-------------「バースデイ・イブ」
「あれ、また来たの?」
が目を丸くした。玄関先には良く見慣れた赤い髪。
「ひどいな、そこは、お帰り、だろう?」
苦笑するのは蔵馬だった。インターフォンを鳴らすだけ鳴らすと、勝手に玄関先に上がりこもうと靴を脱いでいるところに、が奥から出てきたのだ。
「そう? おかえり」
が少し首を傾げて、蔵馬の要求どおりの言葉を発すれば、蔵馬はにっこり笑って応じる。
「ただいま」
そしてごくごく自然に渡されるのはケーキの箱だった。
こちらもごく自然にそれを受け取ってしまい、それからは歓声を上げる。
「わ、ケーキだ!」
「後で食べよう」
「うん!」
「あ、言っとくけど」
「何? ……ちゃんと蔵馬にもあげるけど?」
先手を打ったつもりでそう応じただったけれど、蔵馬の大きな手が、の頭のてっぺんにぽん、と置かれた。
「ワンホール、丸ごと食べられるなら一人で食べてもいいよ?」
「え、これ、ワンホール丸ごと買ってきたの!?」
「まあね」
それでは一人では無理だ。
最初から一人で食べようなどとは思っていないが、はもう一度蔵馬を見上げると、「一緒に食べようね」と真顔でいうものだから、蔵馬は吹き出した。
「で、さっき言いかけたのはそうではなくて。これはまだ、誕生日じゃないからね」
「え?」
「まだ、今日はの誕生日じゃないだろう?」
「……明日だから、別にいいけど」
「良くない」
蔵馬はいつになくきっぱりと言って首を振る。
「今日だったら、は油断していると思ったんだ」
「油断?」
「そう、明日だったら、もオレが来ることを予測するだろう? だって誕生日なんだから」
でもそれじゃ面白くない。そういって蔵馬は楽しそうに笑う。
の笑みに、呆れたような色が加わった。
「蔵馬って、こういうときにも策略を練ってるのね」
「何を言ってるかな。愛する女性の誕生日にこそ、頭を使うべきだろう?」
う、とが言葉に詰まる。
少し照れたような顔で目をそらすのも、勿論蔵馬にはお見通し。
「だけど、今年は、が一番欲しい物を渡したい、と思って。だけど、それを聞いたらサプライズの要素がなくなる。それは困る」
だから、サプライズ分は今日。
本当の誕生日祝いは明日。
そういって蔵馬が笑うから、もまた、笑顔になった。
「休日出勤している蔵馬が、そんなに色々と私のことを考える必要なんてないのに」
「いや、必要があってしてるわけじゃない。のことを考えるのが、と離れているときの、オレの最高のリラックスタイムなんだから」
オレのリラックス方法をとらないで、といたずらめいた目で言われて、が照れた。
その照れを隠そうとばかりに、がキッチンの方を向いて、話題を変えようと試みる。
「そ、そうだ、蔵馬。おなかへらない? 何か食べる?」
私は先に食べちゃったけど、デザートの前に何かご飯を。
そういったに、「軽く食べてきたからいらない」と応じて。
蔵馬は紅茶が欲しい、とだけ言った。
「了解、じゃ、ケーキを切るね」
いそいそとケーキの箱をキッチンへ運ぶの後姿に、蔵馬の声がかかる。
「早く、のいるところを、オレの『帰る場所』にしたいんだけど?」
「え?」
ケーキの箱を抱えたまま、はぴたりと動きを止めて。
「まあ、もうずっと前から、気分的には、オレはの笑顔を見たときに、『帰ってきた』と実感するし、の元に『帰りたい』って思っているんだけど、ね」
なんと返事をするべきか。
振り向くこともできずに、ケーキを抱えたまま固まっていたに、蔵馬は。
「ケーキ、落とさないように」
笑いを含んだ声で注意したから、がぎくしゃくと動き出した。
「ま、今日はこのくらいで」
なんて小声で蔵馬が呟いた言葉を、の耳は当然拾ったけれど、何がこれくらいで、なのか、深く追及するのは得策ではない、と判断して聞き流すことにした。
本能的な自分のカンには自信がある。
「明日は逃さないけど、ね」
再び聞こえた蔵馬の呟きに、は内心、「明日は私の誕生日なのに嫌な予感!」と冷や汗を流した。
だけどきっと。
明日はとっても素敵な誕生日になる。
それもまた、のよくあたるカンの一つ、なのかもしれなかった。