<傍にいて>
「バカだ……何で…啼かなかったんだ……」
俯いたまま……何処か、声に出しにくそうに、だがそれでも必死に言う蔵馬。
嗚咽とまではいかないが。
僅かに涙声になっている気がした。
「俺のことなんか考えず…啼けば助かっていたのに……何で……俺を助けてまで……自分の死を選んだんだ……」
「そういうことは、お前が同じ境遇になった時、出来るかどうか考えてから言え」
半ば苛つきながら、吐き捨てるように言う飛影。
いつもの蔵馬らしくなくて……こんな蔵馬には、冗談も言いたくなかった。
本音を、そのまま。例え蔵馬が傷つく結果となっても。
「貴様には出来るのか? 他人を助けず、自分だけが生き残る道を、選べるのか? ……出来んだろう」
「……」
蔵馬からの返事はない。
ただただ無言だった。
それは……肯定でしかなかった。
「自分に出来ないことを、他人に求めるな。一度、命を投げだしてまで母親を助けようとした貴様に、ヤツを責める権利はない」
「…責めては……いない」
「責めているだろう。自分を独りにしやがったってな……」
「……それは、そうかもね……」
ゆっくりと立ち上がる蔵馬。
未だ、背中は鉄柱に預けたまま。
いや……預けていなくては立っていられないようだった。
足が僅かに震えている。
水気をふくんで重くなった前髪のせいで、表情はあまり見えないが……息が少し荒いようには見えた。
様子がおかしい。
さっきから変だが、感情だけに左右されているのではないような……。
「おい…」
「君は……どうなの?」
「…何のことだ」
様子を尋ねようとして、遮られたが、「どうなの?」と聞かれ、首をかしげる飛影。
何が一体、どうなのか。
全然分からなかった。
最も、次の蔵馬の言葉で理解し、そして呆れたが。
「君は…俺を独りにしようとしたこと、ある?」
「何故、そこで俺が出てくる。俺は貴様の「友達」などではない。ただの腐れ縁だろうが。あの鳥とは違う……貴様が独りになろうと知ったことか」
「まあ…そうかもね……」
飛影の返答に、特にショックを受けた様子もなく、頷く蔵馬。
いや……大体予想していた答えだったのだろう。
飛影が自分を「友達」などと言った日には、おそらく嬉しいだろうが、笑い出してしまうだろう。
彼はそういうことを言う男ではない。
深層でどう思っていたとしても……決して口には出しはしない。
その心の奥が、知りたくないわけではない。
だが……今は……それよりも……。
「……何だ」
雨が少し上がったので、背を向け帰ろうとした飛影。
しかし、背後でカタンと音がしたため、振り返った。
見れば、蔵馬が片膝をついて、しゃがみ込んでいる。
「ううん、ちょっとめまいが……だ、大丈夫…だ…」
足を踏みしめて立ち上がろうとした蔵馬。
だが、その足がすべり、コンクリートの地面に倒れ込んだ。
「お、おい!」
慌てて受け止める飛影。
幸い頭から直撃することはなかったが、しかしすぐに起きあがってこない。
「おい!? 蔵馬!!」
「……」
怒鳴るように蔵馬を呼ぶ飛影。
しばらくの間、返答はなかったが……変わりに耳を澄ますと、荒い息づかいが聞こえてきた。
しかも彼を支えている手が、何となく熱く、しかもぬるっとしたものを触ったような。
嫌な予感がして、鉄柱に寄りかからせてみれば、案の定、腹の傷が開いていた。
腕や足の傷も深かったが、ここは何度も怪我をしたことがある場所のため、尚更開きやすい状態なのだろう。
霊界からコエンマが送ってくれた霊力程度では、簡単には治らないくらい。
微弱ながら出血し、彼の服を改めて紅く染めていた。
「全く…腹の傷が塞がっていないんだろうが。無理するな」
「ああ…すまない…」
「詫びなどいらん」
言いながら、服をめくりあげ、同時に自分の頭からバンダナをとり、強く圧迫して止血する飛影。
服の裾も少し破いて包帯代わりに使用した。
いつもの蔵馬ならば、別に自分でするだろうから、ほおっておいただろうが……飛影はもう一つ、嫌な予感がしていたのだ。
ひとまず、腹の傷が落ち着いたのを見計らって、今度は蔵馬の額に手をやる。
予感は的中、やはり熱かった。
「(……熱があるな…)」
と、暢気に言っていられるような低い熱ではなかった。
炎を使役し、また氷河の国の生まれである飛影。
温度には人一倍敏感で、これが人間にとって、危機的体温であることくらいはすぐに分かった。
これだけ熱があれば、普通の人間なら、とっくに脳がやられて、あの世いきだろう。
