<影物語>

 

 

 

……俺を産んだ女が、俺を捨てたのは、俺が2つか3つの時。

 

産まれてすぐに捨てられなかったのは、ただタイミングを逃しただけ。
一国の王女たる者、そうなかなか一人で国を出る機会などなかったのだろう。
まして、異形の子を連れてなど、あんな機会に恵まれたことの方が不思議なくらい。

 

女を孕ませた男は知らない。
ただ、愛し合っていたことは事実らしい。

 

俺が産まれる前に、その男は死んだ。
それはそうだろう。
人間の国に度々訪れる妖怪など……まして王宮へ忍び込んでいたなど、殺されても無理はない。

最後まで、王女との関係は明かされず終いだったらしいが。
まあ、拷問に合いながら、口を閉ざし続けたんだから、結構意志は強い妖怪だったのかもしれない。
そんなこと俺には関係ないけれど。

 

妖怪が死んだ後、女は俺を産んだ。
ようやく妖怪が死んだことから立ち直れそうだったのにと、嘆いていた。
だったら、産む前に何とかしろよと思わなかったわけではないが、とりあえず黙っていた。

どうせ声など出せなかった。
産まれた直後、部屋の隠し扉の向こうに押し込められて。
鍵はかけられ、食事も与えられなかった。

餓死を待つつもりだったのだろうが、俺は死ななかった。
時々迷い込んでくる虫やらネズミやらを取って喰いつないでいた。

 

時折、女の声が喋る。
俺に向かってかどうかは知らない。
だが、あの妖怪のことだった。

本気で愛していたらしい。
だったら、何故その男の血をひく俺を嫌うのか……聞く前に言っていた。
妖怪がいないのに、何故妖怪の面差しを持つお前が生きているのかと。
独り言のように繰り返した。
大きなお世話だ。

 

種族を越えた愛とか何とか言っていた……下らないと思う。

何が種族を越えた、だ。
大体、種族の違いに何がある。
越えただの何だの繰り返す時点で、馬鹿馬鹿しい。
見た目もほとんど変わらないのに、多少の違いで差別している証拠だろう。

本気で愛していたのかどうかも疑わしいが、別にどうだっていい。
会ったこともない男のことを貶しても、無意味だから。

 

 

……そんな生活が続いたある日。

身体が大分大きくなり、隠し扉が狭くなってきた。
そんなことを考えていたら、いきなり扉が開いた。
生まれて初めて感じる眩しい光に目をつむったと同時に、口に布を押し当てられる。
そのまま意識をなくした。

 

気がついたら、全く見知らぬ場所。
まあそれはそうか。
あんな狭い部屋に押し込められていたのだから、他の世界など全く知らなかった。
最も、妖怪の血をひいているせいか、基本的な知識というものは生まれつきあり、言葉などは割と身に付いているらしいが。

 

だが……脱力を隠せない。

知識はあっても、知らなさすぎた。
自分自身を。

その瞬間まで、自分の姿すら……知らなかったのだから。

 

冷たい風の吹きすさむ荒野で、そっと自分を見る。

細っこくて、白い手足。
自分でもここまでやせ細っているとは思いも寄らなかった。
否、痩せているという表現すら間違っていそうなほど、ボロボロのガリガリ。
骨と皮だけとはよくいったものだ。

切るということを知らなかった銀髪は伸びに伸び、ろくに生え替わりもしなかっただろう尾は、ぼさぼさもいいところだった。
何だかゴミクズのような……そんな感じ。

これで顔など見ようものなら、ぶっ倒れるかもしれない。
別段、器量不器量の問題ではなく。
自分がここまで堕ちているのかと思い知らされて……。

 

 

「(……これが…俺……)」

 

 

正直ショックでなかったわけではない。

これでも半分は妖怪なのに。
強い生き物だと自負していい生き物のはずなのに……。

 

ようやく自由になれたと思ったら、今すぐにでも死にそうな身体。
これでこれからどうすればいい。
一歩踏み出せば、そのまま霊界へ逝きそうな身体で。

 

 

ふらりと視界がぐらついた。
そのままどさっと地面へ伏せる。

ぼき…

嫌な音がした。

カルシウムなどろくにとっていないから、骨もカスカスなのだろう。
あっさり折れた。
これしきのことで……。

 

「……痛い」

 

喋っただけで、顎が喉が痛い。
そういえば、喋ったことなどなかった。
あの空間で声を出せば、周囲の空気が減って、どうしても命の危機にさらされることになるから…。

ここでなら言葉を発しても問題はないにしろ、如何せん喋ったことがないせいで、口がついてこない。
ゴホゴホと咳き込んだが、それすら体中に激痛を与えてくれる。

 

