第1夜 守りたいもの・願ってるもの。
なにかが、たりない。
なにがたりないのかは、じぶんでは、わからない。 でも。
たりないのは、たしかなの。
まるで、あった筈の色がなくなったみたいに。
Act.3 月、ひとつ
湖から音がする。
まさかと思って顔を覗かせて見ると、予想は的中。 「瑪―――瑠」 ひとの心配なんか気付かず、水浴びしていた瑪瑠が無邪気に振り向く。 「? どうしたの―?」 ぱしゃぱしゃ水を掻き分けて、オレのいる陸地近くまで瑪瑠はきた。 「風邪引くから、湖から出ろ」 思いっきり不満に、瑪瑠は顔をしかめた。 「ねっ、あのねっ! それよりねっ!」 不満ながらも瑪瑠は、しぶしぶ湖から出た。
瑪瑠が衣服を着ている間、オレは近くの木の後ろで待つ。そんなオレに、瑪瑠は着ながら訊いてきた。 「? 唯兄。なんで、隠れてるの―?」 をい。 「……なんでだと、思う?」 即答かい。 「唯兄」 着終わって瑪瑠が、後ろから顔を出す。 「着終わったか?」 元気に瑪瑠は頷いた。 「…の・わりには、帯、ちゃんとしまってないな」 ピンの付いてる左に瑪瑠を向かせて、ゆるんでる帯を引き締める。 「きついか?」 瑪瑠は横に首を振って、返事をした。濡れた髪から、雫が飛び散る。 「そーいやお前、黙って出てきたろ」 けろっ、とした瑪瑠の答え。 「汀兎が心配して捜してるぞ」 きょとんと、瑪瑠は疑問符を飛ばした。 (…こらこら) まあでも、汀兎もそのうちこっちに顔を出すだろう。その間、瑪瑠が話しがっていたことでも聞こうか。 「で。話したいことって、何だ?」 言われて思い出したように、瑪瑠の顔色が変わった。わくわくしてる。宝ものをみつけたみたいな、そんな感じだ。 「空!」 空を指して一所懸命、オレに伝えるようとしてる。 「月! みっつ、月! っじゃなくて、ひとつなのっ! 月っ!」 急かされて、空に目を向ける。 「ぁ」
空の月がひとつだ。 三つある筈の魔界の月が全て重なり合って、ひとつになってる。
こういう月を、何ていうんだっけ…? (……そうだ) 確か。
「『実月』」
「ぇ?」 聞きなれない言葉を、瑪瑠は口にする。 「寿命の長いオレたち妖怪でさえ、滅多に見れない代物だよ」 濡れている瑪瑠の髪を、軽く撫でる。 「長でさえ、一生のうちに見れるかどうかの月らしいしな」 目を輝かせて、瑪瑠は嬉しそうにしっぽを振る。 「そうだな」 そんな瑪瑠に苦笑する。
足りないんだ。
「…『実月』には、叶える力があるといわれてる」 月を見上げて、オレは言葉を続けた。 「心の中で、本当に望んでいる願いを叶える力…が」 言っといて内心、そんな調子のいい力なんて、あるわけないと思ってる。
願い。
風が少し吹いて、髪が揺れる。 「………」 月を見上げる唯兄の横顔。 「…あのね」 独り言みたいに、口にする。 「白いの」 心のどこかが白いの。 「なにが白いのか、わからないんだけど…」 ひとつだけ、わかることがあるの。
「さみしいの」
別に、気にする程のことじゃないかもしれない。 「白くてさみしいの」 白いから、さみしいの。 「この空白を…、埋めたい」 どうしても。
これは願いになりますか?
Act.3 月、ひとつ/完
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