第0夜 ひと欠片の粒子
冥界――冥府。 そこは、現世からくる魂の管理課。
浦飯 幽助は、まさにそこで働いていた。
面倒臭い書類に下手な文字ながらも筆を進めつつ、幽助は眉を寄せた。 「なぁー、陽星(はるほ)」 呼ばれ、振り向いた外見十七、八ほどの少女は首を傾げた。 「何?」 二つに結わえた黒い髪が、その拍子に揺れる。髪の長さは肩辺りだが、下ろすと腰を越すほどにはあるだろうか。
「お前って、確か冥府の官吏とかだったよな?」 半端な言い方しないで、と陽星の黒い瞳が光る。 「ほとんど毎日のように冥府(ここ)に来てる気すっけど、三途の川の仕事は?」 両腕を腰に当て、陽星は答える。 「馬鹿な魔等(やつら)だって年中出るわけでもなし、おかげさまで平和よ」 そしてはっきりと言い切った。 「だから暇で来てるの」 暇なことはいいことなのだが、それでいいのか幽助は少々悩む。
「陽星。けどそろそろ、そうじゃなくなるかもな?」 そう陽星に呼ばれた少年は、走らせていた万年筆を止め、悪戯っ子のような顔をした。 「コエンマー。それってどういう意味さ」 遠回しの答えに、幽助は眉を寄せた。 コエンマ。 能力値が上がったのか、現在摘深はペンダントに霊力を溜める形式になっていた。かつては口に咥えるタイプの物だったが。
「桜珂(さいか)が浄化されるよ」
4. 無自覚の力 …浄化
こどもたち七人は、確実に妖等を倒しつつ『神桜』へ向かっている。 「寵っ」 道を挟みあちら側の弟を、蕾螺は呼ぶ。 「行け!」 蕾螺のその一言を、寵は意味を正確に受け取った。 「碧っ」 それだけで碧も理解し、『神桜』へ走り出した寵の後を追う。
「神様――て、あの黒いのか?」 はっきりとまでいかないが、それなりに視える黒い気。 「うん。幹の中にいる」 碧の眼には、黒いだけにしか視えない。 「大丈夫」 はっきりと。
「まだ呑まれきってはない」
差してそこまで強くないのだが、霊光弾を妖等に打ち放ち琉那は眉を寄せた。 「呑まれきってない? あれで?」 琉那のただ打ちたかっただけという攻撃に少々呆れつつ、蕾螺は頷く。 「あぁ。お前はどの辺まで視えてる?」 琉那の答えに、蕾螺はかるく戸惑う。
「…何気に丁寧な答えだな」 言葉回しはともかく。…なんとなく通じるが。 蓮と蛍明も、琉那と同じぐらいの眼だったと記憶している。 「おれは、強い気だな、って辺りまでは視えてるけど。大きさはビーチボールぐらいかと」 先にそう答え、紅光は蕾螺を見上げる。
「蕾兄は?」 あっさり蕾螺は言い切った。 紅光と碧の眼の霊力値でさえ、まだ足りない上位。
「その黒い気の中心に、いるよ」
寵も蕾螺に近い『眼』を、確かに持つ。 「光がある。小さいけど、はっきりとした強い光」 貴高い、凛とした光。 「……さすが」 光能者だ。
――ザアッ!
後一歩というところで、寵と碧に強い風が吹きつけた。 一メートル先は上だろう黒い気は、寵に呼ばれたかのように下降する。
静かに、黒い気は寵の腕に収まった。
ふぁ…
緩やかに、けれど眩しく寵と黒い気が光る。
そして音もなく、光は結界全体を埋め尽くした――。
* * *
空気が変わり、蕾螺はそろそろ瞼を上げた。 (負力が浄化された…) 澱(よど)みない空気は清み、吸えばすっきりとしたものがある。
「なんか…明るい…?」 周りを見渡し、琉那は数度目をしばたかせた。 「余計なものが浄化されたからね」 当然のように、琉那は寵を褒めた。 「…だな」 特別意識がないこと自体に、琉那はすごいと二人は素直に思った。普通は羨ましいとか思ってしまうのに。
終わったんだと判断し、寵と碧が『神桜』から蕾螺たちの場所まで下りてくる。 「終わった…んだよね?」 首縦する蕾螺に、そっか、と寵はかるく頷いた。
「やっぱあれってさ…」 確認してくる蓮に、蛍明は首を縦に振る。 「浦飯だからなせる技というか…」 重く、碧は肩を竦めた。
「はい、依頼完了」 途端、わっ、と仲間内の空気が明るくなった。
「お腹空いたー」 張っていた糸を解すように背伸びをしながら、琉那は要求を口にした。 「もう、三時は過ぎただろうからね…」 きゅる、と小さく碧の腹が鳴った。 「寵! ホットケーキ、食いたいっ」 「魚。」 「腹にたまるもん」 「あたしはクレープv」 え――っ、と不満を垂れる姉を、寵はさらりと聞き流す。
(何か寵くんって、母親的存在…?) それもどうなんだろうか。肝心の女子三名の存在はどこに。 蕾螺だ。 振り向けば、蕾螺は『神桜』を見ている。
「お前等先に帰ってろ」 とは言え、聞いているのは紅光しかいないが――紅光に頼んだのだ。 「蕾兄…」 何でだろう、とは思ったが、訊かなくてもいいか、とも思ったので紅光は頷いた。 「判った」 蕾螺に背を向けると、紅光は飲食関係で話が盛り上がってる琉那たちに帰りを促した。 「蕾兄は?」 紅光がそう答えると、寵は少々眉を寄せた。
仲間たちの姿が見えなくなると、蕾螺はこの丘を改めて見渡した。 ゆっくりと、蕾螺は頂へ歩き出した。 それに気付き、蕾螺はそこで足を止めた。『神桜』に自然と目が向く。
桜の幹の前。 直後――光はひとへと姿を変えた。 「久しぶりですね」 外見二十代半ばの青年は、瞳をやさしく緩めた。 「らいら」 やっぱり、と胸中で苦笑し、蕾螺は青年の名前を呼んだ。
「桜珂」
+第0夜*Episode.1.−4.…浄化 完
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