<日々是疲日> 2

 

 

 

「コエンマさま!」
「コエンマさま! ああご無事ですか!」

非常用の階段から登ってきたのは、数人の鬼たちだった。
慌ててコエンマに走り寄ってくる。
その顔はやや蒼白……ただごとではない。

コエンマは冗談言っている場合ではないと、長の後継者としての顔になり、

「一体何事だ!?」
「妖怪盗賊が侵入したようです! かなりの手練ですゆえ、早くお逃げください! すぐに警備員が参りますから、さあ!!」
「わかった……おい、蔵馬! お前も早く…蔵馬?」

見た先に、蔵馬の姿がなかった。
秘宝を置いたテーブルの前にいたはずなのに、その姿がない。

 

「? 盗賊のところへ行ってくれたのか? だが、まだ場所が……あ、あいつなら音と匂いで分かるか」
「コエンマさま、何をしておられるのですか!」
「あ、ああ。今行く」

 

鬼たちに促され、非常階段へ向かうコエンマ。
上に非常用の緑のライトが光る小さなドアを抜けた。

 

 

次の瞬間だった。

 

身体が急に宙へ浮いた。

 

 

 

「え? え? うわわっ!?」

「コエンマさま!?」
「コエンマさま、一体なにが!?」

 

青ざめた鬼たちが見上げる前で、コエンマの身体が少しずつ上へと浮き上がっていく。
まるでシャボン玉のように。
そして、その感触がなくなったと同時に、すとんっと誰かの腕の中へ落ちた。

 

 

「!? あれは、妖狐蔵馬!?」
「蔵馬!? 蔵馬だと!?」

「え?」

 

鬼たちの声に、はっと見上げると、そこには見慣れた顔があった。
背中に植物らしい羽を広げ、ふわふわ宙に浮いている。
赤い髪が風に靡いて、なんとも美しい……が、そんなことを言っている場合ではない!

「く、蔵馬。お前一体何処に…」
「非常扉が開いた直後に、外の様子を見ようとね。気がつきませんでした?」
「ああ…って、これは一体どういうつもりだ!?」

「どうもこうも……こうしないと、貴方落ちてましたよ?」
「へ? ……!!??」

 

見下ろせば、そこには秘宝館の外壁、扉……そして、非常用の螺旋階段の軸だけがあった。
踏み板がなくなっている。
前しか見ていなかったから、軸があることで安心していた。

あのまま踏み出していたら、地上数十メートルをまっ逆さま。
いくらコエンマでもただではすまなかっただろう。

 

 

「な、な、何で……」
「まあ貴方の命を狙ったと考えるのが自然でしょうね。そもそも狙われやすい立場なのは分かってるでしょう?」
「そ、そりゃそうだが……ということは、あいつら!!」

あまり見ない顔の鬼だと思っていた。
だが、本来秘宝館の管理は、管轄がコエンマと違う。
今日は三大秘宝の手入れだからこそ、訪れていたのだ。
そこを読んで、本来の鬼たちと入れ替わり、命を狙ったのだとすれば……。

 

「あいつらが妖怪か!!」

「ちっ!」

 

隠す気もないらしい。
鬼に化けた妖怪たちは、本来の化け物の姿へと変貌した。

「なるほど。羽がはえているのか、それで踏み板を外しても来られたと」
「のんきに言ってる場合か! あいつら逃げる!!」

そう、彼らは隠す気もないが、戦う気もないようで、さっさと飛び上がってしまったのだ。
まあ蔵馬があの妖狐と知って、喜んで戦うものなど、滅多にいないだろう。
せこい手使ってコエンマをハメようとしたくらいの連中、蔵馬に挑んで勝てるわけもない。

 

「追いますか?」
「当たり前だ! 出来れば生け捕りで頼む」
「じゃあ、今日の仕事はこれで終わりということで」
「……分かった、それでいい! だから、追ってくれ!」
「了解」

コエンマを非常扉の前へ下ろすと、蔵馬は一瞬にして舞い上がった。
かつての妖狐の時のような飛行力もスピードも今はない。
だが、雑魚に追いつくことくらい、倒すことくらいわけなかった。

 

 

「薔薇棘鞭刃!」

 

 

