<noble flower> 2

 

 

 

……そんな日々が終わりを告げたのは、あまりにも突然だった。

本当に突然だった。

院と帝、両側の勢力が一気にぶつかり合い……国は滅んだ。

 

 

目の前の光景に、思いの他、蔵馬は冷静でいられた。
心が冷め切ったか、崩れてしまったか……いや、元から死んでいたのか。
それともたった今、身が朽ちるより先に死んだのか。

 

業火に焼かれている自国を目の前にしても、その眼は揺るぐことなく、現状を映していた。

 

 

 

「蔵馬っ」

背後から声をかけられ、蔵馬は振り返った。
見やった先には、呼吸を荒げ、肩で息をする妖怪の姿。

おそらく仕事から帰ってきたばかりなのだろう。
ところどころ流血しているが、致命傷ではなさそうである。
国の勢力争いの果てに巻き込まれたのだとすれば、もっと酷い傷を負っているはずだから。

 

「おかえり」

妖怪がとりあえず無事だったことに、ほっとし、いつもと同じ言葉で迎える蔵馬。
しかし、妖怪はとてもではないが、「ただいま」などとは言えなかった。

 

 

「何やってんだ!! こんなところで……火の手はすぐそこまで来てるんだぞ!?」
「そうだな……」
「そうだなって……何を暢気にしてる! 早く逃げるぞ!」

ぐっと蔵馬の手をつかんで、無理矢理立たせると、妖怪はそのまま走り出した。
蔵馬も強引なその手には逆らわず、よろける身体を支えつつ、何とか走った。

とにかく火の手の及ばぬところへ……と。

 

 

しかし、すぐに同時に立ち止まる。
前方に明らかに味方でない気配を感じたのだ。
元より味方など望める状況ではないし、最初から味方などないにも等しい。
だが、ゆらりと崩れつつある建物の影から現れた男たちからは、殺意が嫌と言うほどにじみ出している。

 

 

「……」
「……」

 

やるしかない。
無言だが、二人とも同じ意見だった。

院か帝か、どちらの勢力としても、もはや関係ない。
自国を追いつめ、滅びへと招いた連中。
挙げ句、取り返しのつかない自体になってしまい、半狂乱になるなど、不始末が悪すぎるが、そんなことを言ってもどうしようもないだろう。

 

自分たちよりも年長者、しかも十四〜五人はいる。
そのうち、半数は少なくとも、かなりデキると見える。
表情がうつろなところを見ると、自国が燃えていることに既に意識をあっちの世界へ飛ばしてしまっている様子……しかし、そういう奴ほど厄介。
説得どころか、動揺させる言葉一つ通じないというのは、厄介極まりない。

 

蔵馬が薔薇を取り出し、妖怪は素手で攻撃するために構えを取った。
男たちが各々の武器を手に走り込んでくるのと、妖怪が地を蹴り、蔵馬の薔薇が鞭と化すのは、ほぼ同時だった。

 

 

一人目、剣で切り込んできた男を妖怪が蹴り倒し、その勢いで二人目の男に回し蹴りをくらわす。
剣は地面に深々と突き刺さり、男達は地面に伏せって、動かなくなった。
内臓が破裂したのだろう、何度か大量の血を吐き出してから。

三人目四人目と蔵馬の鞭がうなって、首を落とし、五人目六人目は胴体が間二つに裂かれた。
その隙に蔵馬の死角に入り込んだ男がいたが、それらは妖怪が振り返って危機を知らせることによって、回避できた。

八人目九人目十人目……手練れではあったが、蔵馬の起こした花吹雪がめくらましとなり、背後に迫っていた妖怪に気付かなかった。
卑怯だとは分かっていたが、それでも倒した。
今は生き延びることしか考えてはいけない、そうどんな手段でも使わねば……。

十一人目十二人目、偶然にも倒れ込んできた燃える廃屋の下敷きになった。
運が悪かったとしか言いようがない。
それでも蔵馬たちには有り難かった。

十三人目、何度か妖怪と斬り結んだ末、血しぶきを上げて倒れた。
十四人目、蔵馬の鞭に絡め取られ、肉片を辺りに散らした。

 