いくら身体が妖化しているとはいえ、基本構造は人間である以上、彼は人間の病気にもかかるし、またそれが致命傷にもなりうるはず。
めまい程度ですんでいるのは、蔵馬だからこそ。
道理で、さっきから様子がおかしかったはずである。
これだけの熱があれば、理性も何もかも吹っ飛んでも不思議はない。
加えて過去の因縁に、腹の傷に、妖力の消耗……今まで喋れていただけでも、奇跡的だろう。
どうせ自分では熱の手当など出来ないだろう、幻海の寺に運ぶかと思い、とりあえず雨の具合を見ようかと、立ち上がったが……。
「?」
ふいにズボンが引っ張られた。
そんなに強い力ではない。
むしろ弱々しく……いつものように、素早く動いていれば、すぐに振り切れるような力だった。
振り返ると、蔵馬が俯いたまま、ズボンの端をつかんでいた。
「独りに…しないで……」
小さく、だがはっきりと……その声は確かに聞こえた。
雨に濡れ、血の匂いのする蔵馬は、まるで捨てられた子供のように……とても弱々しかった。
あの、極悪非道の盗賊妖怪の面影は微塵もない。
ここにいるのは、還る場所を求め、独りでいることを恐れる……一匹の狐でしかなかった。
「(熱のせいで、幻覚でも見てるのか? それとも…過去の記憶と混同しているのか?)」
どうしていいのか分からず、しばし呆然としてしまう飛影。
ここまで弱々しい者を相手にしたことなど、思えば一度もなかった。
妹の雪菜でさえ、芯はしっかりした少女で、妖力はともかく心は決してか弱くはない。
他の連中も独りを嫌う傾向にはあるが、だからといって弱々しいという言葉は、天地がひっくり返っても当てはまらない。
そんな飛影の前に……しかも、あの蔵馬が。
こんなに弱く……。
……あの黒い鳥は、そこまで蔵馬にとって大きな存在だったのだろう。
その彼の死を思い出さされ、偽物とはいえ何度も傷を負わされ、裏切り者と連発され……。
正体を見抜き、葬ったにしろ、だからといって黒鵺が戻ってくるわけではない。
また……何百年も前の時と同じように、独りにされた気持ちでいっぱいになってしまったはずである。
今は、独りじゃない。
そう言いたかったが……言葉が出なかった。
何と言えばいいのか分からなかった。
友達でない自分には、友達だった故人の変わりは出来ないし、する気もない。
だが……蔵馬は独りじゃない。
それだけは確かだった……。
「……分かった」
すっと蔵馬の隣に腰を下ろす飛影。
やや背中を向け加減だが……致し方ない。
真横にぴったり座るなど、何となく照れくさい。
ほんの少しだけ顔を上げた蔵馬に、
「傍にいてやる…」
とだけ言い、それ以降飛影は何も言わなかった。
ただただ蔵馬の横に座っているだけ……。
しかし、それが蔵馬にとって、どれだけ嬉しかったか。
過ぎた過去は戻ってこない。
蔵馬の傍に、黒鵺はいない。
逝ってしまった人は、二度と還っては来ない。
もう再び、蔵馬の傍にいることはない。
だが飛影は……ここにいる。
蔵馬の傍に。
ここで今、同じ時を、生きている。
いつかは別れる時がくるかも知れない。
いや、確実に来るだろうが……それがいつかは分からない。
お互いの命の期限がどれほどかは、分からないから。
でも、先のことは考えなくていい。
今はただ……この瞬間に、傍にいることだけで。
それだけで、深い眠りに落ちた蔵馬には十分だった……。
終
〜作者の戯れ言〜
何か蔵馬さんが激しく弱々しくなってしまいましたが……すいません! 散々この場で謝ります!(なら、最初から書くな…)
高熱とか出てたら、人間多少気弱になったり、自我が保てなくなったりするものらしいんで…。
(40度から熱だした時のこととか、私あんまり覚えてないんで……って、そういうのは、私だけ??)
怪我だったら、蔵馬さん、よくしてるけど(おい)、事情が事情でしたし……。
重傷と高熱と過去のことが、入り交じって(ついでに完徹だし)、ちょっといつもより気弱になっちゃったかなと(ちょっと!? これのどこが!?)
私が書くといつも、最後には飛影くんがからかわれて終わりなんで、たまには飛影くんが蔵馬さんを支えるような感じで終わらせてみたいなーと思って。
でもそうなると、蔵馬さんがからかう元気もない状態になってもらわないと、書けなくて……(普段そういうのばっかり書いてるから…)
どっちにしても、飛影くんが蔵馬さんをからかっては終われないみたいです(笑)
しかし……二度と還ってこないって書いたけど、幽助くん、二度も還ってきましたっけ…(あれはあれということで…)