第0夜 ひと欠片の粒子
*Episode.1
屋台をやりながら、子育てやらの経済状況に泣いていた幽助に声をかけたのは、コエンマと秀一だった。
秀一は、いつでも妻の傍にいられるのを理由に、皿屋敷市の霊界探偵支部長を担っていた。しっかりコエンマに話をつけ、給料制にしてもらっている。 同様の制度で、幽助には同市内霊界探偵の書記あたりを任せることにした。そうすればちゃんと給料も出、家族を養える。
結果、親繋がりの関係上、必然的に出来そうな仕事はこどもたちに回ってくるのだが。
2. 依頼 (前編)
「今回の仕事内容は、蕾螺の『眼』が重役だ」
回された数枚の書類にこどもたちが目を通してる合間合間に、幽助は内容の中身を話す。 紅光と見ていた書類から、蕾螺は幽助と秀一に顔を上げた。 黙って先を促す蕾螺に、秀一が続けた。
「ここに着くまでの間に、蕾螺くんは気付いたんじゃないかな?」
まだ、仕事場所の市内住所と簡単に地図にしか目を落としていなかったが、秀一に言う通り――蕾螺は気付いていた。
「…やっぱり、『神桜』…ですか?」
住所は、市内の皿屋敷第2公園だった。
「えっ」
蕾螺以外のこどもたちが、驚きの声を上げた。 それぞれの内容は各一枚で、それを回し読みにしていた。標的の書類は寵たちの手の中だ。 慌てて寵は上の紙をめくった。そこには、今回の標的についての簡単なことが書かれていた。
「……皿屋敷第2公園『神桜』。皿屋敷市内の神――」 「っ」
それには、蕾螺も目を見開いた。
「神――っ」
読み上げた寵、知っていた秀一と幽助以外の六名が異口同音に叫んだ。 ひとごとのように、幽助は笑った。
「なっ、凄いよなぁ♪」 「か…神って…っ」
瞬きするのも忘れて、琉那は幽助を凝視する。 そこはさすがに知識はあるようで、琉那は頬を引きつらす。蓮も少し、顔を青くしている。 神、と言えど階級は存在し、中には妖怪よりも低い者も少なからずいる。…が、考えなくても、『神桜』がどれだけの階級なのかは想像がいく。 明らかに、『神桜』は妖怪たちより階級は上だ。当然、能力の方も妖怪よりも高いだろう。 眉を寄せ、琉那は頭を抱えた。蓮も頭痛がしてきた気がした。
「…ンな奴、どうしろって言うんだよっ」
どうにか蓮はそれを抑え、文句がやっと口をついた。 碧は眉間にしわを寄せた。
「妖怪が敵う相手じゃないだろ?」 「浦飯とくー兄、琉那姉が敵わなかったら、わたしたちなんか無理に決まってる」
冷静に、蛍明が意見を述べる。そうだ、と蓮が強く頷いた。 こども七人中、攻撃能力が強いのは、紅光を一番に、碧、琉那、蓮、蛍明、蕾螺の順だ。寵の基本能力は、防御型だ。因みに、蕾螺もどちらかというと防御よりである。
「神を倒すというのは…」
紅光が言葉を濁す。 無理と言うのも先立つが、抵抗があるのだ。
『神桜』は善神であるはずだ。悪神ではない限り、刃向かうのは紅光の意思に反する。 秀一は首縦(しゅじゅう)する。
「ん。確かに神様に刃を向けるのは、無理もあるしいけないことでもある」
それは妖怪でも人間でも同じこと。 では、なぜそれが冥府から仕事だと回されたのか。
「寵くんが持ってる、次の書類に書いてあると思うんだけど」 「ぇ、ぁ…」
言われて寵はさらにめくると、『神桜』についての詳細が目に入った。場所の近い碧と蓮が一緒に覗く。 父二人は知ってるだろうが、他の四人は見えないだろうと寵は読み上げる。
「『神桜』――皿屋敷市内全域を守護する神。常に皿屋敷市が闇に染まらぬ様に、市内の陰心(いんしん)を吸収」 「…それは消される事なく吸収し続け、そのうち『神桜』は闇に染まる」
継げられた蕾螺の台詞に、寵は種類から顔を上げた。紅光も軽く驚いている。 構わず、蕾螺は続けた。
「『神桜』が完全に闇に染まれば、皿屋敷市は天秤を崩し崩壊する――」
