第0夜 ひと欠片の粒子

 

 


 
 
 *Episode.

 
 
 
 
 
 
  4. 無自覚の力 (前編)
 
 
 
 
 
 約束の午後一時。
 浦飯家の前に、こどもが七人集まった。
 
 
 
「お。全員集まったな」
 
 蕾螺が簡単にメンバーを確認した。
 同じくメンバーを確認すると、紅光は皆に号令をかけた。


「じゃあ、行こうか」
「おうっ」
「行こーっ」

 元気に蓮と琉那が答え、下三名は頷いた。
 
 皿屋敷第2公園まで、浦飯家から片道徒歩二十分ほど。
 自転車で行ってもいい気はするが、なぜか七人とも当然のように徒歩で移動だ。
 まぁあれだ。全員妖怪の血が流れてるせいか、普通の人間(ひと)に比べ体力がある。そのためか、徒歩で移動するのが苦にならないのだ。

 


 
「つかお前等、公園のあれには気付いてたのか?」


 蕾螺は首を傾げた。
 自分と違い、他のメンバーは自宅にいる。と・なれば、通学路から公園は見えるのだから、気付かないってことはないだろう。霊感は全員あるのだから。
 紅光が首縦(しゅじゅう)した。

 


「うん。気付いてはいたよ。妖怪やら邪霊やらがここ最近やたら集まってるなー、て」
「あそこまで固まってきてると、さすが公園に行きたくなくなるよねー」


 他人事(ひとごと)のように琉那は笑った。
 隣を歩く紅光に、蕾螺は少々眉を寄せた。

「秀一さんに報せたのか?」
「そんな面倒臭い。」
「……」

 ざっくりときた爽やかな笑顔な即答に、蕾螺はしばし言葉を失う。
 だいたい秀一が気付いてないわけないか。
 仕事以外でやるつもりはない。
 そういうことだ。
 紅光も同意見か。

 


「放っておいても、かなりやばくなる前には誰かがやってくれるだろうしね」
「…まあな」

 それはそうだろうが。
 ちょっと遠い目をしつつ、あぁこの親にしてこの子あり、と蕾螺は父子の遺伝子を再確認する。
 少し前の方を行く四名にも蕾螺は話を振る。

 

「お前等は?」
「ぇ?」


 きょと、と寵が振り向き、他の三名もこっちに首を回した。


「あれに気付かなかったのか?」


 視えてきたそれを指し、蕾螺は問う。
 かるく寵は首を傾げた。

 


「んー…。気付いたけど、何かやばそうだったから…」
「寵がそう言うから行ってない」


 台詞からして碧も気付いてはいたらしい。
 そうだと、蛍明も無言で頷いた。
 瞬きを数度し、蕾螺は眉間にしわが寄るのを抑える。

 


「…やばそうか?」


 なるべく冷静に寵に問う。
 それは蕾螺も感じていたことだ。
 数秒悩んで、寵は明るく笑った。

 


「大丈夫、かな? みんないるし」


 だからこうして歩けているのだと思う。
 確かにやばいと感じるのだが、皆がいるせいかちゃんとそこへ向かって歩いているのだ。ここ最近は行きたくなかったのだが。


「…そっか」
「うん」


 明るい寵の答えに、蕾螺は一安心する。
 なら、自分たちで出来る仕事内容なのだろう。
 本人無自覚だが、寵の六感はこのメンバー中一番高い。
 それを知っているから、碧は公園に行かなかったのだ。別に行っても構わないと思ったが、寵の忠告によりやめた。
 ようするに、逆に自分がやられる可能性が強いということを同時に差すからだ。


「神の力の影響、受けてるわけだしな…」


 小さく碧は嘆息した。
 でなければ、ある程度の雑魚妖怪邪霊相手は、自分一人で余裕である。
 頭の後ろに両腕を回し、蓮が無垢に答えた。

 


「おれは知らんかったぞー」
「そりゃ、蓮は魔界にいたし」


 ほとんど。
 蛍明の淡々としたつっこみに、蓮はなぜか胸を張った。


「まあな!」
 

 

 

 

 


 そうこう話してるうちに、七人は公園の入り口を通過する。
 
 小高い丘に差しかかったところで、七人は足を止めた。
 歩いてきた道の先に、目的地はあるのだが。
 
「……」


 誰かが息を呑んだ。
 先を見れば、妖怪と邪霊たちで真っ黒に染まっているではないか。『神桜』が見えないほどに。
 深く息を吐いて、紅光は頬を引きつらせた。

 


