<EVE> 2

 

 

 

そして数十年後……何があったかは、言わずとも分かるだろう。
弟子の一人に裏切られ、十字架にかけられたのだ。

それも無理はなかった。
ユダは元々、霊力が人よりも強く、見えない者が見える人間だったのだ。
それが彼の傍にいたことによって、霊力が一掃強くなり、ついには彼が蛇であることが分かってしまった。
彼によって、蛇を邪悪と信じ込まされているため、ユダは裏切ったのである……。

 

しかし、何を言っても、彼も妖怪の端くれ。
人間の肉体では、確かに痛みはかなりのものだったが、あの程度では死なない。
十字架にかけられても、ホッと肩で一息つけるほどだった。
流石に自力での脱出は出来なかったらしいが……。

 

 

そんな時だった。
蔵馬が何気なく、彼の前に姿を見せたのは……。

 

 

 

「……妖狐…蔵馬…」
「俺を覚えていたのか」
「忘れるわけないだろう。俺を殺したんだから…」

十字架に貼り付けになっている彼は、自分が倒した時よりも、見た目だけは年をとっていた。
もちろん、妖化した身体が簡単に老いるはずがない。
変化の力による、見せかけの年である。

だが、今もそれは幾分薄れてきていた。
かつて自分が敗れた相手を目の前にして、緊張が高まり、変化にまわす妖力が減ったせいだろう。
みるみるうちに若返り、そして見せかけで残していた傷も塞がってしまった。

 

「……また殺しに来たのか?」
「そんなつもりはない。弱い者虐めはあまり好かないからな」
「悪かったな、弱くなって」
「別に悪くはないさ。ただ、おかしいだけだ」
「おかしい?」

蛇の彼は特に気を悪くした様子はなかったものの、とても不思議そうに蔵馬を見た。
銀髪の妖怪は、自分を見上げながら、少しばかり苦笑している。
嘲笑しているようではなさそうだが、何かおかしいことでもあったろうか?

 

 

「ああ……何故、貴様ほどの妖怪が人間などに骨抜きにされているんだ? いや、お前は何故そんなところにいる? とっくに身体は妖怪化しているはずだ。魔界に戻れる身体だろう」
「まあな……けど、ここにいる」
「何故だ?」

ますます分からないといった表情の蔵馬。
万が一、鈍くて妖怪化に気付いていないとすれば、もしかしたら…とも思ったのだが、そうではなさそうである。

 

しばらく彼は、怪訝な顔で見上げてくる蔵馬をじっと見つめていたが、やがて暗い空を仰ぎ、

「お前には分からないさ。人間、下に見てるお前には」
「別に下には見ていない。最近腐っているとは思うがな」
「どういう点で?」
「例えば、大して調べもせずに、平気で十字架に人間をひっかける点とかだ」
「これは俺も悪いからな。何とも言えないさ」

ふっと笑う妖怪。
その微笑には、僅かに苦しさが伺えた。

 

これは蔵馬にも何となく見当はつく。
誤解…といえるのかどうか分からないが、とにかく部下に裏切られたのである。
いくら若い蔵馬とて、集団で盗賊をやった経験がないわけではない。

部下に裏切られて、悔しくないはずがないと……。

 

最も、妖怪には、裏切った部下が苦悩しているかもしれないという、自責の気持ちもあるのだから、そこまでは蔵馬も気が付かなかった……。

 

 

 

 

「……で、俺に分からないというのは、どういう意味だ。人間下に見てるというだけではないだろう」
「……俺も盗賊だからな、ある程度お前のことは分かるつもりだ。家族いないだろ」
「いなくて何が悪い」

即答する蔵馬。
別段、知られていて驚いた風ではない。

それも当然だろう。
魔界の盗賊の大半は親に捨てられたか、あるいは親の家業を継いだか。
大概の仕事を単独で盗賊を行っている者は、大概前者に該当する。
蔵馬もそのうちの一人だった……。

 

 

「別に悪くはないさ。俺も同じだからな。だけど、知らないだろうと思って。家族の温かみ……一緒にいるだけでホッとするんだ。とても落ち着く……こんな気持ち、盗賊の時は得られなかった」
「……」
「何に変えても、失いたくない。傍で守りたい……こんな感情はじめてだった」
「……」
「盗賊をやってるお前には、分からないと思う。俺も分からなかったから……でも…すごくいいぜ…」
「……」

「お前にこれを持てとは言わない。むしろ言えない……あったかくて、すごくいいと同時に…辛いから」
「……辛い?」
「ああ…すごく辛い……だから、もう……」

 

そう言った彼の表情は、本当に辛そうだった。
まるで泣きそうだった。
妖怪同士が、涙を見せるということはまずあり得ない。

涙は最後の弱み。
決して見せてはいけないもの。
見せれば最後、それは自分の全てをさらけ出すようなものだから……。

 

だが、彼はそれを止めようとしなかった。
蔵馬が見ている前で……彼の頬を涙が伝ったのだ……。

 

 

 

 

「おい……」

数時間の沈黙の後、蔵馬が口を開いた。
蛇の涙は、もう乾いていた。

「なんだっ…」

ズバッ!!

