第1夜 守りたいもの・願ってるもの。
Act.2 暗示 (中編)
―――――失敗した。
ちびに気を取られて、奴等に気づかなかった。
「っ…」 目眩(めまい)がして、息が一瞬出来なくなる。 (この建物に火を放ったか…) 別に、盗賊関係の奴等ではなかったようだ。城ごとオレを焼いてしまう、という事は。 (オレの首を、いらないとはね) 盗賊ならば欲しがるだろう。 (……欲しがるものなのか…?) 別に自分は、最強になりたかったわけじゃない。 (恨み、か) 憎しみ。憎悪。 小さな寝息。 オレの膝の上で、ちびが眠っている。 『お前さ、あいつに会ったこと。あったっけ?』 意味が、判らなかった。
『異様にお前のこと、気に入ってるみたいでよ』 恨みを買われた事はあるが、そんな風に見られた事はなかった。 『いい加減、会ってやれよ』
変なガキだな…、と思った。 『もう、行くのか?』 さすが、唯にはばれた。 『簡単に捕まるつもり、ないからな』 不適に笑うオレを、唯は苦笑した。
古い、石造りの城が、炎に巻かれて崩れていく。 「……っ…」 ただでさえ呼吸しにくい喉を、煙が更に拍車をかける。 (バカだよなー…) このちびを、庇うなんて。 (でも……、悪い気はしないな) 不思議と。
「蔵馬!」 唯がやっと駆けつけて来た。 「遅い」 こんな状況でも、唯はいつも通りに接してきた。 「…寝てるじゃないか」 怪訝に蔵馬を見る。 「後始末は、まかせた」 唐突な蔵馬の頼みに、話が見えない。 「使ったからさ」 一瞬驚いて、唯は確認する。 「………一生使わねぇー。って、言ってたやつか?」 蔵馬の答えにひとつ溜め息ついて、唯はちびを抱き上げた。 「マズったな。矢尻によ、猛毒が塗られててさ」 呆れて唯は文句をたれる。 「笑い事に、しろよ」 強気に。 「…………判った。出来るだけ、な」 対して、頼りない承諾。いや…仕方がない、そんな感じだ。 「お前、さ…。一度ぐらい、わがまま…言えば?」 そんな唯の即答に、少し、蔵馬は笑った。 「確かに…、な」 崩れ落ちていく石が、異様に耳に響く。息がしづらい。 「そろそろ、行け」 声が自然と、大きくなる。自分の声さえ、遠くに聞こえて。 「あぁ、そうする」 苦笑気味に言ってるのが、何となく判った。でも、もう少し大きめに言ってくれると助かるんだけどな。
「あ、蔵馬」 去る間際、唯が振り向いた。 「…なんだ?」 今更、唯はそんなことを言ってきた。 「わりかし、…て、なんだよ」 オレは笑った。 「まんま。だからさ、また逢おうな」 驚いた。 (あると、いいな) あれば、いい。 「あぁ…」 自然と、そう、答えてた。 「唯。オレもわりかし、気に入ってたぜ」 一言唯は、まんざらでもないように答えた。 「そいつ、泣かせるなよ」 はたして自分は、唯をちゃんと見ているのか、判らない。表情が見えない。 「言われなくても」 あたり前のように、唯は言う。 (あぁ、それでいい)
それから後ろを向いた唯が、去って行くのがぼやけて見えた。
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