第0夜 ひと欠片の粒子

 

 

Episode.

 

 

 

  2. 依頼 (後編)

 

 

 「んじゃ、さっそく作戦立てようか」

 

 幼馴染み七人集の年長・蕾螺が、そう切り出した。

 

 即座に琉那が不満気な声を上げた。

 

「ぇーっ、何でー? 作戦なんて、わざわざ立てなくてもいいじゃん」

「今から行ってスパっと!」

「さっさと終わらせよーぜー」

 

 蓮と碧も続けて言ってきた。

 ぽそり、と蛍明はぼやく。

 

「…めんどくさい」

 

 その蛍明のぼやきは、隣席の蕾螺には聞こえていた。

 約四名の反応に、紅光と寵は苦笑する。蛍明のぼやきは聞こえなかったが、顔がやる気なさそうにしているので判断は容易い。

 

 

 

「お前等…」

 

 眉間が震えるのを抑えて、蕾螺は四名に言葉を返す。

 

「神様階級相手に、さっさといとも簡単に仕事が完了すると思うのか? つか、今回の仕事内容は、倒す、んじゃない。判ってる?」

「ぇ、あっ」

 

 言われて蛍明以外の三名は思い出す。大抵の仕事内容は倒すことなので、うっかり忘れていた。

 蛍明は忘れてはいなかったが、結局やるはめになるのか、と面倒臭い表情が抜けない。

 

 

 

「ともあれ」

 

 爽やかに、紅光が話を戻す。

 

「別に倒す相手がいないわけじゃない、みたいだよ?」

「へ?」

 

 琉那は首を傾げた。碧、寵、蓮も瞬きひとつして紅光を凝視する。蛍明はどうでもよさそうだ。

 一枚の書類を手にして、紅光は続けた。

 

 

「闇に呑まれそうになってる今の『神桜』は、負の妖怪類を引き付けてしまうんだって。まずそいつらを倒しながらになるだろう、とおれは思うよ?」

 

 予測では、『神桜』の周辺には妖怪類がこぞっと集まっているだろう。

 きらきら、と蓮の目が輝いた。

 

「うっし! 待ってろよっ!」

「……」

 

 戦闘好きな蓮に、蕾螺はつい半眼になってしまう。…いまさらだが。

 そこで寵がやっと気付いた。

 

 

 

「ぁっ、でもさ。そうなると、妖怪諸々結構いるんだよね? きっと。そしたらさすがに周りを巻き込んだりしないかな?」

 

 心配する寵と同意の顔を、碧と蛍明はした。今度は蓮がどうでもよさそうにしてる。

 紅光と琉那が一瞬止まる。蕾螺は小さく嘆息した。

 困ったように、答えたのは紅光だった。

 

 

「蕾兄が結界張れるから、大丈夫だよ」

 

 

 下四名は目を丸くした。

 

 

「……ぇ。」

 

 

 蕾螺を凝視し、数秒の間。

 

 

「え――っ!」

「るさいっ、出来んだよっ。騒ぐなっ」

 

 詰め寄りそうな勢いの驚きの声に、蕾螺は頬を引きつらせた。

 横で琉那が菓子をつまみながら思い出す。

 

 

「…そうだよね。寵たちは、蕾兄と組んだことないもんね」

「ないね。碧たちが依頼やりはじめたの、最近だから」

 

 肩をかるく竦めて、紅光は頷いた。

 下四名が依頼をやらされだしたのは、小学校に上がった頃になる。年齢と能力も考えられ、下四名は上三名と組むことはない。
 それでも事によっては、紅光と琉那とは何回か組んだことはあるが。

 

 今蕾螺は大学受験のため、依頼は最ものことがない限りは外されている。秀一の考慮である。そうはいっても、紅光と琉那と組んだのは数知れず。
 よって、二人は蕾螺の能力を把握している。

 

 まぁ早い話、下四名は蕾螺の能力をまともには知らないのだ。

 

 

 

 

「ほぁー…」

 

 物珍しそうにする下四名から、蕾螺は目線を逸らす。

 

(俺は珍獣か…っ)

 

 頭を無造作に掻き、蕾螺は思考を切り戻す。能力持ちと比べても仕方ない。

 サイドテーブルを手の甲でかるく叩いて、蕾螺は話を戻した。

 

 

 

「…まぁ、俺が結界を張るわけだ」

 

 と・いうか、この七人中張れるのは蕾螺しかいない。

 

「その結界内に、妖(あやかし)類も入れる事になる」

 

