第0夜 ひと欠片の粒子

 

 


 
 
 *Episode.


 
 
 
 
 
 寵の特殊能力に気付いたのは、あの日が初めてだった。
 
 
 
 
 
  4. 無自覚の力 (中編)
 
 


 
 
 保育部の帰りだった。
 

 

 

 送迎バスから降りる四歳の息子を、父の幽助が迎えた。

 

 

『寵ーっ。今日も楽しかったか〜?』
『おとうさんっ。うんっ、たのしかったv』

 

 屈み両腕を広げている幽助に、喜々と寵は飛び込んだ。
 一緒にバスから降りた碧は、同じく迎えに来た母の梅流にくっつく。


『おかあさん、ただいま』
『おかえり、碧』

 

 屈んで目線を合わし、梅流は碧の頭をやさしく撫でた。
 この当時の碧は、それはもう可愛く素直な子で、母っ子の甘えただった。のだが、純粋さゆえに色々とあったがため、今の少々ヒネた性格になったわけだが…。

 

 

 

 


『あのね、きょうね』
『めぐむとねー』


 こども二人は、早速報告をはじめる。
 それを幽助も梅流もちゃんと聞き、相づちを打つ。


 バス停を挟んで浦飯家と南野家は反対側に自宅があるため、しばらくここで話を聞くのが定例化していた。
 そうしてる間に中等部の送迎バスが止まり、何人かがここで降りていく。
 その中に蕾螺もいた。

 

 

『ぁっ、らいにぃー』
『おかえりー』


 寵と碧が筆頭に蕾螺を迎えた。
 どうも、今日も仲良く報告会をしていたらしい。内心、よく毎日飽きないな、と蕾螺は苦笑する。


『ただいま』


 と側に来るなり、幼年二人は蕾螺にも話はじめる。

 

 

『らいにぃー、あのねー』
『きょう、めぐむとね』


 懸命に今日保育部であったことを、身振り手振り付きで教えだす。表情も百面相のようにころころ変わり、かわいらしい。

 

『それで?』


 たまに蕾螺が訊くと、寵と碧はそれも懸命に教えてくれる。幽助と梅流にも話しただろうに。

 

 

 


『ん・とね。ぼくとあおとで』
『がんばって、つるにしたのー』


 碧が上着のポケットから、作った折鶴を見せてくれた。
 斜めに多少曲がっているその鶴は、寵と碧が二人で作り上げたとちゃんと物語っている。
 折鶴はわりと折り数が多く、四歳の二人には難しかったろうに。


『がんばったな。ちゃんと鶴になってる』


 そう誉めると、寵と碧は少し照れたように頬を緩めた。


『へへ』

 

 

 

 

 

 不意に、寵は何か気配に気付いた。


『?』


 後ろを向けば、道路を挟んだあちら側が目に入る。
 そこに――。

 


『寵っ?』


 突然向かい側のバス停に走り出した寵に、蕾螺はやや慌てた。
 この辺の道路は車が少なく、事故自体があまりないのが幸いだ。

 


『…と』


 何事かと思えば、それはすぐに判明した。
 向かい側に行った寵の側を見れば、猫がいたのだ。…ただその猫は。

 

 


『にゃんこー』


 碧も猫に気付き、寵の側まで行ってしまった。
 好奇心もあっただろう梅流も、幼年二人の側まで行ってしまう。

 

 


『あら、ほんとね』
『にゃーにゃー』


 南野親子が猫ではしゃぎだす。
 気だけでも判るが、よくよく視れば猫の身体は透き通っていた。そう。その猫は、霊、だ。
 少々、蕾螺は南野親子に唖然とする。

 


『霊なのに、よくはしゃげるなぁ…』
『まぁ、あいつらだしな』


 面白そうに幽助は笑った。
 父の秀一を筆頭に、南野家はそれなりに太い神経を持っている。あれぐらいの霊で怖がりはしない。

 


『…けどあれ、あまり良いとはいえない類じゃ……』


 蕾螺は眉根を寄せた。
 猫は恨みを持っているのか、黒い気をまとっている。そのせいか、猫本来の毛色がよく判らない。目つきも明らかに良くない。
 幽助は頷いた。

 

『だな。今そんな強くないもんだけど…』


 放っておくわけにもいかない。放置しておけば恨みは溜まり、次第に強さを増していく。負の霊である限りは、それが自然になくなることはまずない。
 頭を無造作に掻き、幽助は蕾螺に視線を投げた。

 

 

 


 
 数秒の間。

 

 

 


 
 期待あり気の幽助の外れない視線に、蕾螺は嫌そうに眉間にしわを作った。


『………なに?』


 嫌な予感がするのだが。
 無責任満々の笑みで、幽助は言った。

 

 


『浄化してこい』


 予感的中。

 

 


『……父さん』


 溜め息をつき、蕾螺は幽助に教える。


『浄化、ていうのは、どの能力値・術に対しても常に最上級の高度な技なの』


 甘く見られがちだが、浄化、というものは持つ能力が高くなくては扱えない術なのだ。専用の道具を扱うにも、半端な能力値では自分が怪我するだけに終わる。
 浄化の値は、全能力種類の常に上位に位置するのだ。
 蕾螺は短く息を吐いた。

 

 


『だから、まだ教えてもらってないよ』


 術を発動するにも、攻撃能力が一番覚えやすいのだ。まぁ使用する数は攻撃系が多いのだから、支障はないのだが。
 幽助はまさにつまんなそうな目をした。

 


