第0夜 ひと欠片の粒子
*Episode.1
藤ノ宮学院高等部――男子寮。
浦飯家の長男・蕾螺(らいら)は、現在そこに身を置いていた。 理由のひとつとしては、家の経済状況があまりよろしくないからだ。 (それでよく、四人もこどもつくって、ペットを二匹も飼えるよなぁ…) 不思議である。
まぁ理由はそこにあるから、蕾螺は寮生活中だ。 実に、浦飯家のような経済にやさしい学院である。
1. 呼び出し
――リリリ…
部屋の電話が、音を立てた。 「はーい」 呼ぶ電話に対し何故か返事をしつつ、蕾螺の同室者・天原 朔深(あまはら さくみ)が出た。
「はい、天原・浦飯ですが」 机に向かっていた蕾螺は顔を上げると、後ろに椅子を回した。 「ぁ、はい。……えぇ、はい、いますよ」 ひとつ頷くと、朔深が電話口を押さえ蕾螺に向いた。 「蕾螺ー、きみのお父さんからー」 思わず二度ほど瞬き。 せっかくのGWなのに、何の用だ。
「はい」 用が終わった朔深は、フリースペースへ足早に戻っていった。
『ぉうっ、蕾螺かー♪』 出ると、確かに父の幽助だった。 「そうだけど、用は?」 いい歳をしてあまりにも元気良い幽助に、蕾螺は少々疲れを感じる。
『今日帰ってこい。決まりな』 ざっくりと軽快に。 「は?」 イエローブラウンの瞳を、蕾螺は丸くした。
「………をい。」 小さくだが、低い声が蕾螺から出た。まだ受話器を置いていない手が、明らかに震える。
帰ってこいって説明はなしかっ。前置きも後置きもなしっ。簡単にしても程がある伝え方だっ。 「――っんの…っ」 怒り任せに、受話器を思いっきり遠慮もなく床に叩きつけたい――のを、どうにか蕾螺は抑えた。
* * *
――プアー…
実家の最寄バス停に、蕾螺は簡単な荷物を肩に降りた。 「帰ってこい、て言うなら、前もってにしろよな…」 文句をぼやきながら、蕾螺は歩を進める。 ふう…、と深く、蕾螺は無意識に息を吐く。意味も判らない強制帰省が、重い気持ちにさせる。
「っ」 不意に、肩から背にかけ、冷えた空気が駆け抜けた。蕾螺は足を止める。 (あそこ…っ) 黒っぽい靄が視えた。ここから歩いて数十分そこらの場所だ。ここら辺の子の遊び場でもあり、幼少の頃の自分もそのひとりだった。
(皿屋敷第2公園…) そこだ。 その丘には桜がある。おおきなおおきな、桜の木が。
『神桜(かみざくら)』――と。 黒い靄はまさに、『神桜』から放たれているのだ。
(何が…) あったのだろうか。 「……」 目の端に『神桜』を留めつつ、蕾螺は踵(きびす)を返し実家へと再び歩き出した。
呼び出された理由に、見当が付いた気がした。
* * *
「ただいまー」
と、帰宅してみれば、やはり見当付けた通りらしかった。 「おかえりー、蕾兄」 相変わらず人懐っこい、九つ下の弟・寵(めぐむ)。早くも四月に九歳を迎えた、同学院初等部三年だ。 「やっと来たかー、蕾兄」 困ったように、蕾螺は肩を竦める。 「姉がすみません」 喜怒哀楽の乏しい様子で、蛍明は蕾螺に頭を下げた。
「蕾兄、お邪魔してます」 蛍明から一席飛んで右隣で蓮の向かい側に座る、南野紅光(クラピカ)だ。同学院の中等部二年に所属。 「あぁ、久しぶりだな」 紅光はこのメンバー中、蕾螺の一番気の合う幼馴染みでもある。 「蕾兄ー。突っ立ってないで座れよーっ」 蓮に負けず劣らずの偉そうな態度に、蕾螺は少し遠くに心を投げ出しそうになった。
「このメンバーが集まってるってことは、やっぱあれか」 荷物を邪魔にならない適当な場所に置いて、蕾螺は誰にともなく話題を投げる。 「うん、そう。俺と碧は、父さんから簡単に話は聞いてる」 やはりな、と蕾螺は納得する。
「うちの父親も、説明ぐらいはしてほしいよ…」 溜め息混じりに蕾螺がぼやくと、紅光は乾いた笑みを浮かべた。 「なー。親父はいっつも強制招集だからなぁ」 サイドテーブルに片肘を立て、蓮も文句を垂れる。 「ん、何も。ただ、仕事だから行け、て」 蕾螺と紅光は、思わず目線をあさっての方に流してしまう。あの夫婦は、と呆らざるえない相変わらずの二人だ。
「けどさ」 と。出されたオレンジジュースを一口飲んで、寵はさらりと言った。 「気のきく父さんとか飛影さんとか躯さんとかって、怖いよね」 それに六名は想像した。 「………」 しばしそれを頭に浮かべ、六名は一瞬身体を震わした。 (怖…っ!) ありえない。 「気持ち悪りぃ」 寵は笑った。
ふ、と蕾螺は慣れた気配に気付いて、廊下に顔を上げた。寵も気付いて、兄と同じ方に向いた。 「……うか、…で蕾螺くんでしょ。やっぱ」 と、秀一と話しながら、幽助は居間の襖(ふすま)障子を勢いよく開けた。
「おうっ、集まってるか! 青ガキどもっ」 片腕を勢いよく上げ、琉那と蓮が明るく男勝りに反応を返した。 「蕾螺くん。背、また伸びたんじゃない?」 書類をサイドテーブルの上に置いて、秀一は座った。寵の左隣で蛍明の向かい側だ。 「え? 多分…」 どうだろう、と蕾螺は首を傾げる。 「おれ、追い越されたかー?」 春休み中も二泊ほど帰省したときも思ったが、やはりそこは男子ならではの成長期。 「息子には追い越されるものでしょ、父親って」 解ってはいるが、父としては複雑なものだ。
「皆、揃ってるね」 途端、部屋の空気が静かになった。
「冥府から仕事だよ」 「……」 当たりか、と蕾螺は内心嘆息する。
呼び出された理由の見当は、的中らしい。
+第0夜*Episode.1.−1.完
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