「神、ていうのにはやられたね」


 一昨日の夜、父にほとんどあらかじめ聞いてはいたが、神というのは昨日初めて知った。それこそあらかじめ知っておきたかったものだ。まったく、あの父親は。


「だいぶ、強い気ね」


 琉那の眉間にしわが寄る。
 妖怪邪霊等は神の気を受け、能力(ちから)が高くなってるようだ。
 蕾螺は肩を竦めた。

 


「こっから結界張るしかないな」
「大丈夫? 結構大きな結界になるでしょ」


 問う紅光に、蕾螺は片眉を下げた。


「なるな。久しぶりだし――、けどまあ平気だろ」


 ちら、と紅光とは逆に隣にいる弟を見、蕾螺は地面をかるく蹴った。


「さて。結界張るぞ」


 それに蓮がおもしろそうに目を輝かせ、寵と碧と蛍明が物珍しそうに蕾螺を見た。
 下四名の視線に構わず、蕾螺は右手の中指と人差し指を立てる。そのまま手の平を下に顎辺りまで上げ、息をひとつ吸う。
 ぽぅ、と立てた二本の指先が光った。

 

 


「――朱の鳥、青の龍、白の虎」


 下げてきたペンダントが光り、蕾螺はそこから札を取り出した。
 札は白く光り、紫に輪郭を縁取っている。


「黒の亀、黒の蛇、黄の龍」


 言を紡ぎながら、蕾螺は前方に札を放る。
 ひとつだった札が五枚に分かれ、『神桜』を中心に蕾螺たちまでの範囲で五ヶ所に位置した。札は優に五十メートルの宙に浮いている。


「五の神、今この地をここから引き離せ。今この地、隔離せよ」


 名にした神を呼び込むように左手を頭上にぴんっと上げ、指を立てたまま右手を口元へ持ってくる。
 札の光が一層に輝く。

 


「――星(せい)結界」


 ふぃんっ、と札から光の線が飛び出し、それは五芒星を描いた。同時に、キンっ、と札の範囲が外界から隔離された。
 術の余韻で髪がかるく揺れる。
 結界の様子を、蕾螺は簡単に見渡す。


(……大丈夫そうか)


 綻びもなく安定している。
 これぐらいの大きさならまだしも、久しぶりだから心配はあった。まぁ実際本当だったら、多少の綻びはあっただろうが。

 

 

 


「出来たね」


 小さく、紅光は笑った。
 蕾螺は微苦笑を浮かべた。


「だな」


 紅光の後ろから、琉那がつっこんできた。


「だって、いるしね☆」


 寵が。
 


 ――強化能力。


 
 あくまで本人に自覚はないが、寵の能力のひとつがこれだ。
 側にいる者の能力値を高める…そんな能力だ。能力の種類は問わない。
 時と場合によるが、寵が側にいればそれは叶う。
 だからブランクがあるにもかかわらず、蕾螺は普通に結界を張れたのだ。

 

 


「っ、すっげーっ」


 初めて視る能力に蓮が筆頭に声を上げ、他下三名も同じ目をして蕾螺を見た。
 それから結界を見渡し、下四名は感動に似た顔をした。


「ほへー…」


 結界の壁は透明な青い色をしていて、この外が見えた。中は特に変わった様子はないが、空気がどこか違った。
 静かなのだ。
 妖怪邪霊等のうるさい声は相変わらずなのだが、周りの音がないのだ。ひとや車や大気の流れる音が。
 不意に、妖怪等のうるささが変わった。
 そんな妖怪等に先に気付いたのは紅光だった。

 

 


「気付いたね」


 結界に。
 楽しそうに琉那は頷いた。


「そうね。やりますか♪」
「やるしかないだろ」


 一歩、蕾螺は前に踏み出す。


「お前等あまり壊すなよ。この外への攻撃は防ぐが、別にこの中自体が別空間ってわけじゃない。壊したことがなかったことにはならないぞ」
「判った」


 蛍明が首縦し、寵と碧も了解する。
 が。眉間に遠慮ないしわを寄せ、蓮が喚いた。

 


「えーっ。面倒臭ぇ――っ」


 魔界在住のためか、蓮は壊すことに躊躇いがない。
 問いの形で、碧が釘を刺す。


「それ、父さんに言っていいか?」
「いや、いい。」


 即座に蓮は断った。
 秀一は自分の両親より怖いと思っている。怒らしたら何されるか…。

 

 

 


「じゃ。行こっか」


 寵のその言葉が合図だったかのように、七人は一勢(いっせい)に駆け出した。
 
 
 『神桜』へ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 +第0夜*Episode.1.−4.(前編) 完