<DEAD LINE>
「だあああ!!」
「コエンマさま! 落ち着いて!!」
「〆切がー! まにあわーん!!」
コエンマの仕事部屋に木霊する絶叫。
またしても、仕事を貯めに貯めた結果だろう。
部屋中が書類で溢れかえっている。
四方八方どこを見ても、紙・紙・紙。
元々気の短いコエンマ、この状況に苛つかないはずがない。
結果、もうイヤだと何度も部屋を抜け出して、遊びほうけ……〆切直前の今、こうして八月三十一日の小学生の如く、焦りまくっているのである。
次々判子を押していくが、全然追いつかない。
足が八本あるタコや、十本あるイカがすごく羨ましく思えた瞬間だった。
そんなごったがえしている時に訪れたジョルジュ早乙女だから、当然殴られるのは必須だったろうが……。
「失礼しまーす! うわっ!」
ドササッ…
「あ」
「あ」
「あ」
顔面蒼白になるぼたん。
何が悲しくて、必死の思いで、コエンマが判子を押し終えた方の紙束を突き倒したのか……。
「あ、あの…コエンマさ…」
「ジョールージュー!!」
数分後。
もはやそれが人の姿をしていたのか、鬼の姿をしていたのか、反吐鬼のような正体不明の姿をしていたのかも、分からぬほど、ボコボコにされたジョルジュ早乙女。
それを踏みつけ乗り越し、コエンマはとある場所へ急いでいた。
後ろにはいくつかの書類を抱えたぼたんもいる。
「何だって、こんな時に裁判なんざ……」
「予定入れたの、コエンマさまですよ…」
「うるさい! 大体何で親父が復帰したのに、わしがやらんといかんのだ!!」
「…コエンマさまのそもそもの仕事はこっちですよ」
そこを言われると、言い返せないコエンマ。
仕方なく、裁判所へ行ったが……。
始まってから、僅か五分後。
「これにて閉廷!!」
と、いとも簡単に終わらせてしまったのだ。
被告人の妖怪は、唖然呆然。
自分の意見は一つも聞かれず…いや、被告人どころか、検事も弁護人もほとんど喋っていない。
しかし、彼の犯した罪にしてみれば、意外にも軽い刑罰ですんだので、こちらの方がよかっただろう。
検事がすごく面白く成さそうにしているのが、いい証拠……。
裁判所を後にするコエンマを後ろから見ている、ぼたん。
もちろん彼女も今から同じ場所へ行くのだが、通りかかった同僚の霊界案内人に引き留められたのである。
「随分と早く終わったみたいだけど……何かあったの?」
「実はさ……」
と、コエンマのいい加減さと、ジョルジュ早乙女の哀れさを語るぼたん。
しかし、その霊界案内人はジョルジュ早乙女には同情したが、コエンマのいい加減さには首をかしげた。
「変ね〜。その書類なら、さっき……」
「……ええっ??」
仕事部屋に戻ったコエンマは、驚きのあまり、その場に立ちつくしてしまった。
あれだけ部屋に散乱していた、書類の山が……今はない。
いや、確かに部屋の中には全てあるのだが、それは全て綺麗にまとめられていたのだ。
ただまとめられているだけではない。
コエンマが判子を押し終えた分は、行き先ごとに区分され、それぞれ決められた箱にしまわれている。
まだ押していない分は、内容事にまとめてあり、倒れないように、さりとて取り出しやすいように分かりやすいように、紐でくくってあった。
「お、終わってる……こ、こっちも!?」
「これでいいですか?」
「蔵馬!!」
ばっと振り返った先には、入り口近くの壁に寄りかかった妖怪の姿があった。
赤い髪、緑の瞳、白いチャイナ服……手には、枷がしてあり、罪人の証となっていたが、それでもそんな気配を全く感じさせない、穏やかな男……。
彼はくすっと笑って、嫌みもなく当たり前のことのように言った。
「整理して、行き先区分けして、まとめただけですが。判子は勝手に押すわけにもいきませんし」
「いや、大助かりだ!!」
部屋中に響き渡るような声で、叫ぶコエンマ。
無理もない。
今からしんどい思いをして、書類整理をするのかと思うと、気が重く、逃げ出したい気持ちでいっぱいで…事実、逃げようかななどと思っていたくらいなのだから。
蔵馬としては、待っている間何もすることがないから、単に突っ立っているだけなのも…と思いやってくれたのだろう。
しかし、コエンマにしてみれば、それは何よりも嬉しいことだった。
「そういえば…助かるには助かるんだが。お前ここで何してるんだ?」
整理してくれた束の中から、一枚ずつ取り出し、ペタンペタンと判子を押していくコエンマ。
彼が押し終わったものは、蔵馬が受け取って、箱へ片づけていった。
「今日の裁判の前に、話がしたかったので。今日で終わりだから」
「何が終わりなんだ?」
「……今日付で、裁判長が替わるんでしょう?」
「えっ」
思わず判子を床に落としてしまう、コエンマ。
その様子に蔵馬はきょとんっとした表情で、尋ねた。
「『えっ』て……知らないわけがないでしょう? 俺は霊界からの通達で知らされたんだから…」
「いや、その…あっ」
判子を拾いながら、はっとするコエンマ。
そういえば、昨日書類整理をしている最中、ジョルジュが何か言ってきていたような……。
あまりちゃんと聞いていなかったが、裁判がどうとか言っていた気がする。
確か…親父の通達だったろうか?