 

「……っ!」
「蔵馬!!」

十五人目の男が放った矢が、蔵馬の腕をかすめた。
紅い血が細い腕を伝う。
大したことはないとはいっても、この僅かな傷が命取りになることもある。
幸い毒などは塗られていなかったらしく、蔵馬は一瞬よろけただけだった。

 

この一瞬、妖怪の気がそがれた。
今の今まで冷静に対処していたのに……後先を考えずに行動したことなどなかったのに。

駆け出し、落ちていた剣を拾い上げると、迷わず男の背に突き刺した。
深々と急所を刺され、男はぐらりと傾き、倒れた。

 

 

……それと全く同じ時だった。

真上から、燃える瓦礫が降ってきたのは。

 

「っっ!!!」

蔵馬が自分の名を呼ぶのが聞こえたが、妖怪は答えられなかった。

 

 

 

 

「……」

目の前でおこっているのは、紛れもなく、事実なのだろう。
しかし、追いそれと受け入れられるものではなかった。

受け入れたくなかった。

こんな現実。
自分は見たくない。
見たくなかった。

例えどんなことがあっても……。

 

 

彼のこんな姿、見たくなかった。

 

 

「蔵馬あぁ!!!!」

 

 

叫びながら、がむしゃらに駆け寄る妖怪。
すがるように、がくがくとその肩を揺らした。

下半身…いや、肩から下は完全に瓦礫の下に埋もれてしまっている。
おそらく骨も肉も木っ端微塵に粉砕しているだろう。
内臓も原型を留めていないことは明白。

それでも呼ばずにはいられなかった。
彼が死ぬなんて……考えたくもない。
ましてや、自分を突き飛ばしたために……自分を助けたためになど…。

 

「蔵馬! 蔵馬! しっかりしろ!!」
「……」
「蔵馬!!」

うっすらと蔵馬の目が開いたことに、安堵する妖怪。

 

「…ぶ、じか……」

そう呟いたのは、妖怪ではなく、蔵馬だった。
絞るように引き出した言葉の後に零れたのは、紅い血。
ごぼっと喉の奥から流れ出たそれには、何かよく分からない肉片まで混じっている。

 

その光景に妖怪の顔色が蒼白に戻る。

「馬鹿か!! お前が無事じゃない!!」
「……」

妖怪の声は涙混じりになっていたが、しかしその言葉で、蔵馬は妖怪が無事であることを悟った。
ふうっと苦しげに息を吐き出すと、

「……ぶじ…だ…な……」

先程よりも更に小さな、枯れるような声で言った。
血は今度は流れてこない。
もう吐くものもないのだと言わんばかりに……。

 

 

ゴウッと熱風が吹き、燃えさかる瓦礫の火を更に煽る。
喉が焼けるような熱さのはずなのに、蔵馬は不思議と痛みを感じなかった。

それはすなわち、己の終わりを意味している。

 

 

「なあ……」
「な、んだ…」

必死に瓦礫をどけようとしている妖怪に話しかける蔵馬。
燃えている瓦礫を押しているのだから、当然彼の手は酷い火傷でタダレていた。
何とか動く右手を必死で動かし、かろうじて届いた妖怪の手をつかむ。

 

「……これ、やるよ……」

ぐっと妖怪の手に、何かをつかませる蔵馬。
何をつかまされたのか、妖怪は一瞬分からなかったらしいが、蔵馬がすっと手を離したため、その正体に気付いた。
同時に愕然とした。

 

それは……一輪の紅い薔薇。

二人の別れの花。

 

それが何を意味しているのか……分かってしまったから。

 

 

「な、何を……」
「…後……もう一つ…やる……よ……俺には…いらな…い……か、ら……」
「……いらない…もの?」

 

「今日からは…お前が、『蔵馬』だ……」

「なっ」

 

