<LOVE
ZONE>
「……ったく、何処へ行ったんだ…」
その日、妖狐蔵馬はガラにもなく、イライラしていた。
人間界の偵察に放った使い羽の一羽が、いつまで経っても戻ってこないのである。
伝説の極悪盗賊とまで言われた彼のこと、使い羽など大量に使役しているが、その一羽は特別で……イライラと同時に心配もしていた。
魔界の使い羽は元々、妖力や霊力の強い者が己の力を結集させて創る、いわば分身のようなもの。
そして、その使い羽はずっと昔に死んだ親友が遺していったもので……形見にも近い存在だったのだから。
人間界は霊界の監視下。
派手な動きはとれない。
妖力はなるべく使いたくないところだが、銀髪に金目といった恰好では、妖力を使わずとも目立ってしまう。
となれば、多少の妖力でカバーするのがベスト。
滅多に使わない変化の術を発動し、自らを鳥に変化させると、蔵馬は人間界へ降り立った。
丁度良く魔界の境界トンネルが開いていたことは幸運だった。
亜空間内の結界は厄介だったが、何とか傷つけずに通り抜けることが出来たし、おそらく霊界の連中にも見つかってはいないだろう。
久しぶりに訪れる人間界。
また一団と姿を変えていたが、今はそんなものをのんびり眺めている場合ではない。
早く見つけなければ……。
……と、思っていたのだが。
案外、使い羽はあっさりと見つかった。
とある大邸宅の庭園。
その中央に流れる巨大な河……中州にある東屋の側に、たくさんの鳥たちが集まっていた。
普通の鳥に紛れて見える、黒い鳥は間違いなく、自分の使い羽だった。
こんなところで油を売っていたのかと、一瞬こめかみが痙攣したが、そうではなかったことに気づき、いきなり怒鳴るのは止めた。
どうやら羽を痛めているらしい。
これでは帰ってこられなくても無理はないだろう。
しかし、その折れた翼は、ただダラリと下がっているわけではなかった。
丁寧に添え木がされ包帯が巻かれ……ちゃんと手当がなされていた。
もちろん、使い羽が自分で手当が出来るわけがない。
誰がやってくれたのかは、一目で分かった。
使い羽や他の鳥たちに囲まれている、一人の少女……。
盗賊として名をあげることにしか興味がなく、当然あまり女性に関心のない蔵馬だが、彼女が「美少女」と呼ぶ位置にいることは一目で分かった。
最も妖狐蔵馬の美しさには当然及ばないが、本人は気付いておらず、「人間にも美しいヤツがいるものだな」と変に感心していた。
むろん一目惚れしたわけではなく、一般論を思っただけだが。
少女は河の向こうにある木の上から見ている蔵馬には気が付かず、穏やかに目を細め、優しい口調で鳥たちと語り合っている。
どうやら鳥と言葉が通じるらしい。
蔵馬も鳥の言葉くらいなら適当に分かるし、魔界では珍しくないが、人間にしては珍しいだろう。
蔵馬の使い羽が懐いている時点で、かなり珍しいといえるだろうし……。
「……」
すぐに連れ戻すつもりだったが、しかし何となく行きそびれてしまった蔵馬。
タイミングがつかめず、何となくぼんやりと眺めていたが……ふいに頭上を何かが通り過ぎたことに気付いた。
もちろん妖狐蔵馬ともあろう者が、最初から気が付かないわけがない。
後方数メートルの位置から気配は感じていたが、敵意がなかったので無視していただけのこと。
彼の頭上を通り過ぎ、少女の元へと舞い降りたのは、一つがいのキジバトだった。
何やら足に紙のようなものを持っている。
少女はキジバトにお礼を言うと、その手紙を受け取り、そして読んだ。
内容は蔵馬のところから見えないが、大体その顔で何が書かれているのかくらい見当がつく。
どうやら恋文らしい。
頬が紅潮し、今まで以上の歓喜に溢れた顔を見れば、余ほど鈍感な者でなければ、すぐに分かることだ(とはいえ、結構蔵馬は鈍いのだが…)。
少女は一度東屋に戻ると、同じような紙を持ち出し、そしてそこに何やら記すと、キジバトに渡した。
多分この文に対する返事なのだろう。
表情からして、OKといったところか……いや、既にその段階は超している可能性が高い。
何度もやりとりした様子がキジバトの行動からも見受けられる。
となれば、駆け落ちの相談でもしているのだろうか?
