<元気印> 2

 

 

「螢子ちゃん」

「は、はい!?」
「? どうしたの?」

まさか好みについて自問自答していました、などと言えるわけがなく…いや、多分言っても問題ないだろうが。
しかし、蔵馬の顔つきがさっきと違うことに気付いた。

先程までの、何処までも穏やかだった顔ではない。
焦りはなさそうだが、何処か警戒しているような……。

 

 

「あの…蔵馬さん?」
「俺の後ろに」

言いながら、ぐっと螢子の手を握り、自身の背後に。
その間に開いている手で、髪から薔薇を取りだした。

その行動で何があるのか分かり、思わず蔵馬の手を強く握り替えした。
いくら暗黒武術会の観客席で叫びまくった経験者とはいえ、こういうのが平気になったわけではない。
まして幽助がいない今となれば尚更……。

 

いつも何よりも頼っていた……いや、そんな感情ではなかったろうが。
とにかく何よりも大切な存在がいなくて、不安になるのも無理はない。
自分がいるから大丈夫…とはあまり言える心境ではなかった。

握り替えされた手を離さぬよう、ぐっと力を入れる。
もちろん、痛すぎないように。

彼が戻るまで、自分にはこんなことしか出来ないから……。

 

 

やがて闇の中から姿を現したのは……どう見ても、皿屋敷中学の制服を着た男子生徒たちだった。
そして全員、螢子に告白してふられた経験のある者。
割と印象が強かったので、全員覚えていた。

結構な数……とはいえ、幽助なら余裕で素手で勝てる人数。
しかし、そうであれば肉弾戦はあまりしない蔵馬でも、勝てるだろう。
あえて薔薇を持ち出す必要はないはず。

 

「さて。手早くすませようか」
「あ、あの……」
「何?」
「あの人達は……」
「ああ。殺しはしない、一人を除いてね……」

「ええっ? それって…」

螢子の問いに蔵馬が答える前に、襲いかかってくる男子生徒たち。
その全てを掌の薔薇を使わず、肘や足だけで交わすなり倒すなりした蔵馬。
あっという間に、伸びてしまい、道路に転がった連中を前に、驚愕に顔を歪める最後の一人を……蔵馬の薔薇は一瞬にして、しとめていた。

 

 

 

 

「やれやれ。螢子ちゃん、妖怪にも好かれるんだね」
「……嬉しくないです」
「だろうね」
「もてて嬉しいって思ったこと……一度もないから」

人間を殺してすり替わり、男子生徒として皿屋敷中学に潜り込んでいた妖怪は、悲鳴を上げることなく、絶命した。
他の男子生徒たちは全て峰打ちで、ついでに致命傷になるような怪我はなく、妖怪が消滅した頃に全員起き上がり、それぞれ思い思いに叫びながら逃げていった。
幽助や桑原の喧嘩とは違い、蔵馬は多少医療の心得もあるため、怪我にならない人間の倒し方を知っているのだ。

後ろから夢幻花の花粉が追ってきていたが、蔵馬によって微調整されたそれは、彼らに倒されたという恐怖だけを植え付けたままにしていた。
これでもう螢子には手を出さないだろう。

 

 

そして、今。
改めて二人は夜道を歩いている。

まだ怖いのか、螢子は蔵馬の手を離さなかった。
蔵馬も無理に振り解こうとはせず、軽く握って安堵を与えている。
幽助の変わりに、戦友のために出来ることはこれだけだから。

 

 

「蔵馬さん……」
「何?」
「蔵馬さんの初恋って、いつだったの?」

いきなり訳の分からないことを聞かれ、呆気にとられる蔵馬。
先程までの会話から流れても、こういう話題になるとは思ってもみなかったのだ。
確かに恋愛関係ではあったが……。

何故……と思いながらも、蔵馬は一呼吸おいて答えた。

 

「中学生。三年だから、十四の時かな」
「そっか……あの、どういう関係だったの?」
「クラスメイトだったよ、極普通の。元気のいい子だった」

「元気でいい子だから……好きだったんですか?」

やけに食いついてくる螢子に、蔵馬は多少の違和感は覚えていた。
彼女は幽助が好き。
なら、それだけで悩む必要などないだろうに……。

 

もしかして……。

 

 

