第1夜 守りたいもの・願ってるもの。

 

Act.1 呼ぶ声。

 

狐村 唯。―――<こむら ゆい>

名字の示すまま。彼の種族は、“魔界妖狐”だ。
………3分の1は。
もう3分の2は、“魔界妖狼”だ。
完全な“妖狼”では無い。…とはいえ、次期・『星狼(せいろ)の森』当主だ。

髪は、妖狼族の基本色である金髪。
瞳はシルバーグレイ。
身長は妖狐族のあいつよりは、やや低めなあたりだろう。

 

 

腰あたりまである自分の髪を、唯は無造作に手ぐしで梳(す)く。
昨日はひどい嵐だったが、今日はその分天気がいい。
夜空の星が良く見える。
……とは言え、魔界には月が三つ、存在する。その所為があり、星の輝きは半減といったところだ。
完全新月―――三つとも新月になる…なんて、滅多に無い。同じく、完全満月―――三つとも満月になる…なんていうのも滅多に無い。

実月(みつき)なんてなおさら無い。

ま。
だからなんだというのは特に無いが。

「今日は散歩日和だな」

唯は、古臭くなっている木の扉を開け外を見ると、そう呟き、そのまま外に出た。
昼間は散歩なんていう時間がとれない所為もあるが、唯自身、夜の散歩も結構好きだったりする。
木々の間からの三つの月の光で、唯の金髪が瞬く。
気のむいたまま適当に歩いていると、湖に出た。『銀狐(ぎんこ)の森』と『星狼の森』の境に位置する湖だ。

「ん―…。昼間と違って、静かだな」

苦笑して、そう思う。
昼間はホント、『銀狐の森』のどこかの誰かが元気すぎて……。いろいろと大変だ。
湖のちょっとした小波(さざなみ)の音が静かにする。魚が数匹、起きているのだろうか?
湖自身の湧き水にしては、少し波数が多い気がする。風が少し吹いて、木樹(きぎ)の葉が音を立てる。
自然の音々は、なんか安心する。

 

 

((………ぃ))

 

「…え?」

聞き慣れた声が頭に響く。テレパシーだ。

((……ゅ、ぃ…!))
「………」

信じられない気持ちで、声の主の名前を言う。

((蔵馬…か?))
((ぁ。やっと通じたか))

呆れた様な溜め息をひとつ、ついたのがわかった。
信じられないが、本気で蔵馬らしい。
誰かとつるむ事はもちろん。誰かに何かを頼む事はしないし、その逆もしない。狼でもないくせして、この辺の森一帯じゃ通称“一匹狼”で蔵馬のことは通じる。
よーするに。
幼馴染み(おさななじみ)の唯にさえ、手紙はもちろん、テレパシーという連絡さえくれる事は無いのだ。
その蔵馬が。

 

―――――嫌な予感がした。

 

((…何があった?))
((相変わらず、勘いいな。唯))

苦笑交じりに聞こえる蔵馬の声が、どこか弱い…。
蔵馬が、言葉を続ける。

((お前、いま、何処いる?))
((ぇ…。『月夜(つくや)』だけど…?))
((あぁ。あの湖か。じゃぁそこから北の方に目、向けてみな? 見えるはずだぜ))
((北? なにが…))

言われたとおり、北の方に目を向けると、……何か、赤いものが眼(め)に入った。
確かあの辺は、『白虎の森』。そして今赤く見える場所は、『白虎の森』の旧・長の城のあたりだ。

…気のせいでなければ、その、赤いものは、木樹のてっぺんからの蜃気楼の様に見え、ほんの少ししかない風に煽(あお)られ、上へ上へと大きくなっていく。
まるで……。

((そうそう♪ オレ、そこにいる、そこに。『白虎の森』の元・長の城に))

オレの想像を察したかのように、蔵馬はさらりと答えた。

((燃えてるぜ))

冷笑しながら言っているのが判る。

(やっぱり。……笑ってる場合か…)

ともあれ。
何がなんだろうが、そこに行くのが先決だ。

蔵馬に返事を返す。

((判った。今からそっちに行く))
((さっさと来い))
(命令形かい)
((何か、思ったか?))
((いや。別に。))

弱ってるくせに、そーゆーところは敏感だ…。
…緊張感が無い。

 

 

((あ。そうそう、あのちびもいるからな))
「――――っ!?」
((それを早く言えっ!!))

唯はそれを最後に蔵馬との交信を一方的に切り、『銀狐の森』より北―――『白虎の森』へ足を走らせた。

 

蔵馬の言う“ちび”は、瑪瑠だ――――――――

 

 

 

 

 

Act.1 呼ぶ声。/完