妖怪が答える前に、蔵馬は鞭を振り下ろしていた。
驚く妖怪だが、痛みがなかったことには、更に驚いた。
感じる余裕もなく死んだのかとも思ったが……違った。

十字架が折れ、地面に手足がついている。

 

「何のつもりだ?」
「……いつでも相手になってやる。まず、傷を治すことだな」
「!! ……ああ。そうするさ」

 

 

 

……その後、二人が出会うことはなかった。

風の便りで、彼が…人間として死んだことを、蔵馬が知るのは、この数百年後のことであった……。

 

 

 

 

「今なら…分かるさ……」

とある墓の前で、ぼそっと呟く蔵馬。
その墓はとても古いもので……そして、日本にありながら、墓石ではなく十字架が掲げられていた。
もう古くて、はっきりとは読めない文字……だが、蔵馬はそれを読む気も解読する気もなかった。

そんなことをせずとも分かっているのだ。
ここが、あの彼の墓であると……。

 

あの時、彼が言った二つの言葉。

 

『温かい』と『辛い』……。

 

あの時には本当に何のことか、全く分からなかった。
一体、何が言いたいのか……まるで正反対のことが、何故同時に言えるのだろうと。

しかし、今なら分かる。
家族の温かさ、そして家族を騙しているという辛さ……それでも離れたくないと思う気持ち。

矛盾の中にある真実。
自分で経験しなければ、きっと一生分からなかったろう……。

 

 

だが、あの時の彼と自分とでは、一つだけ違うことがある。

彼は……自ら磔の刑にかけられた。
蔵馬もそう。
自ら暗黒鏡に命を差しだそうとした。

 

しかし、自分は……幽助に救われたのだ。
だから母を悲しめずに…泣かせずにすんだ。

だが、彼は違った。
磔の三日後に復活したと…神の元へ行ったとしたが、結果的には両親の元を離れたのだ。
きっと両親は……泣いたはずである。

 

彼は最後の最後を気づけなかった。
両親にとって……騙している家族にとって、必要なものが何なのかを。
何が大切なのかを……。

 

 

 

 

墓を背にし、時計を見てみると、まだ時間がありそうである。

「クリスマスパーティか……行ってみようかな」

何気なくそう思い、そうであれば飛影も誘わねばと、魔界へ向かう蔵馬。
ふと立ち止まると、ちらっとあの墓を見やり、苦笑した。

十字架に置かれた一輪の花……命日が分からないため、毎年彼の誕生日に供えている花。
大概は使い慣れた薔薇を供えていたが……今日は何となく柊などを供えてみた。
クリスマスに感化されたかと苦笑しながらも。

 

しかし、今苦笑したのは、違う理由でだった。
あざ笑ったわけではないが、何となく蛇の彼に対して笑ってしまったのだ。
彼の…頭のよいはずの彼の、どうしようもないバカなところに……。

 

 

 

「お前は、本当にバカだったんだな……」

くるりと向きを変え、今度は一度も振り返らず歩き出す蔵馬。
しかし、口だけは動き、その言葉は墓へと向けられていた…。

 

「例え、騙していても、本当の子でなくても……家族にとっては、奇跡なんかよりもお前の存在の方が大切だったのに……」

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

えっと…熱心なキリスト教信者の方、すみません。
決して悪気はないんですが…。

基本的に私は宗教とか興味ないんで…特に、キリスト教・イスラム教・ヒンズー教は。
仏教とかもあんまり知らないです、仏壇あるけど(そういう問題?)
いちおう幼稚園はキリスト教のところ通ってたので、イスラムとかよりは知ってるんですが(何で通ってたのかといえば、一番近かったから/おい)

だったら、普通にクリスマスイブの話書けって感じですが、たまにはこういうのもいいかな〜と思って。
蔵馬さんは年齢がはっきりしてないし、何処に住んでたとかも書かれていないから、キリストが生まれたくらいに生きてた可能性もあるし、外国に行ったことがある可能性もあるわけで。
キリストに会ってても不思議はないんだな〜と思ったら、こうなりました。
ちなみに蛇にした理由は、作中にもあるように、キリスト教では蛇が悪者になってるらしいから。
蛇の何処が悪いんだー!! 蛇って可愛いじゃないかー!! と、は虫類わりと好きな管理人は、そういう点ではキリスト教嫌いなもんで(宗教戦争する点も嫌いだけど)

ちなみにキリストの墓が日本にあるとかないとかは、色々伝説あるっぽいです。
いちおう茨城県にあるらしいんで、興味のある方はどうぞ!