第1夜 守りたいもの・願ってるもの。

 

Act.2 暗示 (中編)

 

 

―――――失敗した。

 

 

ちびに気を取られて、奴等に気づかなかった。
オレに悪意を持っている奴等は、常にどこか近くにいるのは判っていた。
それなのに、オレとした事が。

 

「っ…」

目眩(めまい)がして、息が一瞬出来なくなる。
石の焦げる匂いがしてきた。

(この建物に火を放ったか…)

別に、盗賊関係の奴等ではなかったようだ。城ごとオレを焼いてしまう、という事は。

(オレの首を、いらないとはね)

盗賊ならば欲しがるだろう。
自分でも判っている事だ。
この西魔界では、力でオレに敵う様な奴はそういないという事は。
そんなオレの首という証拠を持っていたら、たちまち自分が盗賊最強の名を手にする。

(……欲しがるものなのか…?)

別に自分は、最強になりたかったわけじゃない。
ただ、誰かに合わすというのがウザイだけなのだ。
誰かに合わして動くなんて、面倒臭くてたまらない。そう思って、行動してきただけだ。

(恨み、か)

憎しみ。憎悪。
盗賊をやってきて、かなりの奴等を殺した。邪魔する奴等は片っ端から。
その中の、家族か友人。もしくは恋人か。
いずれにせよ、そいつの大事な奴をオレが殺したのだろう。恨みを買って当然だ。殺したい。そう、思うだろう。

小さな寝息。

オレの膝の上で、ちびが眠っている。
よく戻る度に、唯から聞いた。

『お前さ、あいつに会ったこと。あったっけ?』

意味が、判らなかった。
話によると。
あいつ、というのは白狐で5人兄弟の一番末の女のガキで。そのガキを何年か前、『無雪の山』でオレが助けたのだと言う。
あぁ。
『治癒の雫』を、分けてやった奴か。

 

『異様にお前のこと、気に入ってるみたいでよ』
『………は?』

恨みを買われた事はあるが、そんな風に見られた事はなかった。
…いや。
5本の指に入る程度なら、いることはいる。唯もその中のひとりだ。

『いい加減、会ってやれよ』
『諦めていないのか、あのガキは』
『期待して、いつまでもどこまでも待ってる』
『…………』

 

変なガキだな…、と思った。
一度しか、あっていないのに。何で、オレなんかを気に入ってるんだよ、と。

『もう、行くのか?』
『いい光物が、あるって情報が入ったからな♪』
『…あのさ。お前』
『あ?』
『わざと、会ってないだろ』

さすが、唯にはばれた。
そんなに会ってみたいのなら、会いにこいと。けれどいつも、すれ違い。
追いかけっこだ。
それが何かおもしろくて。いい歳こいて、ガキみたいにそのちびで遊んでた。

『簡単に捕まるつもり、ないからな』

不適に笑うオレを、唯は苦笑した。

 

古い、石造りの城が、炎に巻かれて崩れていく。

「……っ…」

ただでさえ呼吸しにくい喉を、煙が更に拍車をかける。
胸下の傷から、血がとめどなく出でいく。

(バカだよなー…)

このちびを、庇うなんて。
自分でも信じられないでいる。

(でも……、悪い気はしないな)

不思議と。

 

「蔵馬!」

唯がやっと駆けつけて来た。
一言、蔵馬は言ってやる。

「遅い」
「悪かったな」

こんな状況でも、唯はいつも通りに接してきた。
側まできて、唯はちびの顔を覗き込む。

「…寝てるじゃないか」

怪訝に蔵馬を見る。

「後始末は、まかせた」
「は?」

唐突な蔵馬の頼みに、話が見えない。

「使ったからさ」

一瞬驚いて、唯は確認する。

「………一生使わねぇー。って、言ってたやつか?」
「そう」

蔵馬の答えにひとつ溜め息ついて、唯はちびを抱き上げた。
もう、蔵馬は助からない。
いくら自分に治癒能力があっても、世の中には、治癒能力が効かない病気や怪我があるのだ。
笑いながら、蔵馬は傷に手をあてる。

「マズったな。矢尻によ、猛毒が塗られててさ」
「笑い事か?」

呆れて唯は文句をたれる。
冷笑して、蔵馬は立ってる唯を見上げて。

「笑い事に、しろよ」

強気に。

「…………判った。出来るだけ、な」

対して、頼りない承諾。いや…仕方がない、そんな感じだ。
それでも、お人好しだな、と。蔵馬は思う。

「お前、さ…。一度ぐらい、わがまま…言えば?」
「お前以上にわがままな奴なんか、いないよ」

そんな唯の即答に、少し、蔵馬は笑った。

「確かに…、な」

崩れ落ちていく石が、異様に耳に響く。息がしづらい。
目が、開いているはずなのに、物がよく見えない。
この古い城も、限界に近い。

「そろそろ、行け」

声が自然と、大きくなる。自分の声さえ、遠くに聞こえて。

「あぁ、そうする」

苦笑気味に言ってるのが、何となく判った。でも、もう少し大きめに言ってくれると助かるんだけどな。

 

「あ、蔵馬」

去る間際、唯が振り向いた。

「…なんだ?」
「お前のこと、わりかし気に入ってたよ」

今更、唯はそんなことを言ってきた。

「わりかし、…て、なんだよ」

オレは笑った。
唯は、言葉を続ける。

「まんま。だからさ、また逢おうな」
「―――――…」

驚いた。
だって、あるのか? まただなんて。
そんなことがあったら、奇跡だ。
こんな広く、数えきれない生者(いきもの)のいる、この世界で。

(あると、いいな)

あれば、いい。

「あぁ…」

自然と、そう、答えてた。
せっかくだから、言ってやる。

「唯。オレもわりかし、気に入ってたぜ」
「知ってる」

一言唯は、まんざらでもないように答えた。
あぁ、もう。声、出すのも、つらい。でも、もう少しだけ、耐えてくれ。
言いたいことが、あるんだ。

「そいつ、泣かせるなよ」

はたして自分は、唯をちゃんと見ているのか、判らない。表情が見えない。

「言われなくても」

あたり前のように、唯は言う。

(あぁ、それでいい)

 

それから後ろを向いた唯が、去って行くのがぼやけて見えた。
視界が定まらなく、目を閉じた。