そこでちいさく息を吐くと、蕾螺は秀一を見た。
「とか、ですか?」 「さすがだね」
差して驚いた風もなく、秀一はさらりと頷いた。 書類を見ていないのに何故判ったのか、と幼馴染みたちの視線が蕾螺に集中する。 かるく肩を竦めると、蕾螺は答えた。
「俺の持つ術は、それらを理解した上で成り立ってるからな」
幼馴染みの中で一番上にあたる蕾螺は、一人で何度か依頼を請け負ったことがあった。 最初の依頼は十そこらで、さすがに幽助もしくは秀一や飛影等がサポートしてくれた。 当時はこの『眼』以外の能力がなかったものだから、先の依頼内容も考え術を覚えさせられたのだ。 あの頃の比べれば、今は自分より攻撃能力の高い仲間が増え、格段と依頼に対する肩の荷が下りた。
「ほぇー…」
蕾螺の答えにいまいち解らなそうにしている寵を筆頭に、紅光以外の五人も同じ顔をする。紅光はなんとなく理解したらしい。 パンっ、と幽助が自分の膝を勢いよく叩いた。
「ま・ようするにあれだっ。神は普通、倒すもんじゃない。そこで」
楽しそうに、幽助は次男に目を向けた。
「寵、お前の番だ」 「ぇっ」
思いがけない指名に、寵は瞳を丸くした。 気にせず、幽助は長男に目線を移す。
「蕾螺もな」 「……だろうね」
諦めたように、蕾螺は嘆息した。 ふ、と時計を見た秀一は腰を上げた。
「じゃあ、あとはきみたちでよろしく」 「作戦、ちゃんと練ろよ」
幽助も立ち上がり、秀一と一緒に居間を後にした。
「蔵馬、亜門と待ち合わせか?」 「うん、お茶しようと思ってね。幽助は冥府?」 「あぁ、書類整理が終わってないからなぁ。螢子がそろそろ帰ってくっから、それから行くよ」 「そっか」
と、廊下にいる父二人の会話がしばらく聞こえていた。 間もなくして玄関の開閉音がし、秀一が帰った模様だ。それからすぐ幽助は自室へと気配を消した。
苦笑気味に蕾螺は紅光に言った。
「相変わらずだな、お前んとこの親」 「いまさら。あの親だし」
大げさに肩を竦め、紅光はオレンジジュースを一口飲んだ。出されて大分経っていたので、氷が完全に溶け味は薄まっていた。 困惑気味の弟に、琉那は首を傾げた。
「どした? 寵」 「……おれの出番、て、どういう意味?」
姉に訊く寵の横で、碧はあさっての方に目線を投げた。 理由は判らなくともない。それは春休み中の依頼でも、発揮された能力だ。 蓮も蛍明も判断はついている。 が、寵の問いに、琉那はあんぐり口を開け目を点にした。
「……。」
蕾螺と紅光は瞬きを数度してしまった。
(まだ気付いてなかったのか?!)
上三人は、心の中で異口同音した。 寵はいまだ自分の能力に無自覚だ。自覚ある能力は、治癒のひとつだけ。 小さく紅光は口にした。
「……あれだけやっておいて…」 「おいおい…」
同じく小声で、琉那は天井を仰いだ。 なんかたまらず、蕾螺は片手で額を押さえた。
(寵らしいけど…)
知らなくても支障はないので、あえて言わないが。 今回、寵のその無自覚の能力が必要となる。 実際、自分の『眼』より最大の役目だろう。
「?」
結局答えてくれないので、寵は首を傾げるしかなかった。
光能者−ラル−。
全世界規模で考え、一握りも存在しない希少な種族。 その能力は高いらしいが、あまりにも少ない数のため解明も定かではない。 知る限りの範囲では、うちふたつの能力は、自覚があるとしても自分の意思で使うものではないらしい。本能からくる判断で、発揮されるものだと言う。 ただどちらにしても、決して悪い方向には導くことはない。
だからこそ、『光の能力者』――そう呼ばれている。
+第0夜*Episode.1.−2.(前編) 完
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