<心配性> 3
「飛影」
呼ばれて……同時に、服の裾を引っ張られて、はっと振り返る飛影。
視線の先の蔵馬は何故か、楽しげに微笑んでいた。
「……何だ」
「心配してくれたのか?」
「!! べ、別にしていない!!」
思いっきりしていたのだが……そんなこと、口が裂けても言えなかった。
最も、真っ赤になって否定している時点で、バレバレなのだが……。
「そう? でも、これで。俺の気持ちも、少し分かってくれた?」
「は?」
いきなり妙なことを言われ、疑問符を浮かべる飛影。
自分が心配したからといって、何故蔵馬の気持ちが分かるというのか?
しかし蔵馬は真剣だった。
同時に少し……少しだけ、寂しそうだった。
「躯と、喧嘩してくるたび……心配、してるんだよ、これでも」
「? どういう意味だ?」
「彼女が、殺すわけないと思ってたって……不安だよ、いつも酷い、怪我……」
そう。
飛影はいつも酷い怪我をしてくる。
一日二日で治るような傷ではない。
酷い時は、一ヶ月も塞がらない傷を負ってくることもあるのだ。
それを……心配しないわけがないのに。
飛影は気付いていない。
人がどれだけ気にかけていても。
自分を軽く扱って。
からかうように言ってやりでもしない限り、手当も受け付けない。
それを……歯痒く思わないわけがないのに。
「……だから…」
「だから、何だ……おい?」
再び横になった蔵馬に問いかけてみても、彼からの返答はない。
また寝入ってしまったらしい。
多分、まだ麻酔の効力が残っているのだろう。
その割りには、服の裾はまだ手放されないままだったが。
「……まあ、いいか」
ため息混じりに呟いてから、蔵馬の寝顔を見やる飛影。
ここまで無防備なのも珍しいなと思いつつ、こんな時くらいいてやるかと、そのまますとんっとベッドの淵に腰掛けた。
そして思う。
同じ気持ちというなら……このやるせない気持ちを、蔵馬も感じていたのだろうか?
それも躯と喧嘩するたびに。
彼は手当も出来るし、助言だって出来る。
自分には出来ないことがたくさん出来る。
なのに、何故同じことを感じるのだろうか?
悩む彼に、答える者はいない。
しかし、蔵馬の瞳に嘘はなかった。
一瞬見せた……あの辛そうな顔。
忘れられそうにない。
「……少しは喧嘩、やめるか」
それだけ思うと、飛影も少しだけウトウトしはじめたのだった……。
……数日後。
「蔵馬、もう平気なのか?」
「ああ。今日抜糸してきた。しばらく抗生物質投与だけど、もう心配ないだろうって」
いつも通り、よく喋る蔵馬に、一同は心底ほっとしていた。
さわやかな笑顔の彼は、余計な一言もよく発するが、やはり多弁でいてくれる方がいい。
「んじゃ、全快祝いにぱーっと飲みに行くか!!」
「全快って……たかが親知らずで」
「たかがじゃねえだろ(ないだろ)!!」
全員に叫ばれ、流石の蔵馬も後ずさりをするしかなかったが……そこまで心配をかけてしまったのかと、申し訳なくもあったが、嬉しくもあった。
「すまなかった。心配かけて」
「あ、いや…」
「別に…」
謝られると、それ以上何も言えない幽助&桑原。
「いいって。それより食べに行こうよ!!」
こういう時、ぼたんの前向きさと明るさは助けになる。
それに便乗に、二人も楽しそうに「行こうぜ!」「おう!」と拳を振り上げる。
が、約一名は……何故か乗り気ではないらしい。
「飛影? どうかしたのかい?」
「……俺はいい」
「んだよ。てめえだって、心配してたじゃねえか」
「してなっ……!」
「……どうかしたのか?」
叫ぼうとしたが、次の瞬間黙り込んだ飛影に、蔵馬も不思議そうな顔になる。
さっきから妙な違和感はあったのだが……。
よくよく見てみると、飛影は数日前の蔵馬と同じように、頬を気にしているような……。
「……まさか今度は飛影が親知らずか?」
「え、妖怪にも親知らずってあるのかい? 蔵馬は身体が人間だと思ってたから…」
「さあ……飛影。ちょっと見せて」
ひょいっと顎をすくわれ、口を開かされては、逆らうに逆らえない。
まあ蔵馬の手つきがよかったせいで、傷みが走らなかったのが一番の要因だろうが(これが幽助や桑原では鉄拳どころか黒龍波ものだと思われる)。
しばしの間、飛影の口腔内をじっくりと診る蔵馬。
幽助たちは生唾を飲みながら、その様子を見ていた……が。
「……飛影。それ、親知らずじゃない」
「なんだと?」
「虫歯だよ、虫歯。最近、甘いものばっかり食べてるから」
「お前が見舞いの品を押しつけるからだろうがっ……」
怒鳴ろうとして、またもや歯に痛みが走り、痛みを堪える飛影。
むろん表情には出ていない。
が、そのせいで大したことはないと取られたらしく(元々無口な彼が喋らないなど、珍しくもないせいで…)、
「んだよ、虫歯か」
「じゃあ心配することないっか」
「よかったな、虫歯で」
「……」
拍子抜けしている幽助たちに、内心苛立つ飛影。
それはそうだろう。
いくら親知らずほど酷くなくとも、痛いことには変わりはない。
心配してほしいわけではないが、ここまで露骨に言われれば、「そこまで言うか…」と言いたくなるものだ。
が、そんなことを考えているヒマがあったら、逃げればよかった……そう思った時には、遅かったのだが。
「さてと、歯医者さんに行こうか」
さっと飛影の腕をつかむ蔵馬。
ぎくっとする飛影を尻目に、
「じゃあ先に行っててくださいね」
「おう。二丁目の牛丼屋で待ってっから」
「ああ」
言いながら、ずるずると彼を引きずっていく。
「ちょっと待て! これくらいなんてこと」
「酷くなる前に、治療しないとねー」
「ばっ! 俺が人間の医者になんぞ行けるか!!」
「大丈夫大丈夫。これくらいなら、軽く歯を削るだけで、抜くまでは行かないよ」
「人の話を聞けー!!」
終
〜作者の戯れ言〜
キリリク小説、大変お待たせしてしまいました…(汗)
リクエストは、『蔵馬さんと飛影さんの友情とか仲間とか、そんな雰囲気が良いですvvv
あ、あと何気に蔵馬さんがからかったり有利な立場におられると嬉しいです♪』
ってことで、書いてみましたが……リ、リクエストに添えているでしょうか?(ドキドキ)
飛影くんが歯医者も大学病院も全く知らないため、補足説明に色んなキャラが入り乱れ……当然、他の人たちも心配するわけだから、前半飛影くん影が薄いような…(汗)
でもってオチもありがちというか、お約束というか。
飛影くん、虫歯ちゃんと治療したんでしょうかねー?
むろん蔵馬さんとて、悪気があって歯医者へ連行しようとしたわけではなく、飛影くんのこと考えて連れて行ったのでしょうけど…。
余談ですが、親知らず、まだ生えておられない方。
あれ無茶苦茶痛いですよ…。
私は顎の骨にこそ刺さってませんでしたが、歯肉は切りました。
で、痛かったです。一日ろくに喋れなかったし…。
ちなみに死亡例があったかどうかまでは調べれなかったのですが、顎が一生動かなくなったりはするそうです。
痛み出したら、速効で歯医者さんに行きましょうねー。