第1夜 守りたいもの・願ってるもの。

 

Act.2 暗示 (前編)

 

 

やっと、あえたの。
あの時、一度だけだけれど。どうしても、忘れられなくて。

唯兄から、あなたのこと。
いろいろきいたの。
麓兄たちからも、きいたよ。
そしたら、もっともっと、あなたにあいたくなったの。

いつも、すれ違いだったから。

やっとあえて。 嬉しかったの。

ちょっと怖い、白虎のお姉さんもいるけれど。
唯兄の知らせで、『白虎の森』に足を運んだの。
あなたがいるっていう、白虎さんの元・長のお城に。

それでね。

やっと、あえたの。 あなたに。
話したいこといっぱいあるの。

 

ねぇ。 でも、どうして?

 

弓が。
あなたが。
瑪瑠を。

 

血。
朱い。

 

「――――……」

 

理解。   したくない、光景。   信じられない。      信じたくない。

 

「蔵馬―――――――――っ!!?」

 

信じたくない、思いが、自分の声を大きくする。
だって蔵馬は、確かに、自分を庇って、射られたからだ―――。

なぜ、弓矢が飛んできたのか。その弓矢がどこから飛んできたのかは、瑪瑠には解らない。
ただ、とにかく。“蔵馬は自分を庇って射られた”のだと。ただ、それだけは分かった。

 

弓矢の刺さってる蔵馬の胸下からは、矢の合間を貫(ぬ)けて血が出ていて、衣服にほんの少し赤く滲む。

「蔵馬、大丈夫? 痛い?」

大丈夫な訳はないと、痛くない筈ないと、判ってはいるけれど、訊かずにはいられなかった。

「あ−…。ちび、大丈夫か?」

瑪瑠のには答えず、逆に自分に訊いてきた。
瑪瑠のコトはいいのに…っ、気にしなくていいのにっ!

「瑪瑠は平気! 蔵馬が庇ってくれたから…っ!」
「そうか」

蔵馬はそう聞くと、少し笑った。何か、顔色が悪い…。

 

フっ…‥・

突然。力が抜けたように、蔵馬が石造りの床に座る。

「蔵馬!」

蔵馬の隣に、自分も慌てて座る。

 

……すごく。すごく、嫌な予感がする。

「くそ…っ」

刺さってる矢を蔵馬は怒りまかせに抜いて、そこら辺に放り投げた。抜いたとたん、血が待っていたかのように一気に出てきた。みるみる衣服が、紅く染まってく。

不安が溢れ出す。

「蔵馬…っ! くら…まっ!」

気が動転する。どうすれば、血が止まるだろう? 考えがまとまらない。
何で、自分は、治癒能力がないんだろう?

 

治癒能力じゃなくても瞬間移動能力があれば、すぐに唯兄のトコに飛んで、蔵馬のこのケガを治療してもらうのに……っ!
なんで自分は、唯兄のように、ケガを治療できるだけの技術がないんだろう?
せめてそれだけの技術があれば、すぐにでも蔵馬のケガを治療できたのに……っ!!

誰かを呼ぶ?

瑪瑠にはテレパシー能力なんかないけど。だから、呼んでくるのに時間がかかるけど。

(………………)

唯兄を呼ぼう。

 

(呼ぼう!)

いろいろ思うこと思って、やっとその答えにたどり着いた。

「蔵馬、待ってて! 唯兄、呼んでくるから!」
「唯?」

その名前に蔵馬が、頭1・2個分くらい下にある瑪瑠に顔を向ける。

「瑪瑠のトコの森周辺の医者だよ!」
「あぁ…、唯。唯ね。…医者だっけ? あいつ…」

訝(いぶか)しげに、蔵馬が眉をよせる。

「ちが…、違うけど…」

答えてるヒマがあるとは思えない。一刻も。
一刻も早く、呼んでこなきゃ。

――――――瑪瑠のせいで、蔵馬が死んじゃうっ!

 

「蔵馬」

ちゃんと蔵馬の眼(め)を見て、言葉を綴(つづ)る。

「待ってて。死なないで。できるだけ、一刻も早く、唯兄を連れてくるから。そしたらこの傷、治療してもらおう? それでその傷良くなったら、いっぱい遊ぼ? いっぱい話そ?」

言葉を聞いてる間、蔵馬もちゃんと、瑪瑠の眼(め)を見ていてくれた。

「………」

言葉が終わると、蔵馬は少し溜め息をついて、瑪瑠の頭を撫でてきた。やさしく。

「…さんきゅ」

一言。そう言って、やさしく微笑んでくれた。

 

なんか。
時間(とき)がゆっくり、動いてるような感じだった。
なんか。

切なくて……、涙がでた。

「でも」

蔵馬が瑪瑠の白い狐耳に、唇をよせて。

「――――…」

なにかを、ささやいた。
けれど、そのことばをにんしきするひまなく、めるはいしきをてばなした。

 

いしきをかんぜんにてばなすしゅんかん、パチッ、と。

 

 

 

とおくでおとがした。