第0夜 ひと欠片の粒子
*Episode.1
4. 無自覚の力 (後編)
「――よっ」
琉那が右の人差し指に溜めた霊力を、妖(あやかし)等に向けて打ち放つ。
勢い良い父親譲りの能力は、五体もの妖等を一気に打ち倒す。
蕾螺はペンダントから札を出し、術を発動させる。
「飛空――光矢!」
二、三枚ほどの札を妖等に投げ、それが何本もの光の矢に変わる。その矢は瞬く間の速さで走り、何体もの妖等へ一直線に打たれた。
とん、と蕾螺の背に体温が当たる。
「紅光」
「蕾兄、戦いやすいみたいだね」
特殊な術を扱いながら、紅光は背中越しに振り向く。
合い間に妖等を倒しながら、蕾螺は苦笑する。
「まあな。何ヶ月も扱ってなかったのに、ブランクなんてないみたいだよ」
「ずっるーいっ」
琉那も二人の背に自分の背を合わせ、兄に文句を垂れた。
「何で蕾兄ばっか、寵の能力が働いてんのよっ」
「俺が一番、危なっかしいからだろ」
でなければ、自分に強化能力が働くことはないと蕾螺は判断する。
時と場合で発動される、という寵の能力は、その時必要かどうか、を差すのだ。大丈夫だろう、と判断されれば発動されることはない。
確実に『神桜』へ歩を進めながら、紅光は笑った。
「ルナ、強いからね」
「ピカほどじゃないわよっ」
八つ当たり半分に、琉那は向かってくる妖等に霊丸を打ち放つ。遠慮なく。
結果、七体の妖等があの世に召された。
「一度でいいから、思いっきりぶっぱなしてみたいんだけどなーっ」
「ゃ。今ので充分。」
二人は異口同音に言ってやった。
確かに妖等は神の負力を受け強くなってるが、こちらは七人いるのだ。一人だと問題はあっただろうが、事実七人。戦力的には足りている。
道を挟んであちら側で戦闘を繰り広げている下四名を、蕾螺は目に留める。
「やってるやってる」
特に碧と蓮がここぞとばかりに妖等を倒しまくっているのが、ここからでもよく判った。
ぁ。と琉那が寵に気付いた。
「あれ、碧のじゃない?」
「ん? あぁ、そうだね」
振り向き寵を確認すると、紅光は頷いた。
碧たちに混じって、寵もちゃんと戦っている。派手な攻撃はしないものの、確実に妖等を倒しているのだ。
応戦しながら、蕾螺は教える。
「なんか、霊丸と狐火を中心に使ってるみたいだけど」
「あたしのも使ってるのっ?」
「使いやすいんだろうね」
小さく紅光は笑った。
琉那の霊丸、碧の狐火。
他にも、蓮の邪王炎殺拳や蛍明の黒炎、蕾螺の影陽術や紅光の念能力。それと、碧の植物操作。
まぁ――今近くにいる自分たちの能力を、寵は全て使えるはずだ。
寵自身、攻撃能力は全く持っていない。けれど現在事実使用できているのは、そういう能力を持っているからだ。
――影響能力。
それが寵のもうひとつの能力だ。
自分の近くの者の能力を、自分の能力として扱える――そんな能力だ。
近くの者の能力の影響を受けるのだ。強化能力同様、能力の種類は問わない。
ただこれも強化能力と同様、時と場合で発動されるもの。必要がなければ、影響は受けないのだ。
「……あれで気付いてないの?」
思わず琉那の目が、呆れ半分に据わる。
あれだけ目の前で使っているのに、碧も蓮も蛍明も、どうも気付いてないらしいのだ。
んー…、と紅光は苦笑を滲ませた。
「強化能力の方ならまだしもねぇ」
そっちは気付かないにしても、影響能力は気づく気もするが。
蕾螺も苦笑する。
「まぁ、本人が気付いてないからな」
あれだけ自分で使っているにもかかわらず。
「ぁー…」
紅光と琉那は複雑ながらも納得した。
「…っと」
右の人差し指に溜めた霊力を、寵は妖等に向かって放った。