「……いや、元気なのは彼女の特徴だよ。俺は彼女の何処が好きとか考えたことなかった。ただ……惹かれてた、それだけ。螢子ちゃんだって同じでしょ? 幽助の何処が好き?」
「あ、あたしは別に!!」

瞬間湯沸かし器のように、ぼんっと紅くなる螢子。
好きだという自覚があっても、第三者から問われれば、まだ紅くなる。
そんなところはまだ子どもだった。

そんな螢子に、蔵馬は笑顔だけを送り、決してからかったりはしなかった。
それが彼女に考える時間と、そして答えを導き出してくれた。

 

「……分かりません」
「ほらね。何処がなんて言えるわけないんだよ。言えるのは、本当の好きじゃないよ」
「……そうなんですか?」

ふいに思い出したのは、さっきの男子生徒たちのこと。
彼らからの告白。
頭がいいとか、運動神経がいいとか、元気だとか、明るい、かわいい……色々言ってきていたと思う。
そこが好きだと。

しかし、蔵馬はあっさりと否定したのだ。

 

「よく好きな相手の何処が好きって聞いてくるアンケートとか心理テストとかあるけど、あれはあくまでその人の特徴を言えって説いてるだけだよ。好きなところが分かるわけないじゃない」
「……何で、分からないって言い切れるんですか?」

この問いかけは反論ではなかった。
ただ純粋に聞きたかっただけ。
蔵馬は……自分の知りたかった答えを知っている気がして。

 

 

「全部が好きだから」
「全部?」

「そう、全部。見た目も性格も考え方も行動も過去も未来も。その人の全てが好きだからだよ。例え、自分とは全く違う考え方や行動をしていたってね。自分と合わないと分かっているのに、好きになってしまう」
「……全部…好き…」

「もちろん、相手の全てを分かってる人なんていない。四六時中一緒にいたとしても、全てなんて分からない。でもね、その知らない部分さえ、好きになれるのが、『好き』って気持ちなんだよ。そして知りたいと思う、もっとその人のことを。どんな結果になっても。ああ、多分そんなことも考えられないだろうけどね」
「知らない部分さえ…好き……知りたいと思う……」

蔵馬の言葉一つ一つを反芻する螢子。
そして思い出すのは……遠い世界に行ってしまった彼のこと。

 

見た目の何処が好きなんて分からない。
性格も考え方も行動も……正反対。
過去だって全部知ってるわけじゃない。
いくら幼馴染みとはいっても。
未来なんて尚更。
今は会うことさえ出来ないのだから。

 

 

それでも好き。
その全てが。

 

そして知りたい。
今どうしているのか。

帰ってきたら、何て声をかけてくれるだろう。
今度はずっと一緒にいられるのか?

 

その日まで……待てる。
三年以上経ったって。

 

好きだから。

 

 

 

「よーし!! 待つぞー!!」

思わず、頬をぱんぱんっと叩き、夜の住宅街だということを忘れ、叫んでしまう螢子。
はっとし、紅くなって俯いたが、蔵馬は気にせず、柔和な笑みを浮かべ、言った。

「やっと元気出た?」
「蔵馬さん……はい!! 元気出ました! 私もう大丈夫です!」

 

何時までも待てる。
その自信が出来た。

理由が分からない好き、本当の好き、そんな幽助だからこそ。

 

 

 

 

……しかし、翌日からしばらく、蔵馬のことについて、告白される以上にしんどい思いをするはめになったことは言うまでもない。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

そういえば、螢子ちゃんと蔵馬さんの対話って、あんまりないから……。
敬語使ってるのか、それとも普通なのか、はっきりしなくて。
だから、かなりごちゃ混ぜです(おい)

また、敬称についてですが。
螢子ちゃんは蔵馬さんを「さん」付けしてるシーンが多いので、さん付け。
蔵馬さんは螢子ちゃんのことを呼ぶシーンが滅多にないんですが、アニメ最終話で「ちゃん」付けしていたので、そのように呼んでいただきました。

それにしても三年も会えないって辛いでしょうね…。
恋愛経験ない私には、正直「好き」ってよく分からないですが。

きっと理由なんてないからこそ、「好き」なんでしょうね。
某少女漫画「魔法騎士レ○アース」の鳥の名前の人が言ってたし(蔵馬さんとも、ある意味関係の深い方なんで、一度彼にも言って欲しかったんです)