「(そういや、親父のお気に入りコレクションだから、自分で裁判やるとか何とか……マズイな。親父かなり怒ってるだろうし、免罪する気があるとも思えん……)」
「何か?」
「い、いや別に! と、とりあえず、今日の裁判まではわしだからな。そろそろ行くぞ」
「ええ…」
話をする時間がなく、少し残念そうに、しかしはっきり蔵馬は頷いた……。
先を歩き、ゆっくり先程の裁判所へ向かうコエンマ。
狐の物の怪は特に何も言わずに、その後を歩いていた。
彼は、コエンマの仕事部屋以外ではあまり話そうとしない。
それはそうだろう。
いくらコエンマの仕事を手伝っているとはいえ、いくら改心しているとはいえ、彼は妖怪。
霊界からみれば、敵そのもの。
特に審判の門に務めている者の中には、妖怪を毛嫌いする者もいるのだから……。
「……今日で終わらせたいところだが、事が事だけにな…」
「分かってますよ。今まで、お世話になりました」
笑顔で言う蔵馬。
今日を境に自分の運命がどうなるか、わかったものではない……まして、すぐに死刑判決が出るかも知れないのに……。
彼の笑顔は、今までのコエンマへの感謝の気持ち。
そしてどんな結末であっても、コエンマを恨むようなことはないという、意志の証。
穏やかで和ませる笑顔は……何処までも美しかった……。
消したくなかった。
この世から……。
いや、霊界からさえも……。
そして思った。
死ぬべきではない。
こいつはまだ……生きるべきだと……。
まだデッドラインを越えるべきではないと……。
「何書いてるんです? コエンマさま」
翌日。
あれだけの量を片づけたのだから、てっきり遊びほうけていると思っていたコエンマが、珍しく机に向かっていたので、ぼたんは意外そうに手元を覗き込んだ。
コエンマは別に隠そうともせず、ぼたんを振り返ると、書きかけの書類を持ち上げ、
「いやな。蔵馬の裁判はわしが引き継ごうかと思ってな」
「蔵馬の?」
疑問系の声だったが、それには僅かに歓喜の色が伺える。
当然である。
ぼたんとて、蔵馬の行く末が気になっていたのだ。
母親との会話、幽助との対話、そして螢子や自分を助けてくれたことも……。
彼が悪い妖怪とはとても思えなかった。
それどころか、きっと幽助とは気の合う友達になれると思っていたくらい。
そんな彼がコエンマではなく、お気に入りのコレクションをボロボロにされて怒り爆発中のエンマ大王によって、裁かれる……彼の生命が絶たれてもおかしくない状況におかれようとしていたのだ。
「ま、勝手に親父に悪い方向持って行かれると、こっちが迷惑だ」
「人手不足だから?」
にこっと笑って言うぼたん。
これは蔵馬の受け売りである。
何度か仕事を頼まれて、一緒にやったが、その度にこんな揚げ足の取り方を学んだというものだ。
「そ、それはそれで置いておいて! だからだな…」
「じゃあ、あたし。蔵馬呼んできますね♪ その方がいいでしょ?」
「あ、ああ……」
「じゃ、いってきまーす!」
ぽんっとオールを出して、そのまま窓から飛びさるぼたん。
その後ろ姿を見送りながら、コエンマはため息をついていた。
「……ま、事が早いのはいいんだがな……」
「……コエンマ。迷惑ついでに、一つ頼みがあるんですが」
霊界へやってきた蔵馬は、あの時よりも晴れやかな笑顔でいた。
いつ殺されるか分からない状態に置かれるかもしれないと思っていたのが、こうなったのだから、嬉しくないはずがない。
