第0夜 すこし昔の物語

 

Memory.1 雪真珠

 

 

1. 冬のはじまり

 

 

 

日本魔界・北端地第4エリアの森一帯に。
ちら…、と、ちいさく白い丸いものが、降りてきた。

 

 

「ぁ」

 

切り株をイス代わりに、集めた木の実で小物を作っていた流蘢(ルル)が、手を止め空を見上げる。

「あら」
「ぉ?」

見上げた流蘢につられるように、唯も空を見る。

「あぁ」

流蘢の座ってる切り株に背を預けて座ってる紅唖(クレア)も、空を見て呟く。

「冬がはじまるか」

あとからあとから、白いものが降りてくる。
寒い。

「わぁいっ! 雪だっ!」

唯と汀兎(ティト)に遊んでもらってた瑪瑠が、はしゃぎだす。
そう。

 

 

雪だ。
冬のはじまりを告げる、雪。

 

 

「陽が沈んでから、降りだしたか」

背を木の幹に預けて古書を読んでいた麓(ロック)が、溜め息ひとつつく。
この降り方じゃ、今夜いっぱい降り続けてそうだ。

「今夜、積もるねー」

妹の瑪瑠の肩を後ろから抱いて、汀兎が言う。

「あしたは雪だるま―っ!」

嬉しそうに、瑪瑠は明日の計画を立てる。

「あと、かまくらに雪うさぎーっ! あとあと、雪合戦っ!」

すぐ上の兄・汀兎が後ろにいるにも構わず、瑪瑠はしっぽをぱたぱたさせる。

 

「麓兄たちとやるのーっ!!」
「ぇ…」

それを聞いて、唯と麓が驚く。そんな唯と麓に気付いて、瑪瑠は心配な顔になった。

「ほえ…?」

戸惑いながら、瑪瑠はふたりに訊く。

「……麓兄と唯兄は、いっしょにできないの…?」

訊かれて、唯と麓は顔を見合わせた。少し間があって、先に唯が口を開いた。

 

「瑪瑠。雪が降りだした、てことは、冬のはじまり…だよな?」
「うん」

言われて瑪瑠は頷く。
そう。この辺の森一帯では、雪が冬のはじまりの合図だ。
麓が言葉を続ける。

「…冬がはじまると、食料が取れなくなるのも、わかるな?」
「うん…っ、あっ!」

そこまで言われて、やっと瑪瑠は思い出す。

 

 

そうだ。
これからの冬本番、取れなくなる食料はもちろん、その他緊急時に備えなければならない。
その為、この辺の森一帯の協力は必要不可欠だ。
雪を合図に、会議が行われる。

「………」

わかった途端、瑪瑠は俯く。
そればかりはしょうがないのはわかるのに、悲しいのだ。明日じゃなくたって、明後日だってあるのに。
けれど、明日も遊べるんだって疑いもせず思っていたのに、実際遊べないとなると、これが結構悲しいもので……。

 

 

「瑪瑠…」

あきらかに落ち込んでしまった妹を、どう元気付けようか、汀兎は言葉をさがす。
先刻まで振られていたしっぽが、ぺたりと下を向いている。

「……瑪瑠」
「ぅ……?」

名前を呼ばれて、自分の前にいる唯に顔を上げる。
すこし困り笑顔をして、訊いてきた。

「徹夜、できるか?」
「ぇ…?」

質問の意図が見えなくて、瑪瑠は黄色い瞳をぱちくりさせた。
そんな瑪瑠に笑って、唯は麓に目を移す。

「麓。お前、『スノーパール』の場所、覚えてるよな?」
「ぁ、あぁ」

訊かれて麓は頷く。

 

「『スノーパール』??」

聞きなれない言葉に、瑪瑠と汀兎の声がはもる。
微笑んで、流蘢が答える。

「ちょっとした、小高い丘があるの。そこに積もりはじめた雪が、とても綺麗なのよ」

夕暮れを過ぎた空を、紅唖は見上げる。

「今夜は月がひとつ雲から出てるから、いい景色だろうな」

 

 

魔界の月は、雨でも雪でも雲の下にあったりもする。
それを聞いて、瑪瑠と汀兎はそんな風景を頭の中に思い描く。

「ほぇー」
「へー…」

口に出たセリフはそれだけだが、見てみたいなぁー、とふたりの顔が言ってる。

「……―――」

意図が見えて、麓は反対しようと口を開いたが……やめた。明日は瑪瑠と遊べるわけじゃ、ないのだ。
観念して、唯の提案にのることにした。

 

「―――判った」

今夜は明日の分だ。
明日遊べなくても、元気な瑪瑠でいられるように。
ちいさな瑪瑠の頭を、唯は撫でて。

「だってよ。よかったな、瑪瑠」
「ぇ?」
「つれてってくれるって。『スノーパール』の所まで」
「! ほんとうっ!」

やさしく笑って、唯は答える。

 

「あぁ」
「っ! わーいっ!」

すごく嬉しそうに、瑪瑠ははしゃぎだす。瑪瑠の後ろにいる汀兎も、嬉しそうだ。

「ぁ、その『スノーパール』って、どこなの?」

なんとなく気になって汀兎は、場所を知ってる四人に訊いてみる。さらり、と紅唖から答えが返ってきた。

「北に森をみっつ、越えた所だ」
「……………ぇ?」
「わぁっ! たのしみっ!!」

場所の遠さに唖然とする汀兎と逆で、瑪瑠は楽しみが倍増したらしい。遠いは遠いで、それもまた楽しい…と。
元気の戻った瑪瑠に安心して、唯は背伸びをする。

「ん・じゃ。オレ、そろそろ帰るわ」
「ぇ! 唯兄もいっしょに行くんじゃないのっ!」

てっきり一緒に行くんだと思ってたから、瑪瑠は慌てる。

 

「オレんトコの森は、こっちと違って人口いるからな。明日の会議に備えて、『星狼の森』内の事、まとめとかないとな」

簡単に説明して、唯は瑪瑠にちょっとした要求をする。

「明日会議が終わり次第こっちに寄るけど、その時に『スノーパール』のお土産話。聞かせてくれないか?」
「! うん! 瑪瑠が見てきたこと、ぜったい聞かせたげるねっ!」

懸命に瑪瑠は、要求を受け取る。そんな瑪瑠を、汀兎は後ろから抱き締めて。

「わっ☆」
「瑪瑠はそういうの得意だもんねっ!」
「ぅ」
「唯さんにお土産いっぱい、聞かせてあげようねっ!」
「うんっ!」

なんか褒められたみたいで、嬉しくなって、瑪瑠は力強く頷いた。

「じゃ、楽しみにしてるよ」

かるく瑪瑠の頭を叩いて、唯は『銀狐の森』をあとにした。

 

 

 

「でわ、あたしたちは出発しましょうか。麓兄さん」

作り途中の小物を片付けて、流蘢は立ち上がる。遅れて紅唖も立ち上がる。

「そうだな」

広げていた古書を閉じて、麓は頷く。
これ以上、出発を遅らせたら、帰ってくるのが明け方になるのは確実。それはさすがに避けたい。
後ろを振り返り、紅唖がふたりに声をかける。

「瑪瑠、汀兎。行くぞ」
「は―――いっ!」

呼ばれて元気良く、先に歩き出した兄たちの後についていく。

 

 

 

『スノーパール』。

どんな景色なのかな? 楽しみだよっ!

 

 

 

スキップに近い足取りで、瑪瑠は兄たちの後ろを歩いた。

 

 

 

 

1. 冬のはじまり/完