花びらが舞い、鞭がしなる。
そしてあっさりと妖怪たちは御用となった。
かなりボロボロで、逮捕の前に病院送りとなってしまっていたが……。

 

「何もここまでせんでも…」
「生け捕りにはしましたよ?」

霊界救急車(決して霊柩車でない)で運ばれていく妖怪たちが、自分の命を狙った相手とはいえ、ちょっとだけ気の毒になったコエンマだった。
しかし、冷静な彼にしては、やり方がちょっと荒っぽいようにも見える。

 

 

「ひょっとしてお前、少し怒ってるか?」
「まあね」
「何か怒ることあったか?」
「……仮にも貴方を殺そうとしたんだから。怒らないわけがないでしょう」

ここ数ヶ月、ある意味コエンマと蔵馬の距離は、幽助よりも近くにあった。
いくらこき使われていようと、その間に何の感情もわかないわけがなかった。

嬉しいことは嬉しいが、なんとなく気恥ずかしい。
あれこれ考え、必死に話題を変えた。

 

「……ところで、蔵馬」
「はい?」
「お前、いつから気付いていたんだ? あいつらが偽者だと。外の様子を見た時か?」
「いいえ、最初から気付いてましたよ?」

「は? 最初って?」
「非常ベルが鳴った時点で」
「はあ? 何で? そりゃ、妖怪が侵入したのは間違いなかっただろうが…」

 

「……コエンマ、ボケてます? それとも本気で言ってます?」
「へ?」

「非常ベル、鳴るわけないんですよ。あれは妖怪の気に反応して鳴るものだから、俺が入る時に鳴らないよう、電源落としたでしょう?」
「あ」

 

「なのに鳴ったということは、俺か貴方が何かしたか、もしくは誰かが故意に鳴らしたか、しかない。だから聞いたんですよ、何処か変なところ触ってませんかって」
「……」

「前者でない以上、後者でしかない。そこへタイミングよく現れたあの鬼たち…顔見知りでない以上、まずその場にいた妖怪の俺を疑うはずなのに、全く気にも留めず、貴方を外へ出そうとした。いちおう貴方がここを訪れる日を選んだ計画的な犯行に見えて、手口としては杜撰だから、とにかく急ぎたかったんでしょう。妖怪が殺したことにせず、事故を装ったところを見ると、誰かに依頼された可能性もある。じっくり取り調べた方がいいですよ」

「……はあ、そうだな」

やっぱりこいつには敵わない。
思いながら、深くため息をつくコエンマだった。

 

 

 

……その後、いちおう霊界の次期長の命を救った形になった元・盗賊だが。
これでかなり免罪されたのかといえば、結果は……

 

「蔵馬、これ頼む!」

「あっちで妖怪が出没した、調べてきてくれ」

「実はこの書類提出明日までで…」

「新米霊界案内人が霊魂逃がした! 捕まえてきてくれ!」

 

などと、全然前と変わらぬ扱いを受けていた。

 

 

「「君たちに協力することで、免罪も可能ということになっている」」

 

あの言葉は何処へやら……。
探偵への協力どころか、コエンマの雑用係も処理班係も事務員も護衛もお茶くみも全てやっても、全然免罪されていなかったりするのだ。

 

結局、彼のこのあまりにありきたりとはいえない日常生活は、幽助が誘拐されて、飛影が手伝う代わりに無罪にしてもらった時、同罪の彼も無罪放免となるその日まで続くのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

82000HIT、萌さまからのリクエスト「蔵馬さんがまだD級妖怪の頃のコエンマさんとの話」でした。
「こきつかう上司とこきつかわれる部下」がお好きとのことだったので……い、いかがでしょうか??

コエンマさまと蔵馬さん、ある意味幽助くんよりも一緒にいること多かったんですよね。
実際のところ、コエンマさまってあんまり幽助くんと一緒にいないし。
蔵馬さんは元盗賊でありながら、審判の門出入り自由のようですし。

結構、お二人仲いいんじゃないかな〜と思ってます。
最もD級の時に、蔵馬さんが飛べたかどうかかなり謎ですけど…。
(飛べたらよかったのに…というシーンいっぱいあったからな…無理だったらどうしよう)

萌さん、お待たせいたしました。こんなですけど、どうぞお受け取り下さいです!