寵は攻撃範囲の広い薔薇蔓(つる)の鞭で、妖等を叩き倒していく。
邪炎と剣術を遠慮なく使用しまくりながら、蓮は日頃のストレスとともに妖等を倒していく。
能力使用時は色を変える蛍明の瞳は、普段薄い水色に対し現在紫だ。
使う能力は父親譲りの黒炎で、瞳との色味がその炎とバランスがいいかもしれない。
「たっのしーっ」
「…そう?」
楽しんでる姉の蓮に対し、妹の蛍明は面倒臭そうにしている。
碧は、少々切れかかっていた。
「――いすぎだ。」
「…碧」
いらついている碧に、寵は片眉を下げた。
基本的に碧は蓮と同様で、妖怪類を倒すことに楽しみを感じる。が、どうもそれはすぐに倒し終わること前提にらしい。
蓮は楽しむ時間が長い方がいいのに対し、碧は短い時間の方が好む。
ま、根本的に面倒臭がりの方が勝ってるのだから、やはり南野秀一の息子というところか。
寵が声を上げた。
「碧っ、後ろ!」
「!」
すぐさま振り向き、碧は素早く鞭を妖に見舞った。
今は茶のはずの瞳が金の色を放ち、灰の髪に銀の光が少し帯びた。
「何で兄貴たち喋ってて、ちゃんとこいつら倒せんだよ…」
碧は眉を寄せた。
たまにここから見ている限りは、何か三人で話してる様子が伺える。
表情からは、妖等を倒してる感じがせず、そこら辺で普通に談話しているかのようだ。
さらりと蛍明が答えた。
「経験の差」
「じゃねぇ?」
蓮は笑った。
頬を引きつらせ、碧は目線をみんなから逸らす。
判っていなかったわけではないが、こう実際答えられると何かどこか多少むかつきさがある。
「蛍明っ」
蓮の声に、蛍明は後ろに来た妖に黒い炎を送る。
会話を中断し、蓮も向かってくる妖等を倒しにかかる。寵と碧も話をやめ、妖等を倒すのに集中する。
――ザ…っ
結界の中、外とは違う風が、こどもたちの肌に触れどこへともなく舞う。
揺れる草花に構わず、こどもたち七人は妖等を倒していく。
そして確実に、『神桜』へと足を進めていた。
* * *
寵の自覚している能力は、治癒のひとつだけ。
当人の寵を筆頭に、碧、蓮、蛍明が知らない能力は、強化能力と影響能力のふたつ。
幼馴染みの全員が知ってる、当人無自覚の能力がもうひとつある。
碧、蓮、蛍明は、春休みの依頼でそれを再確認した。
その能力は、浄化。
浄化、といっても、その能力値は上下と出来る範囲は違ってくる。
下の値でいけば、真言と道具を利用する。対象の凶(まが)を強制的に消滅させ、強制的に対象を浄化する。
中の値にいくにつれ、真言だけで出来るようになる。
中の値では、対象の凶を切り離し消滅。対象と対話を経て、真言で浄化。
上の値では、対象の凶をも浄化させ、対象と対話。真言は中の値よりも短いものになり、それで対象を浄化する。
そして、最上。
対話のみで凶を浄化。同時に、対象も浄化させる。
これらは霊が例えだが、今回の様に生きた者が悪質なものに変わっていたならどうだろう。
元の状態に戻せばいい。
簡単そうでこれがそうもいかない。
凶を対象から切り離すのは、技術を要する。
だからこそ、下の値では切り離すことが出来ないのだ。中と上の値では、それが出来る。ただし、それにはやはり真言が要する。
が、対象の凶が強ければ強いほど、真言は邪魔になってくる。切り離すには真言は口にしなければならないが、凶はそれを邪魔するだろう。
けれど。
最上は、道具も真言も必要としない。
光能者のみの持つ、最上の浄化能力だ。
+第0夜*Episode.1.−4.(後編) 完
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