『…ん・だよ、それ』
『そう思うなら、いっそ秀さんを呼んだら?』


 実は蕾螺の持つ術の師匠は、畑中 秀一だったりする。


『呼べるならね』
『知ってんなら言うな』


 少々、幽助の頬が引きつる。
 今の時間、秀はまだ仕事中だ。…いや、そうでなくても、わざわざ呼ぶのが面倒臭いと思う幽助だが。

 

 

 


(…つーかさ)


 どうも蕾螺は、日々螢子に似てきてる気がする。…見た目は自分似なのに。
 はぁ――、と幽助の口から無意識に深い溜め息が出た。

 


『? なにさ』


 蕾螺の片眉が上がる。
 自分を見ながらそんな風にされると、何かむかつくものがある。

 

 

 

 

 
 
『だいじょうぶだよー』
 
 その寵の声に、蕾螺と幽助が再びそちらに目線を移す。
 視れば、どこか空気が違うのに気付く。寵と猫を中心に、淡い光が灯っている。
 はしゃいではいたがさすがに触るのは止めていた碧と梅流に対し、寵は普通と変わらない態度で手を伸ばした。
 やさしく寵のちいさな手が、猫の頭を撫でる。

 

 

 

 

 

 

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『ね』

 


 ふわ、と寵が猫に笑いかける。
 つられたみたいに碧も笑った。

 


『ねー』

 


 幼年二人は明るく猫に繰り返す。まるで安心させるかのように。

 


『もう、だいじょうぶだよ』

 


 寵がひと撫でするごとに、猫のまとう黒い気が消えていく。
 やがて黒い気が完全に消え、猫は本来の毛色を見せた。
 まとっていた気とは違い、水晶のような綺麗な黒い毛だった。瞳は金の色を見せ、柔らかい表情を彩っていた。年齢は一歳そこらか。


《にゃー》


 感謝するように、猫は目を細め鳴いた。
 ぽぅ、と猫の身体が光り、その光は空へと向かう。
 猫は手の平ほどの光の玉に姿を変え、猫は導かれるように空に上がっていく。

 

 

 
 ――天(そら)へ。

 

 

 

 


 昇っていく光の玉を、視えなくなるまで寵は空を見上げていた。
 視えなくなった頃、寵は叫ぶわけでもなく口にした。

 


『またね』

 


 猫さん、また会おうね。

 


『またねー』

 


 遙か遠い天に消えた猫に届くように、碧は元気に両手を振った。

 

 

 

 

 

 
 
『……』


 ありえない、はずの光景を蕾螺は眼にし、困惑する。
 浄化がそこまでの能力値だと理解してる者は少ないので、事実驚いてるのは蕾螺だけだ。

 


『出来るじゃんか』


 不満そうに、幽助は唇を尖らせた。
 強い口調で、蕾螺は幽助に返した。

 


『――そんなわけあるかっ』
『☆』


 思わぬ蕾螺に幽助は目を丸くし、…首を傾げた。能力値云々は判らないからだ。
 蕾螺は手の甲を口に当て、混乱している頭を落ち着かせる。

 

 


(…道具も真言(しんごん)もなしで、浄化なんて出来るか――?)


 出来ないはずだ。
 蕾螺の使用する術は、手初めに能力系統とその能力値をランク付けで覚える。
  
その中の下のランクから実践に入り、自分に見合った能力値までの術を頭と身体に叩き込んでいく。
 それは妖怪や精霊等だって同じことが言える。

 


(…だから、父さんも秀一さんも――周りのひとたちに浄化能力がないんだよな)


 そこまでの能力値は、蕾螺が知る範囲では畑中 秀一ひとりだけだ。
 けれど、秀が浄化を行うには、道具と真言がやはり必要となる。
  
浄化をするには、自分の体内中枢にある力を道具に移し真言で発動させるもの。体内中枢の力は、道具なしで引き離せるものではないのだ。

 

 

(なのに…)

 

 寵はやってのけてしまった。
 霊を浄化し終わったのに、その場でまた違う話で盛り上がる三人を蕾螺は何ともなしに眺める。

 

 

 

 

 

『…父さん』
『ん?』
『寵って、なに?』


 いったい。
 一度目の端に蕾螺を留め、幽助もたのしそうな三人に目線を移した。

 


『――俺にもよく解らん。…が、悪いもんじゃない』


 二人目の息子を、幽助は慈(いつく)しむように瞳に映す。


『絶対。』


 強く幽助は言い切った。

 

 


『父さん…』

 

 何か父は知っている…?
 そろそろ頃合だろうと、幽助は判断する。
 いつか琉那と紅光にも教えるつもりだ。あの子に近しいひとには知っておいてほしい。

 


『寵が生まれて三日ぐらいだったかな。海里が教えてくれたよ』


 海里とは、梅流とは友人で秀の幼馴染みの人物だ。時たま会ってるので、蕾螺も面識があった。
 あの日はたまたま海里が、検診のついでに寄ってくれたのだ。
 生まれて間もない螢子に抱かれている赤子を見て、海里は目を瞠った。そして心配気に表情を曇らせ、教えてくれた。

 


『自分と同じ種族属性だって』


 ただ、海里よりその能力値は上だと言う。
 蕾螺は問う。

 


『それは…?』


 静かに幽助は寵の種族名を告げた。

 


『光の能力者』
 

 

 

 
 光能者−ラル−。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 +第0夜*Episode.1.−5.(中編) 完 

 

 

 

 

 

 

 

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