<黒> 6
ヤツ……かつては銀色の髪と冷たい瞳の持ち主でありながら、現在は紅い髪と緑の穏やかな瞳をしている妖狐・蔵馬。
この姿で再会した時も、またとある武術大会で本来の姿を見た時も、あの時のヤツだとは、流石の飛影にも分からなかった。
黒鵺の偽物を見た時、そういえば蔵馬もヤツも銀髪で冷たい眼だったと、やっと思い出した程度。
当然と言えば当然だが……飛影は生まれ変わる前の蔵馬と会ったのは一度きり。
まともに顔を見られなかったあの時一度だけだったのだ。
あの後、蔵馬が黒鵺を訪ねてくることはなかった。
それどころか、あの後誰一人彼を訪ねてはこなかった。
……あの話をしたその日が、飛影が黒鵺を見た最後だった。
仕事だと言って、夜になりしだい出かけていって、帰ってこなかった。
何があったのか、分からないほど子供ではない。
地元の妖怪も自分を避けだしていたし、もうただの殺しも飽きていた。
そこへ留まる意味もない。
飛影は二度とその土地に戻ることなく、旅立った。
その後、大切な氷泪石をなくし、邪眼を移植し、氷河の国へ行って、雪菜のことを知り、探すために人間界へ。
思いがけぬ出会いと、奇妙な人間との戦いを経て、今はこうしてヤツの家にいる。
不思議なものだとは思うが、偶然なのか必然なのか、深く考えたことはない。
どちらにしても、所詮気にしたところで変わるわけもない。
それに、飛影が蔵馬の顔を知らず、また黒鵺の偽物を見るまで存在もさっぱり忘れていたように、蔵馬もどうせ覚えていないだろう。
あの日は霧がかかっていて、視界も悪かったし、当時の蔵馬にしてみれば、飛影はただの子供でしかなかったはず。
覚えているわけもないが、別に気にはならない。
当時の蔵馬にとっての自分は、覚えていなくてもよかった。
ただ……一つだけ気になっていたことがあった。
「おい」
「何です?」
自分の問いには答えがなかったことを、蔵馬は特に気にした様子もなく、返事をした。
まあいつものことと言えば、いつものことだが。
「黒鵺…」
「!」
その名を口にした途端、蔵馬の顔から一瞬笑みが消えた。
こわばったような引きつったような……悲しそうな。
しかし、流石というか何というか。
すぐに元の顔へ戻った。
「何?」
「……あいつの名、どういう意味なんだ?」
『知り合いの名前の由来を知っているか?』、ハタから聞けば、そんな内容の言葉にしか聞こえないだろう。
もちろん、飛影は裏に含みも持たせている。
もっと都合のいい言葉が浮かべばいいのだが、飛影にはこれが精一杯だった。
気になっていた。
知りたかった。
蔵馬が本当に黒鵺が子供の時のことを…いや、黒鵺を拾った頃の自分を忘れているのかどうか。
黒鵺は最期の日まで、そのことを心寂しく感じていた。
石をちらつかせてまで思い出して欲しいと願っていた。
まるで、親に忘れられた子供のように……。
あの時黒鵺が感じていた寂しさ……今なら、少し飛影にも分かった。
氷河の国へ行ったからではない。
母親は案の定死んでいたし、自分を捨てた女は覚えていたようだから、結局それらしい感情は得られなかった。
冥界との戦い。
黒鵺の…偽物と分かっていても、黒鵺が一度も自分を見なかったこと…。
黒鵺の姿を借りているだけと分かっていたのに、黒鵺の瞳に一度たりとも自分が映らなかったことが……まるで、飛影のことを忘れ去ってしまったようで……。
少し、息苦しかった。
あれが多分……。
「黒い髪の鵺一族って意味だろうね。単純だけど。でも、飛ぶ影も似たようなものかな? しかしまあ、“とびかげ”じゃなくてよかったね」
「!! 蔵馬…貴様…」
「ん? 何、飛影?」
顔をあげた飛影の瞳にうつったのは、にこりと笑ってこちらを見つめる蔵馬の姿。
その笑顔は、いつものからかっている時のものと、少し違っていた。
何処がどうと聞かれれば、答えにくい。
だが、違うのだ。
切ない…例えるならば、そんな表情だった。
「……飛影?」
重ねて呼ばれ、はっとする。
何か言おうとしたが、
「……何でもない」
それだけしか言えなかった。
言いたいことならば、山ほどある。
何故、言わなかったのか。
何故、知らぬ者の態度を取ったのか。
一度でいいから、何故言ってやらなかったのか。
忘れてなどいないと…。
しかし……そんなことはおそらく……。
「蔵馬」
「ん?」
「貴様に言うのは、二度目だがな」
「何を?」
一度間を置いて、それから言った。
「過去に傷を持たないヤツなどいやしない」
「!」
「そんなヤツは薄っぺらなヤツだ……貴様は、違う」
「……飛影」
蔵馬の驚きに見開かれた瞳が、ゆっくりと収縮してゆく。
穏やかな…しかし、何処か潤みそうなそれが、飛影を見つめ、
『……ありがとう』
と、瞳だけで返事をした。
終
〜作者の戯れ言〜
飛影くんの生まれた年も、黒鵺さんの死亡した年も、どちらもはっきりとは描かれていないので。
もしかしたら、出会っていても不思議はないかな〜と思い、書いてみました。
飛影くんのお題だからというのもありますが、蔵馬さんの出番が少ない…(汗)
多分、誰にでも一度くらい経験あると思うんですよね。
昔の友達とかと再会した時とか、本当は大事な約束とか思い出とか覚えているけれど、わざと忘れたようなふりしたりとか。
向こうが思い出して欲しそうにしているのを見ていて。
後々になって、「忘れるわけないだろ」と笑って言ってやりたくて。
喜ぶ顔が見たくて。
……それが叶わなくなるなんて、誰も考えないでしょうけど。
まして、蔵馬さんの場合、当のペンダントが原因で黒鵺さんが死んだわけだから……。
けど、過去に心の傷を持たない人なんて、いませんもんね。
特に蔵馬さんは、たくさん傷背負って生きてるんだと思います。
長く生きている分、たくさん傷負ってしまっていると思います。
……それを分かってあげられる人が傍にいてくれるのが、一番彼の癒しになってると信じたいですね…。