第3章
その1 花婿候補
「花婿候補、だあ?」
無事……とは言い難いが、とりあえず伝説の勇者に縁があり、伝説の勇者の盾とやらがあるらしい、皿保名(サラボナ)に到着した飛影たち一行。
どう無事でなかったか?
それを書くと、行数がものすごいことになる上、彼らも惨めになると思われるので、割愛する。
「……既に、思いっきり惨めだぞ。↑の書き方だと」
「細かいところ突っ込んでもしょうがないよ、幽助。それより、さっきの話、本当なんですか?」
蔵馬の台詞、後半は幽助に向けたものではない。
ついさっきまで喋っていた、皿保名の町人に対する確認である。
「ああ、そうだよ。この町一番の大商人、流怒万(ルドマン)さんが決めたこった」
話を教えてくれた彼は、蔵馬がモンスターだということも気にせず、色々喋ってくれた。
……まあ、最初は飛影に対して喋っていたのだが。
彼の一番最初の台詞で、桑原共々猛ダッシュしてしまったため、残った蔵馬と語り合っているのである。
「さっきも言った通り、一人娘の雪菜さんと結婚したいやつを集めて、ある試練を受けさせる。試練を乗り越えたヤツに、雪菜さんと家宝の盾をやるんだと。まあ、雪菜さんは清楚で可憐で美しいし、家は大金持ちだ。今までも求婚者はバカスカいたんだけどな」
「まあ……そういう理由で押しかけてこられては、迷惑な話でしょうね」
「だろう? だから、試練っつー条件を出したわけだな。ったく、命かけるなんざ、俺には真似出来ねえ」
「……その条件、ご存じなんですか?」
何だか知っているような口調である。
命をかけるとまで言っているのだから、全く知らないわけではないだろう。
「おう。知りたいか?」
「是非」
「『この大陸のどっかに眠ってる、炎のリングと水のリングを見つけ出して、結婚指輪として差し出せ』ってやつさ。ま、大陸のどっかって言っても、炎のリングの方は、南東の死の火山にあるらしいがな」
「……有名なことなんですね?」
あまりにも、具体的過ぎる。
つまり、街の人間のほとんどは知っていることなのだろう。
「まあな。この辺じゃ有名だ」
「ということは、皆知っている場所なのに、誰も取りに行かない。大金持ちが結婚指輪に指定するくらいだから、かなりの価値があるにも関わらず……つまり、危険地域ということですか」
「死の火山っていうくらいだからな。俺は行ったことねえけど……おっと! そろそろ店番の交代だ! じゃあな」
「ええ、ありがとうございます」
ひらひらと手を振って去る男に、軽く会釈し、蔵馬と幽助も歩き出した。
「……行くことになるんだよな、このパターンは」
「おそらく。幽助、大分ゲームに馴染んできたね」
「こんだけやり続けりゃな……けど、この場合、結婚すんのって……」
「飛影ですね。俺たちモンスターは除外されているでしょうから」
蔵馬のその言葉を証明するかのように。
進行方向に見えた大きな屋敷の入り口で、
「こらああぁ!! 入れろー!! 何で飛影だけなんだー!! あー! 雪菜さーーん!!!」
「…………」
「…………」
閉め出されたらしい桑原が吠えていた。
「……なあ、蔵馬」
「何でしょう?」
「魔界にもあんのか? 近親相姦って」
「ある地域とない地域があるし、種族にもよりますよ。全てが血縁の種族だっているわけだし」
「ああ、なるほど……で、飛影と雪菜ちゃんとこは?」
「氷河の国は、基本的に結婚しないんですよ」
「……どうすんだろうな、飛影」
「まあ……結婚云々は置いておいてもね。飛影は雪菜ちゃんを連れていきたいと思いますよ」
「だろうな」
ゲーム中でも、死ぬ。
コエンマがそうだったように。
そこまで知ってしまった今、10年を経てやっと出会えた妹を、彼が置いていくわけがない。
ゲーム上、例え結婚という選択肢しかなかろうとも。
「まあ、ゲームですから」
「まあ、ゲームだもんな」
その考えが微妙に甘かったことに、彼らが気づくのは、数ヶ月後のことである。