 自分の造る結界は、外からの侵入を防ぐもの。そして、内からの影響を外に及ぼさないためのものだ。

 指でテーブルに簡単な図を蕾螺は描く。

 

 

「目的の『神桜』には、そうそう簡単に近づけないはずだ。そこまで辿り着くために、全員で倒しながらとにかく進む」

 

 ひとつ紅光は頷くと、碧と寵に顔を上げた。

 

「近づいたら蕾兄が教えてくれるから、その時は碧。お前が寵くんのサポートに付くこと」

「へ?」

 

 兄からの指名に、碧は目を丸くする。

 自分の名前が出たことに、寵は戸惑った。

 

「ぇ…」

「寵だって、蕾兄ほどじゃないけど視えるはずよ」

 

 なんとなしに、琉那は宙に円を掻く。

 自覚ない当人は首を傾げた。

 

「そう…かな…?」

 

 知らないのは寵本人だけで、ここにいる六名は把握していたりするのだが。

 眉間にしわを寄せて、碧は訊く。

 

 

 

「なんでおれ? 兄貴の方が力は上じゃんか」

「サポートなら、碧の方が寵くんとバランスがいいんだよ」

 

 どんなに能力が高くても、反発しては意味はない。

 肩を竦める兄に、碧は首を傾けた。

 

「ふーん…?」

 

 解ったような解らんような。

 それどころか、寵にはさっぱりだった。何で、自分の能力が必要なのか。それが一番、判らない。

 じゃあ、と蕾螺は告げる。

 

 

 

「場所は一旦うちに集合」

「時間はお昼終わってからがいいよね?」

 

 紅光の問いに、蕾螺は頷いた。

 

「あぁ。一時頃がいいだろ」

「だね」

 

 同意する紅光に、蓮が文句を投げた。

 

 

 

「え゛――っ。今からじゃないのかよっ!」

「時間考えろっ」

 

 

 決めたらすぐ実行型の蓮に、蕾螺は頬を引きつらす。

 蕾螺に呼び出しかかったのは、十三時頃だ。帰省したのは十四時半近くで、依頼を聞いたのがそれぐらい。それから作戦立てて、今十六時過ぎになる。

 さらに蓮は文句を言おうと、口を開く。

 

「なん」

「いーじゃん、明日でも」

「急がなくても。」

「もう遅いしね」

 

 琉那、蛍明、寵に台詞を遮られさっくりと返されてしまった。

 まぁ琉那にいたっては、紅光がそう言うんなら、という感じだ。蛍明はただ、面倒臭いだけだろうが。ちなみに碧は、兄には逆らいたくないので黙って折れている。

 

「〜…っ」

 

 六人もいるのに味方がいず、蓮は文句に詰まる。

 片眉を震えさせ、何ともいえないような顔で蓮はそれでも文句を探す。

 が。

 

 

 

 

「はい、そういうことで解散っ」

 

 蕾螺のその声に、琉那が素直に返事をする。

 

「はーいっ」

 

 他の四名も了承し、話を終わらした。

 無視された蓮は、それぞれに散っていく仲間に肩がわなわな揺れた。

 

 

 

 

「っ、…っ」

「蓮、帰るよ」

 

 ぽん、と同じ歳の妹が背を叩いた。

 双子なのだが、蛍明は蓮とは違い表情が乏しくのんびり型だ。そして、意見が食い違うことも少なくはない。

 珍しくすぐに反応が返ってこないので、蛍明は疑問符を飛ばした。

 

 

「…帰らないのか?」

「帰るよっ!」

 

 妹にも意見が通らず、蓮は半分切れた。

 

 

 

 

 

 自室に行こうと階段に足をかけようとした矢先。

 

「蕾兄」

 

 声をかけられ蕾螺は振り向いた。

 

「寵」

「おれが必要って、…なに?」

 

 直打(ちょくとう)の寵の問いに、蕾螺は一瞬目を見開いた。

 まっすぐな茶の瞳を見る限り、寵は自分の立ち位置に困惑しているらしかった。名指しをされたのに、はっきりとしない指示。

 

 

 

「……お前ならわかるよ」

「ぇ?」

 

 問い返す寵に、蕾螺は続ける。

 

「その時になったら、お前がしたいようにすればいい」

 

 

 

 いままでがそうだったように。

 

 

 

「……」

 

 結局はっきりしない答えだと、寵は思った。

 けれどようするに、その時になれば判るということだろうか。

 

 

 

 

「……、ん」

 

 本能で理解したらしい弟に、蕾螺は内心苦笑した。

 それを見ていた玄関先の五名も、困ったように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 +第0夜*Episode.1.−2.(後編) 完