 

「はあはあ…」

何とか和らいできた痛み。
生きている証だが、それ以上に自分自身が情けなくて。
生きていて、自由になれて嬉しいはずなのに、生きている自分が悲しくなる。

 

 

激痛を覚悟で、身体を仰向けにする。
背中と肩が悲鳴を上げたが、痛がりたくない。
誰に見られるわけでもないだろうが、自分自身が許せなかった。

 

「(……雪)」

降ってきたのは、白いもの。

次第に自分を覆い尽くそうと、ちらつくそれは増えてきていた。

 

 

 

 

「……強く…なりたい……」

ぽつりと口をついた言葉。
自然と滑り出た言葉に、喉は痛みを訴えなかった。
まるで、そうするべきだと言わんばかりに……。

 

 

「強くなりたい……強くなりたい……」

 

続けて言葉にする。
そして、確信する。

 

俺はそのために産まれてきた。

 

 

足に力を入れる。

立つ。
まずそれが出来なければ。

生まれてこの方、立ったことなど一度もない。

だが、まず……それをしなければ。

 

 

関節が嫌な音を立てる。
ぎしぎしとまるで倒れかけた家屋が最後の時を迎えるように。

俺は最後じゃない、これからだ。

そう自分に言い聞かせ、体中に言い聞かせ。

 

 

立ち上がった。

同時に自分へと被さっていた雪を乱暴に散らし落とす。
一つたりとも、自分に触れることは許さない。

 

これからだ、俺の人生は。

 

何をしても、強くなる。

力を手に入れる。

 

望まれた産まれじゃなくとも。
誰に望まれずとも。

世界が俺の死を望んだとしても、俺は受け入れない。

 

俺は生きる。

強くなる。

 

何にかえてでも……。

 

 

 

 

「……今にして思えば、子供だったな」

ため息混じりに言う蔵馬。
教科書とノートは広げているものの、勉強机に頬杖をついて、頭の中は勉学以外のことで溢れている。

捨てられた日は、いつだったか覚えていない。
だが、何となく毎年この時期は憂鬱になる。
だからだろうか、この日なのではと思いこんでしまうのは……。

 

「別にいつであっても、構わない筈なんだけどな…」

ぽすんっとベッドに横になると、ぼんやりと窓の外を見上げる。
冬らしく、冷たい風が吹いていた。

しかしあの日とは違う。
あの日の自分はいない。

 

誰を犠牲にしてでも、誰を殺してでも、誰に殺されようとしても、ただ強くなることだけを目指していた自分とは違う。

 

だが、しかし……あの頃の自分があったからこそ、今の自分があるのだ。

生みの親が捨ててくれなければ、南野の性を持つ母に出会えなかった。
生みの親が自分を憎んでくれなければ、慈しんでくれる母を愛せなかったかもしれない。

そして……かけがえのない仲間たちとも……

 

 

 

「……」

思い立ったように、立ち上がり、コートを手に外へ出る。
無性にみんなに会いたくなった。
多分、また幽助の屋台でラーメンでも食べているだろう。
飛影はどうかしらないが、何となく今日はいるような気がした。

 

 

「やれやれ。精神はあの時より子供みたいだな」

それでもいい。
あの頃の自分は向上心はあっても、他には何もなかった。
それが痛い。

 

ちらつく雪の中、ゆっくりと歩を進める。
頭に、肩に、積もっていくが……それでもいい。
覆い尽くしたいなら、そうしてくれてもいい。

 

あの頃には戻りたくない。

強さだけではない、もっと大切なものがあると気付いてしまったから……。

 

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

最後の話にしては……暗い上に、微妙で、すいません!
「天使たちの祭典」の対にしたかったんで…(でも書き上がったのは、こっちが先だったり/爆)

蔵馬さんの産まれについては、色々な意見があると思います。
妖怪同士の子だったか、もしくはただの狐の子が妖怪化したか。
蔵馬さん自身は「何百年も生きた狐が…」とおっしゃっていたのですが、あくまであれは例えだったかもしれませんし。

盗賊時代の蔵馬さんは、黒鵺さんのことは大事な友達だと言ってましたけど、黄泉は裏切ったりしてましたし…。
産まれがこんなだったら、性格もひねくれるかなと。
でも、結果的に「天使〜」とどっちがよかったですかね…(どっちもどっちだろ…)

 

何はともあれ、50題終わりました!!
お題を下さったMIZUさん、ありがとうございます!!
見てくださっていた皆様、ありがとうございます!!

これからも狐桜白拍子をよろしくおねがいします!!