信じられないといった風に、目を見開く妖怪。
しかし、目前でじょじょに生気を失っていく彼の眼に偽りや冗談はなかった。

炎を巻き込んだ風に煽られた二人の髪が、同じ方向へと流れる。
その髪の色は……同じだった。
黒髪だったはずの妖怪、それが今は純白に染まっている。
それほどまでに、目の前の光景は悲惨で……彼の言葉は、痛かったのだ。

 

「ふざけるな! 蔵馬はお前だ!! 俺は」
「蔵馬…だ。お前が、蔵馬……だから、蔵馬は……死なない」

その言葉にはっとする妖怪。
既に肌から色がなくなりつつある彼は、笑みを浮かべていたが……泣いてもいた。

 

瞬間、妖怪は理解した。

彼が自分に生きて欲しいと願っていることを。
そして、彼も死ぬことを恐れているということを。

 

 

「俺が……蔵馬…」

「……ああ…」

その言葉を最期に、名もなき妖怪は、ゆっくりと微笑み、小さく息を吐いた。
うつろになりながらも美しかった瞳が、白い瞼によって遮られていく。
そのまま二度と動くことはなかった……。

 

 

 

 

 

「あれから……もう何千年も経つ、か…」

幽助たちが各々の家に帰った後、窓辺に腰掛けて、一人、空を仰ぎながら、呟く蔵馬。

手には一輪の薔薇。
もちろん、あの時の薔薇ではない。

業火の中、熱い水分が目を覆ってしまい、ろくに見えぬ視界の中、必死に逃げ続け、気がつけば、あの名もなき妖怪と同じように、薔薇を振るっていた。
元々、同種族なのだから、可能ではある。
しかし、まさか無意識のうちにやってしまうなど、後から考えてみれば、実に不思議なことだった。

 

 

 

 

……そして、未だ思い出せない自分の元の名。

『蔵馬』になったあの日から。

 

何度も思い出そうとした。
あらゆる方法を駆使し……しまいには盗賊になった。
暗殺者として、たくさん殺してきた身には、難しいことではなかったが、当初はあまり気は進まなかった。
それでもやるしかなかった。

名を馳せ、力を手に入れる。
そうすれば、きっと名を取り戻す方法も見つかる。

 

名を取り戻せば……また、あいつに会える。
そう思って。

そんなこと、あるはずないのだけれど。

 

 

 

「蔵馬」

そう呼ばれて、振り返る。
窓の外にいるのは、黒い影の妖怪。
相変わらずな彼に笑いかけ、ふと思う蔵馬。

 

今、俺は蔵馬。

南野秀一でもあるけれど……でも蔵馬。
他の…何でもないのだろう。

 

 

「思い出せなくてもいいとは……まだ思えないな」
「何か言ったか?」
「いいや」

聞き取れなかったらしい飛影だが、はぐらかされたことくらいは分かる。
ふいっとそっぽを向いてしまったが、それがまた蔵馬の笑顔を誘った。

「……何だ」
「別に」
「にやにやするなど、いつものことだが気味が悪いぞ、蔵馬」
「そうだね」

 

そう、俺は蔵馬。
君がそう呼ぶのは、間違っていない。

戻らぬ時間。
還らぬ人。

 

それでも『蔵馬』は生きている。

俺の中で、そして一人の俺として……。

 

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

何で蔵馬さんが薔薇を武器に選んだのか……というのを、テーマにしようかと思ったんですが。
蔵馬さんの命名になってしまいました(何か「キ○の旅」に似てるような似てないような……けど、あれは面と向かって、名前をくれたわけじゃないから、違うと思いたい…)。
そして、蔵馬さんの銀髪は実は元々銀色じゃなかったと…。
一夜にして髪の色が抜けるって、何処かの女王様のような状況ですが……実際、そうなるんでしょうか?
まあ現実に彼女がなったんですから、なるんですよね?

で、蔵馬さんの故郷ですが…何故か平安時代のようになってます。
最近、「はるとき」に感化されてるな〜と自分自身思います…。
CD買うし、DVD買うし、グッズも集めまくって……それでいて、ゲームだけはやったことないって、どうですかね?(笑)