第1夜 守りたいもの・願ってるもの。
Act.4 笑顔
ちょっとした岬。
そこに紅唖がいた。 「紅唖姉さん」 呼ばれて、紅唖は振り向く。 「流蘢」 いたのは、すぐ下の妹の流蘢だった。 「なに、見てたんですか?」 そう答えると、紅唖は下に視線を戻した。 「下…ですか?」 その答えがよく判らず、流蘢は紅唖の隣に足を運び、紅唖の目線の先を追う。
「ぁ」 下に見える『月夜』の湖に、唯と妹の瑪瑠がいるのが見えた。 「あらあら。瑪瑠ったら、『月夜』にいたのね」 ほんわり流蘢は言う。 「そういえば、汀兎がさがしていたわ」 そういう場合、見つけたら汀兎に教えにいくべきでは…。 もともと汀兎は瑪瑠に対して心配性ではあったが、あの事件以来、さらに心配度がひどくなっていた。
「……なぁ、流蘢」 やんわり流蘢は紅唖に返事をする。 「今の瑪瑠を…、どう感じる?」 明るいピンクの瞳が、流蘢を見る。 「……足りない、ですよね」 苦笑気味に。
「あのひと…か」 深いブルーの瞳を、流蘢は月に向ける。 頷いて、紅唖は瞳を軽く伏せた。目線の先は、瑪瑠。
誰もが誰かの代わりなんて、できはしない。
自分たちでは駄目なのだ。
代わりなんて、いらない。
「瑪瑠っ!」 息を切らした汀兎が、『月夜』に顔を出した。 「汀兎兄っ」 どーしたのー? と、いう顔で瑪瑠は出迎えた。
「さが…、したん…だから」 呼吸の合間合間に、汀兎はどうにか喋る。 「たのむ、から……、黙っていなく、なるな…よな?」 そのまま汀兎は、瑪瑠の前にヘタり込んだ。肩を上下させて、無数の汗がしたたり落ちる。 「……心配、したの?」 即答。
「ぁ、ごめ…」 汀兎は笑って。 「無事でよかった」 心配かけた申し訳なさと、心配してくれた嬉しさの気持ちで、瑪瑠は頷いた。 「じゃ、瑪瑠。そろそろ寝るんだな」 それに一瞬、瑪瑠は慌てた、が。心配をかけてしまった手前、あまりわがままは言えない。瑪瑠の耳が下にたれる。
「ぁ……うん…」 中腰のまま、唯は瑪瑠にわざとそんなことを訊いてみる。 「やっ!」 迷いもせず、瑪瑠は力強く答えた。 「だよな? じゃぁ、もう寝な」 思いっきり首を縦に瑪瑠は振った。
「じゃぁ、帰ろう。瑪瑠」 元気よく瑪瑠は、汀兎の差し出された手をとった。
「唯兄っ、また明日ねっ!」 空いてる腕を左右に振り上げる瑪瑠に唯は笑って、頷く。 「あぁ」
ザアァァ…
風に揺られて常緑樹の木樹(きぎ)が、無数の葉擦れを立てる。先刻(さっき)までは瑪瑠といたせいか、耳まで入らなかった音。 「いいのか?」 そう言って茂みから顔を出したのは、猫みたいな狼。
「ルカ」 すこし驚いた顔をして、唯はルカを見た。 「いいのか……、て。お前、盗み聞き?」 溜め息ひとつついて、ルカは唯を見上げる。
「またお前、ひとのいいことして…」 風でまとまりのない髪がすこし絡まり、唯は軽く手で梳く。 「……『実月』」
ザァッ 強い風が枝々を一斉に揺らし、葉擦れが大きく立つ。湖に波が無数にできる。 「さぁ、…な」 教えたところで、何がどうなるのかは判らない。
でも。もしも、叶ったのなら。 唯は高く、月を見る。
叶えて。 願いはひとつ。 ちいさな。
ある筈の、笑顔。
Act4 笑顔/完
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