第0夜 すこし昔の物語
Memory.1 雪真珠
2. 森、みっつ
夜に歩く、兄妹5名。
先頭に長兄・麓、次に末妹・瑪瑠に次兄の汀兎。後ろに、長姉・紅唖と次姉の流蘢。
その中にひとり、音符を飛ばしている者がいた。
「す・のぉ、す・のぉ♪ ぱぁーるすのーっ♪」
瑪瑠だ。
しっぽを絶え間なく、左右に揺らす。
「どんなのかな? どんなのかな?♪ どんなのかなーっ?」
最後は音符なしで、隣を歩く汀兎に訊く形になった。
すこし悩むそぶりをして、汀兎は答える。
「うーん、そうだね。『スノーパール』って言うぐらいだから、とっても綺麗な景色なんじゃないかな?」
「だよねっ!」
まだ見たことのない雪景色の想像をふくらまして、瑪瑠は目一杯頷いた。
前を行くそんな妹と弟を見て、流蘢は微笑む。
「あらあら。瑪瑠ったら、あんなに喜んじゃって」
「……その台詞言うの、何度目だ?」
呆れ気味に、紅唖は溜め息をついた。
そう。瑪瑠が訊いて汀兎がああ答えて、流蘢が微笑む。…――ということが、歩きはじめて間もなくしたあたりから、ちょこちょこと何度も行われている。そして、いま先刻も。
飽きないだろうか?
くすくすと笑って、隣の紅唖に流蘢は言う。
「それ程、楽しみなんですよ」
「……まぁ、瑪瑠らしいか」
すこし夜空を仰ぎ見て、紅唖は納得する。
おだやかに流蘢は頷いた。
「えぇ」
雪雲から覗いてる月がひとつ。
徐々に真上へと、軌道を描く。
「……ぅ゛ー」
この北端地・第4エリアでは一番広い『白虎の森』を抜け、隣の第3エリアのひとつめの森を抜けようとした頃。
瑪瑠は先刻から自分を襲う睡魔に負けはじめて、はっきりしない抵抗の声を上げた。もちろん、それぐらいで睡魔は去る筈もない。
「瑪瑠、大丈夫?」
心配になって、汀兎は俯きだした瑪瑠の顔を覗く。
「…んー……ん…」
首をゆっくり縦に振る。
その答えとは逆に、足取りはたよりなく、一歩一歩が遅くなっていく。
「………」
そんな瑪瑠の様子に、紅唖と流蘢は顔を見合わせる。先頭を歩く麓も心配になり、瑪瑠に振り返る。
大丈夫だろうか?
「瑪瑠、おぶろうか?」
たまらなくなって、汀兎は瑪瑠に訊く。首を横に振って、ちいさい声で瑪瑠は拒んだ。
「じ、ぶんで…ある、く……」
こういうのは、自分の足で歩ききりたいもの。
どうしても欲しいものは他人の手ではなく、自分の手で掴み取りたい。――――それと同じ。
けれど、気持ちとは正反対に足はどんどん歩くのが遅くなっていく。
目的地はまだ先なのに。
第3エリアのふたつめの森に入り、間もなくした辺りで。
とうとう瑪瑠の足が止まり、と・同時に体が前へと倒れた。
「瑪瑠!」
地面にぶつかる寸前、汀兎は瑪瑠を受け止めた。
心配な分、半ば怒鳴るように汀兎は訊く。
「大丈夫っ?!」
かがんだ汀兎と目線を合わすのに、麓もかがむ。
「しっ」
大きな声を出すな、と麓は汀兎を嗜め、汀兎に抱えられてる瑪瑠の様子を見る。
「………寝てる、な」
「ぇ…」
麓のその言葉を聞いて、汀兎は自分の気持ちを落ち着かせると。
ちいさい、瑪瑠の寝息がきこえた。
「…ぁ」
安心して、汀兎の肩の力が抜けた。
中腰になり、紅唖も瑪瑠を覗く。
「よく寝てるな」
「あらあら」
ほんわり、流蘢は笑う。
立ち上がりながら、麓は訊く。
「…どうする?」
頬に手を当て、流蘢は悩む。
「そうですね…」
「帰るか?」
溜め息ひとつついて、紅唖は訊き返した。
「だめっ!」
反射的に汀兎は否定した。
そんなのは、駄目。
「こんなに瑪瑠は楽しみにしているのに…、せっかくここまで来たのに………帰るだなんて…っ」
退き返したら、瑪瑠はきっと悲しむ。
そんなの駄目だ。
笑って欲しいのに。
「……」
必死な汀兎にすこし笑って、紅唖は曲げていた腰を伸ばした。そして軽く背伸び。
「じゃぁ、そうするか」
「…だな」
麓も同意する。
判らなくて、汀兎は疑問符を飛ばす。
「???」
帰る、ということだろうか?
怪訝に首を傾げる汀兎に、流蘢は言う。
「汀兎が瑪瑠を背負って行くのでしょう?」
「え?」
「『スノーパール』まで。違うのですか?」
「!」
ぱっ、と汀兎の顔が明るくなった。
「違わないっ!」
そう決まると、汀兎は素早く瑪瑠を背負った。
(…ぁ)
くせっ毛の瑪瑠の髪が、汀兎の耳もとにあたる。背中からは、直に伝わってくる体温。
何かそれが、くすぐったくて……顔が朱くなる。止まらない、想い。
そんな汀兎を、麓と紅唖は複雑に笑い、流蘢はただ穏やかに微笑んだ。
背負われた瑪瑠の頭を、麓はやさしく撫でる。
「自分の足で辿り着けなかったのは、悔やむかもしれない…な」
「それでも、見れないよりはきっといい」
強気に汀兎は言いきった。
少し間を空けて、紅唖と流蘢は頷いた。
「…そうだな」
「ですね」
ちらちら、ちらちら、雪が降る。
目的地まであと少し。
2. 森、みっつ/完