親に了解を得ているならば、こんな形で文通する必要はないのだから……。
使い羽を連れ戻しに来ただけのはずが、いつの間にか蔵馬はこの人間たちを観察してみたくなってしまっていた。
霊界に気付かれる気配は今のところない。
使い羽も見つかっているのだから、いつでも連れ戻せる。
急ぐことはないだろう。
焦りが消えたせいか、蔵馬にいつもの余裕が戻っていた。
不敵な笑みを浮かべ、木の上から遙か高く舞い上がり、少女の恋の相手を探した。
数分の後、キジバトはとある青年の元へ。
少女より2〜3歳くらい年上で、どうやら彼女の父親が雇った書記らしい。
卑しい身分というわけではなさそうだが、少女とはおそらく釣り合わないだろう。
青年はキジバトから手紙を受け取ると、やはりわくわくした様子で手紙を開いた。
みるみるうちに顔が真っ赤になり、そして手が震えていた…。
嬉しそうに手紙を閉じると、今度はキジバトには何も持たせず、少女の元へ送り返した。
これが答えということは、つまり駆け落ちの方法が決定したということなのだろう。
明かにフッたのとは違う。
現に戻ってきたキジバトが何も持っていなくても、少女は落ち込んだ様子もなく、逆に決心を固めたように、空を見上げていた……。
「……分からないな、人間というのは。いや、人間ではないな……恋、か。俺には分からん」
その数時間後、庭園は日が落ちても、夜を迎えなかった。
光に溢れた盛大な宴が催されたのである。
少女の父親らしい主人の話によると、これは少女の結婚式らしい。
婿は高貴な軍人公爵、申し分ない相手だろう。
しかし少女は相変わらず、河の中州の東屋に一人でいた。
この地方の結婚式というのは、どうやら夜に始まり、新たな日が昇った時、新郎新婦を会わせるというものらしい。
つまり夜が明けるまで、少女は東屋から出られない……いや、逆にいえば、夜が明けるまでがタイムリミットなのである。
しばらくすると、少女の一族らしい者たちも、相手の一族らしい者たちも、また公爵・男爵などの招待客や新郎自身までも、浮かれに浮かれ、酔いに酔いまくった。
誰が何をしていても、誰一人気に留めない。
あの青年が、酔っぱらって裸踊りをしている使用人の服を、こっそりと失敬したことも……。
青年は物陰に移動すると、素早く服を着替え、そして河へと向かった。
この日ばかりは中州にも橋が架けられている。
むろん、そこを渡ることが出来るのは、少女の世話を務める者だけだが、使用人の恰好をしていたため、彼は難なく東屋へ潜入することが出来た。
上空から見ている蔵馬には、東屋の中で何が起こっているのかは分からない。
しかし、少女は間違いなくあそこにいるし、騒ぎらしいものが起きていないとすれば、おそらくは無事に会えたのだろう。
やがて、東屋から二つの影が飛び出してきた。
使用人の姿をした青年と、昼間より地味な恰好になっている少女。
向かった先は、中州の裏手。
おそらく橋が架けられた時に使われたと思われる小さなボートが一隻あり、二人は迷わずそれに飛び乗った。
だが、いくら酔っぱらっていても、宴で使われる予定のなかったボートが出れば、一人くらい違和感を覚えてしまうものである。
それが少女の顔を見たことがある使用人だったのが、二人の運の尽き……。
「旦那様!! お嬢様が!!」
慌てふためき、絶叫をあげる使用人の女性。
その悲鳴に宴にいた者たちの酔いが一気に覚めた。
少女の父親も新郎も怒り猛り、その場にいた全員を追跡に向かわせ、自分たちも専用の船を引き寄せ、後を追った。
「……間抜けなヤツらだな」
世間知らずというか何というか……こんなやり方で駆け落ちが出来ると、本気で思っていたのだろうか?
あまりにアホらしく、ため息しか出ない蔵馬。
しかし、再び二人を見やった時、「おや?」と思った。
夜だというのに、彼ら二人の元へ大勢の鳥たちが集まってきたのである。
大群は二人の元へたどり着くと、ボートを後ろから押したり、引っかけてあったロープをひっぱたり……また、追ってくる父親たちの船へ向かうと、足止めを試みる者もいた。
その中には翼を痛めた蔵馬の使い羽もいる。
あの使い羽は、懐くことも珍しいが、自分以外にここまで必死になることはなかった。
「……あの女にそれだけの価値があるのか?」
まだ蔵馬には理解出来なかった。
たかが人間の女なのに……別に前の持ち主に似ていたわけでもない。
一体何が使い羽にそうさせるのか……。
頭を抱えながら、見ていた蔵馬。
しかし、鳥たちの賢明の阻止も虚しく、父親たちの船はスピードを上げて二人のボートへ迫っていく。
怒り猛った父親は剣を振るい、新郎もまた大剣を掲げていた。
その矛先はどう見ても、男の方……いや、このままでは少女も殺されるかも知れないが、男の方がどう考えても先だった。
と、ボートに近づく父親たちの船が、後一歩となった時……。
観念したのか、少女たちがボートを漕ぐのを止めた。
そして何故か少女は懐に手を突っ込んでいる。
何か秘策のモノでも取り出すのかと思っていたが……違った。
彼女が取り出したのは、二本の刃だった。
瞬間、蔵馬は理解した。
いや、恋は分からなくても、これくらいなら誰でも分かるだろう。
そう、心中するつもりなのだ!!