美しさは変わらなかったが、あの時よりも爽やかで気持ちがよさそうだった。
「何だ?」
「その報告書。飛影も加えてくれません?」
「は?」
報告書を書く手が、ぴたっと止まる。
不思議そうに見上げたが、蔵馬は何も不思議なことはない、ただの頼み事だといった感じだった。
少し真剣な面持ちで……だが、次の言葉の途端、態度が豹変した。
「飛影もこき使っていいですから♪」
「お、それはいいな!」
お互いに笑い合う、小悪魔のような二人。
さらさらっと書かれた報告書は、蔵馬の望むような内容で。
飛影もまた、コエンマの元で裁判を受けることになったのである。
ちなみに剛鬼については、二人ともコメントせず……いくらコエンマでもフォローできる状態でなかったといえば、分かりやすいだろうか。
「不思議なものだな」
「何がです?」
「お前等……なんだかんだ言って、仲がいいようだな」
ぼたんに書類を渡した後、暢気にお茶を飲むコエンマと蔵馬。
しかし、コエンマの一言に蔵馬は少し寂しそうな笑みを見せた。
「そんなことないですよ。未だに飛影は口聞いてくれませんから。結構怒っているようで」
「……そうか」
「俺がこういうこと言ったことも、内緒にしててくださいね」
先程よりも軽い感じでの頼み事だった。
最初から、コエンマが飛影にそんなことを言うとは思っていないが、いちおう念を押しておきたかっただけなのだろう。
コエンマは軽く頷いて承諾すると、クッキーを一枚ほおばって、
「恩を売る気はないか。いい心意気だな。わしにはマネできん」
「では、誰かに恩を売ったことでもあるんですか?」
「売ってるだろう? お前に仕事手伝わせてるじゃないか」
「ああ、そんなことですか」
くすくす笑いながら、お茶にかけていた手を下ろし、膝の上で組む蔵馬。
コエンマの顔を覗き込みながら、楽しそうに言った一言は、場の雰囲気をとても和らげ、明るくしたのだった。
「別に恩を売ってるわけではないでしょう? 単にコキ使ってるだけで」
「なるほど! そういう言い方もあるわけか!」
あははと大口で笑うコエンマ。
その様子を見ながら、蔵馬も笑っていた。
綺麗で…美しい笑顔で。
「(この調子なら…飛影とも、仲直り出来るかもしれんな……よし、今度同じ指令を出してやろう)」
そんな野望を秘めながら、審判の門でのお茶会&雑用のお手伝いは今日も続くのだった……。
終
〜作者の戯れ言〜
これは「初めて。」の少し前にあたるお話です。
結構、こじつけだけど……。
エンマ大王のお気に入りコレクションを盗んだ上に、鏡割って、剣を血で錆びさせたのに、蔵馬さんたちの刑罰って軽いような……という気がしたんで。
後でぼたんさんが独断で無罪放免にできるくらい。
普通、自分の大事なもの壊されて、息子に裁判任せたりしませんよね…霊界の第一人者なのに。
ということで、書いてみましたが、どうでしょう?
いちおうテーマはコエンマさまと蔵馬さんの仲の良さなんですが……。
ある意味、四人の中でコエンマさまと一番仲がいいのは、蔵馬さんかなと。
幽助くんたちが雪菜ちゃん救出に行ってた時も、何度も審判の門に来てたし、六人衆を特訓してた時もコエンマさま、手伝ってくれてたし。
妖怪であれだけ審判の門に平気で出入りしてるのって、彼くらいだと思うんですよねー。
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