<ナイト> 2
「あ、飛影。こんばんは、久しぶりだね」
夜。
当たり前のように、窓から入り込んできた飛影に、蔵馬は何の疑問もなく、笑顔を向けた。
しかし、飛影にあまり元気がない……というか、いつもの彼らしくない様子には、いささか疑問を覚えた。
「……飛影? どうかしたのか?」
「……蔵馬」
「はい?」
「お前、今欲しいものあるか」
いきなりこんなことを聞かれて、すぐさま答えられる者などいないだろう。
とりわけ、飛影のように他人に何かをあげるという行為が、ほとんどない人物から聞かれては……。
しばし、呆気にとられていたが、やがて、
「……どうしたんです、急に」
「答えろ……」
ますますわけが分からない蔵馬。
一体彼は何が言いたいのか……。
一方の飛影といえば、あれだけたくさんの人たちに助言してもらっておきながら、全く答えが出せないでいた。
結局、頼まれ事だけでも片づけて、後は知らぬ存ぜぬで通そう……と考えたのだ。
最もそれも中途半端で、今後蔵馬と雪菜が対面する時、どんな態度を取ればいいのかなど、あれこれ考えてしまっていたのだが……。
「……あ!」
「……なんだ」
「いや〜」
何かに気付いたらしい蔵馬。
ニヤニヤと笑って、飛影の顔を覗き込んだ。
「……なんだ」
「別に〜。ああ、何が欲しいかだっけ? そうだな〜。去年まで使ってた手袋破けたから、新しいのが欲しいかな」
「そうか……」
それだけ聞くと、飛影はその場から立ち去った。
もちろんお決まりに、窓から……。
その後ろ姿を見送る蔵馬の顔には、笑みが残ったままだった……。
数日後。
飛影はまた人間界に来ていた。
百足での仕事中、突然躯に呼び出され、ちょっと人間界へ行ってこいと言われたためである。
……本当はあまり行きたくなかった。
当然だろう。
あの日以来、蔵馬にも雪菜にも会っていないのだ。
もちろん、蔵馬の欲しいものは雪菜に伝えに行ったが、それ以降はずっとである。
どういう態度でいればいいのか……普段から、人への態度が滅茶苦茶であることに全く気付いていない彼は、いちいち考えてしまい、結局会うことすら出来ずにいたのである。
それがいきなり……しかも、何の用事があって、雪菜のいる幻海の寺に行かねばならぬのか。
しかし、行った先では更なる驚きが待っていた。
何と雪菜と幻海だけでなく、幽助や螢子、桑原姉弟、コエンマやぼたん、六人衆の連中、そして蔵馬までが集まっていたのだ。
「……なんだ、これは…」
「おっ、飛影! おせーじゃねえか!」
「なかなか始められなかったんだよ! ほら、早く早く!! 座れよ!」
「……」
ワケが分からなかったが、とりあえず空いている座布団に腰を下ろす飛影。
すると、ぼたんが立ち上がり、どこからか取り出したマイクに向かって、
『それじゃ、第一回幻海師範の寺クリスマスパーティを開催しまーす! かんぱーい!』
「かんぱーい!!」
ぼたんの合図の後、全員が手にしていたグラスやコップをカチンっと打ち合った。
飛影はよく分からなかったが、とりあえず全員がジュースやら酒やらを飲み出したので、目の前にあったグラスの中身を飲んだ。
あまり飲み物には興味がないが、まあ美味しかった。
と、グラスを置いた時、ふと見れば、周囲の連中が何やら箱を渡しあったり交換しているのに気付いた。
「(……何をしてるんだ、連中は……)…!!」
グラスがテーブルについた瞬間、飛影は見たくないものを見てしまった。
雪菜が……蔵馬に向かって、笑顔を向けていたのだ。
対する蔵馬も笑顔でいる。
そして彼女から渡された箱を手に、嬉しそうにしていたのだ。
……ある意味、この世で一番見たくない光景。
それを何の前置きもなく、見せつけられたのだから、たまったものではない。
こんなところに長居などできない。
躯が何のつもりでここへ行けと言ったのかは、未だに分からないが、とにかく帰らねば……。
と、席を立とうとした時、
「あっ、飛影さん!」
急に袖を引っ張って、引き留められた。
自分のことをこう呼ぶのは……魔界広しいえど、一人だけである。
おそるおそる振り返ってみると、そこには少し息をきらした妹がいた。
「な、何だ……」
「えっと……これ、飛影さんに」
「は?」
「気に入ってもらえるといいんですけど」
少し頬を赤らめながら、雪菜が差しだしたもの。
それは蔵馬に渡したものとよく似た包装紙に包まれた箱だった。
ちらっと顔を上げて比較してみると、部屋にいる全員が同じ包装紙に包まれた箱を手にしている。
多少の大小はあるが、それは全て同じ人物があげたものとみて、間違いなさそうである。
その場で開けてみると……中には、白いマフラーが入っていた。
「……何だ、これは」
「えっと…マフラーです。飛影さん、最近使っていたマフラー、燃やしてしまったと蔵馬さんに聞いたので」
「これから寒くなるし、丁度いいかなと思ってね♪」
ふと見ると、雪菜の背後に蔵馬が立っていた。
手には、真っ白の手袋をつけ、そして笑顔で、
「ありがとう、雪菜さん。そろそろ新しい手袋欲しかったんだ」
「喜んで頂けて嬉しいです!」
心底嬉しそうに言う雪菜。
だが、飛影はそんな妹の可愛らしい姿よりも、蔵馬の多少棘のある言葉に頭を埋め尽くされていた。
そういえば……雪菜に聞かれる数日前。
何故か蔵馬にマフラーを巻いていないことを指摘されたような気がするが……。
「(蔵馬が俺に欲しいと言ったものを、雪菜が用意して、俺が燃やしたと蔵馬に言ったものを、雪菜が用意している……)」
……ということは、つまり答えは一つしかない。
雪菜は最初から、この『くりすますぱーてぃ』とやらに参加する全員に、プレゼントを用意するつもりでいた…。
本人に聞くのが恥ずかしく、雪菜の目から見て、それぞれ一番親しそうな相手に聞いていた……。
ただ…ただ、それだけだったのだ。
「ゆうすけ〜!!(激怒)」
寺の中では、どんちゃかどんちゃかとゲームだのケーキだので、楽しくパーティが行われている中、雪が降る寒い境内を走り回る2人の少年たち。
悪気はなかったとはいえ、このことで飛影は数日間ろくに寝ておらず、散々悩まされたのである。
そんな彼が、『恋』だの何だの吹き込んだ相手を憎まないはずがなかった……。
「い、いやたまにはこういうことも……」
「ゆるさーん!!!」
黒龍波が空を切り、対抗して霊丸が飛び交う境内。
縁側に座って、のんびりと眺めるのは、紅い髪の少年。
その顔からは、いつまでもいつまでも笑顔が消えることはなかった……。
終
〜作者の戯れ言〜
これは……蔵馬さんのせいではないけど、飛影くんが可哀想な目にあった小説の一つですね。
大概、私の小説で飛影くんが哀れな人になってしまうのは、蔵馬さんに責任があることが多いのですが(おい)
飛影くん、名乗らなくても、お兄ちゃんという自覚はあると思うんで。
雪菜ちゃんに好きな人が出来たら、きっと動揺するだろうな〜と。
まあ、相手が蔵馬さんだったのが、一番の混乱の要因でしょうけど(笑)
にしても幽助くん。
年明けまで生き残ることが出来るでしょうかね?(笑)