慌てたように、彼は自分の名前を告げる。
「ぁ、すみません。あの、ぼくも秀一、て言うんです。畑中 秀一」
「ぇっ」
「あら」
今度は秀一と志保利が驚いたが、志保利は次には嬉しそうに目を細めた。
「そう。何か運命みたいね。私は南野 志保利。この子の母親よ」
「はい。よく父から聞いてました。綺麗でやさしくて。二度目に愛した大切なひとだって」
人なつっこそうな可愛い顔で、よく聞かされた修夜のノロケを彼はバラした。
頬を朱らめて、修夜は慌てる。
「こらっ、秀一っ」
「嘘言ってないよー?」
仲の良い父子関係に、秀一は思わず吹き出す。
「ありがとうございます。そんなに母を想ってくれて」
くすくすと笑いながら、秀一はお礼する。志保利は嬉しそうに、少し頬を朱らめていた。
ふ、と志保利に疑問符が飛んだ。
「うちの息子と修夜さんのお子さん。同じ名前だから、同じ呼び方だと困りますよね?」
「……確かに」
それに男三人の声がはもった。
「…兄さん」
「君限定でしょ、それ」
彼の吐いた一言に、秀一は息を吐く。
心底驚いて、彼は顔を上げた。
「いいの?」
「何が?」
「兄さん、て呼んで」
「構わないよ。俺たち兄弟になるんだろう?」
その秀一の問いに、ぱっ、と嬉しそうな表情に彼は変わった。
「うんっ!」
すでに兄弟のようなやりとりの二人を、志保利と修夜は微笑んだ。
ぁ、と思いついた志保利が小さく手を叩いた。
「うちのはそのまま“秀一”で、あなたは“秀くん”、てどうかしら?」
年齢が上か下かの差で付けた呼び方だ。単純だ、と三人とも思ったが、変に変わった呼び方よりはいい。
「いいんじゃない? それで」
「判りやすいしな」
「うん。ぼくも、それでいいよ」
それぞれ賛成だと口にした。
一段落着いた所で、秀が席を立った。
「兄さん、外に出よう」
「……そうだね。出ようか? 俺たちも話したいし」
自分を誘う見当が何となく判り、秀一はそれに乗る。
同じく席を立った秀一に、志保利は怪訝になる。
「秀一」
「父さんは父さんたちで、楽しんでね」
遮るように、秀が外に行くわけを明るくさらっと口にした。付け足すように、秀一も二人に言う。
「ある程度の時間になったら戻ってくるから」
「それまで、ぼくが兄さんを借りるね。母さん」
嬉しそうに、秀は秀一の腕に抱きついた。秀に早速、母さん、と呼ばれて、志保利は驚いたが次には嬉しそうにして、それから頷いた。
「ええ、判ったわ」
「ある程度…て、どれぐらいだ?」
首を傾げる修夜に、秀一が答えた。
「小一時間ほどかな。すぐ近くにあったあの公園にでも」
何気に紛れて、秀一も呼ぶ。
「じゃぁ、行ってきます。母さん、父さん」
「☆」
「行ってきまーす」
やはり驚いた修夜をあとにして、秀一と秀は外へと足を運ばせた。