「あのバカ娘!!」
とっさに蔵馬は元の姿に戻った。
霊界に感づかれるかも知れない……だが、そんなことを考える余裕はなかった。
少女が刃の片方を男に渡すのと、蔵馬が髪の中へ手を入れるのは、ほぼ同時だった。
「黒風!! 来い!!」
蔵馬の叫び声は、興奮した人間たちには聞こえなかったろう。
だが、しかし……どんな状況でも、主の声を聞き逃す者はいない。
『黒風(こくふう)』と呼ばれた使い羽は、名の通り、黒い風のように……空へ向かう上昇気流のように、蔵馬の元へ一直線に飛んでいった。
「女と男に! 急げ!」
蔵馬から植物を渡された使い羽は、一瞬の迷いも躊躇も…驚きすらなく、身を翻して、川へと急降下していった。
まるで蔵馬が何かしてくれると思っていたかのように……。
刃を胸に突き立てようとしていた少女と男。
その二人の頭上にふわりと花びらが舞い落ちた。
花びらだけでなく、黒風の羽、そして他の鳥たちの羽も一緒に……。
二人が花びらと羽に埋もれた時、川に光が溢れた……。
「なあ、蔵馬」
「何、幽助?」
休みの午後。
とある公園のベンチに座り、先程近くのコンビニで買ってきたパンをほおばる幽助。
その横で蔵馬も温かい缶コーヒーをゆっくり飲んでいた。
「お前さー。狐なんだよな?」
「まあ、そうだけど」
「狐ってよ。螢子に聞いたけど、肉食なんだろ?」
「まあね。肉食に近い雑食かな。俺は何でも食べれるけど」
「だったら、鳥も食べるのか?」
「狐だった頃は、よく食べてたかな」
「…の割りには、お前鳥にもてるなー」
最後のパンを口に押し込みながら、言う幽助。
確かに、蔵馬の足元にはたくさんのハトたちがウロウロとしている。
普通、ハトが人間に接近するのは、エサが目的なのだから、パンを食べている幽助の元へ行くはずである。
だが、このハトたちは何故かエサにならない、コーヒーを飲んでいる蔵馬の方へやってくるのだ。
「まあ、昔色々あったからね……」
「色々って?」
「色々は色々さ」
「あんだよー、教えてくれたっていいだろ!」
「そのうちね♪」
「ケチー! あっ」
「どうかした? おっと…」
ポテンッと蔵馬の掌に一羽の鳥が落ちてきた。
緋色の頭に胴体は黄緑色。
全体的に鮮やかな色彩で、黒い瞳の周囲が白くなり、真っ赤なくちばしが美しい。
どう見ても、この辺で野生にいる鳥ではない。
幽助はきょとんっとしていたが、蔵馬は笑顔で鳥を見つめていた。
小鳥は嬉しそうに蔵馬にすり寄り、甘えている。
その光景はとても喰う者と喰われる者の関係ではなかった……。
「蔵馬…これ…」
「ボタンインコだね。別名、ラブバード。恋の鳥だよ」
「こうのとり?」
「恋の鳥だって……多分逃がしちゃったんだろうね。あ、あの子かな」
そう言って、ベンチから立ち上がる蔵馬。
見ると、公園の入り口辺りに、鳥籠と虫取り編みを持ち、半泣きになった少女の姿があった。
蔵馬が近づき、掌を見せると表情が一変し、歓喜のものに変わる。
蔵馬は名残惜しそうな小鳥を籠に入れてやると、少女に何か言っていた。
多分、もう逃がさないようにねとか、そういう意味だろう。
まだ中学生くらいだろう、少女は何度も何度も頭を下げてお礼を言っている。
それを見つめながら、幽助はふうっとため息をついた。
いつの間にか周囲からは一羽のハトもいなくなっている。
「わっかんねえな〜。ま、蔵馬は優しいからかもしんねえけど。つーか、俺たちにも優しくしろよな〜。おごらせやがって」
缶コーヒー一本で、ギャーギャー言うものでもないだろうに…。
ふいに通り過ぎた風。
それは何故か黒く感じたような……だが、嫌な感じは全くなく。
まるで蔵馬のような、奇妙な心地よさがあった……。
終
〜作者の戯れ言〜
この話は「ウィロー・パターン」という陶器の元になった伝説です。
ロミオとジュリエット系列の悲運のラブストーリーは、世界各国にあるのですが、これはその一つ。
ボタンインコが描かれた陶器で、中国が発端となり、その後ヨーロッパに渡って確立されたとか。
最も、原作とは大分かえてありますけど…(大分っていうか、ほぼオリジナル??)
ちなみに、ボタンインコの英名がLOVE BIRDというのは、本当です。
しかし……zoneとは全然関係ないですね(汗)
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