<クロス>

 

 

「いいんですか? 雪菜さんに、自分が兄だと告げなくて…」
「そんな必要が何処にある」
「さあ。それは貴方次第でしょう」
「だったら、このままでいい……」

 

 

……そんな会話をしてから、三日後。

 

結局、飛影は雪菜に兄であるということを告げぬまま、彼女を見送った。
いや……雪菜には飛影に見送られているということすら、気付いていなかったろう。
桑原は叫んでいたが、飛影と幽助はそのずっと後ろでただ見つめていただけだったから……。

呆然と立ちつくす桑原。
複雑そうな表情で見つめ続ける幽助。

そんな彼らを残し、飛影は一人で帰路についた。
帰る場所など特にないが……雪菜が見えなくなると、すぐに立ち去ったのである。

 

 

雪の中、黒いブーツを雪に埋もれさせながら進む飛影。
しかしふいにピタッとその歩を止めた。

 

「また貴様か。しつこいヤツめ…」
「随分な挨拶だね。久しぶりに会ったのに」
「…まだ三日しか経ってないだろうが」

振り返った先、傘を差して木の陰から現れたのは、三日前にあの会話をした男だった。

降り積もる雪のように美しい肌。
春を待ち望むような新緑の瞳。
長く美しい赤い髪が、白い雪によく栄える……。

 

 

 

「雪菜さん。帰ったんですか?」
「ああ」
「仕来りとはいえ、酷なものですね。あんな狭い国の中から、出てはいけないなんて」
「……行ったことがあるのか?」

何となく聞き返してみる飛影。
蔵馬は頷く代わりに、傘を軽く振り、雪を落として、

「何度かね。盗賊としては、高価なものがある場所は、一通り見て回ってるよ」
「氷泪石、か…」
「もちろん盗んだこともありますよ。わざわざ泣かせて」

その言葉に飛影の表情がこわばる。
いくら自分を捨て去った憎い国とはいえ、そのような行為があって、嬉しいはずがない。
いや、他の氷女ならば別にいいが、万が一妹や母親が相手だったら……。

 

無意識のうちに腰の剣に手が伸びる。
だが、蔵馬は構える気もなく、笑みを浮かべて、

「冗談だよ。俺の顔見たら、勝手にみんな泣いた…まあ、一人だけすぐには泣かなかった人もいたけど」
「……」

またからかわれたのかと、むすっとしながら剣から手をのける飛影。
冗談にも気付かず、本気になりかけた自分が少し恥ずかしかったのもあるのだろう、視線をそらし無言で立ち去ろうとした。

 

だが、それを許してくれる相手でないこともまた事実……。
次の言葉を発しようとした時、飛影の足が止まった。

「……ところで」
「もういい。続きは分かっている」
「そうですか」

それだけ言って黙る蔵馬。
しかし、止まってしまった以上、何もないのに進むのも、何だか気がひける。
つくづくこの男に振り回されていると思いつつ、逆らえない自分に腹が立った。

 

 

 

 

「雪、か…」

ふっと蔵馬が独り言のように言った。
再び彼を見やると、いつの間にか傘を閉じていた。
赤い髪に、赤紫をした制服の肩に、雪がちらちらとかかっていく。
はじめは溶けて消え、次第に白く染めていった。

緋色の髪が白くなるのは、まるで……血が雪によって消されていくようで。
死闘を生き抜いてきた彼のように…自分のようにも見えた。

そして、妹とは生きる道が違うことを、改めて認識されたようにも……。

 

 

「これから……どうするんです?」
「……霊界裁判が終わるまでは自由は効かん。そこらへんでウロウロしている」
「他にやることがあるのに?」
「……!」

言われて驚く飛影。
確かに飛影にはもう一つ、やるべきことがある。
だが、しかし……それは自分以外では、この邪眼の移植をした魔界整体師の時雨しか知らないはず……。
彼と蔵馬が面識があったとしても、時雨は軽はずみに他人に言うような男ではなかったが……。

しかし、そうではないらしい。
蔵馬は持ち前の頭脳により、それを予測しただけだった。

 

「蒼い氷泪石。母親から子供へ受け継がれる石だと聞いているけど……雪菜さんは持っているのに、君は持っていないようだから」
「雪菜が…持っていた?」
「ええ。どうやら、垂金には盗られずにすんだようだけど」
「……そうか」

何処に隠してあったのか、少々気にはなったが、しかしまあ無事だと分かればそれだけでいい。
自分があれだけ大切にしていたもの……雪菜にとっても、大切なものでしかないはず。
自分のせいで母親が死んでいるだけに、他の氷女たちよりも……。

 

ちなみに何故蔵馬が分かったのかと言えば、彼の並はずれた嗅覚と聴覚のおかげである。
雪菜に接近したのは、垂金を殴っていた飛影を彼女が止めた、ほんの僅かな時間だったが…。

その時、蔵馬は聞こえ、匂ったのだ。
雪菜の腹から、内臓とは違う異物の音、そして涙の匂いを……。
まあ他に隠す場所などなかったろうから、大体見当はつくというものだが。

 

 

「君のは探さなくていいんですか? その邪眼も彼女だけではなく、石のためなんじゃ…」
「……どうせ人間界にはない。魔界でなくしたんだからな…」
「そう……ねえ、飛影」
「何だ」
「君のこと……告げるか告げないかは、君の自由だけど……」

またその話かと、呆れかえる飛影。
こんなに何度も拒否している話を言うヤツなど、滅多にいないだろう。
蔵馬でなければ、殺しているところである。
それを分かっているのかいないのか……しかし、悪気は全くなさそうである。

飛影が呆れの視線を向けても尚、蔵馬の口は止まらない。
だが、今回の言葉はいつもとは少し違っていた。

 

「とりあえず今度会う時は、普通に接してあげたら? 何もつっけんどんに言わなくてもいいじゃない」
「……俺がいつつっけんどんに言った」
「三日前に……ああ、君にしてみれば、あれが普通か」

「か、関係ない! 二度と会うこともないからな!!」
「……」

反射的にムキになって言った言葉だったが……その言葉に衝撃を受けたのは、蔵馬ではなく、自分自身だった。
頭の中で思っていても、いざ言葉に出してみると、その痛さが増してくるようだった。

二度と会わない。
そのことに……。

黙っていると、余計に傷みが強くなる。
意味もなく喋るのは、性に合わないが、だが話さずにはいられなかった。

「どうせ……あいつと俺の道は、永遠に交わらん。同じ腹から生まれようと、全く違う生き物だ…」

 

 

 

 

「そうかな…」
「……何だ、その目は…」

見上げた蔵馬の瞳は、色んな色をしていた。
色彩という意味ではない。
それはいつもの緑色……。

だが、穏やかに細められた瞳には、色んな感情が木霊していた。
悲しさか寂しさか…それとも温かさか。
分からなかったが、だが、見ていて嫌なものではなかった。

 

「……交わる交わらないは、俺にも分からないよ。未来のことだから……でも、交わらない方がいいかもよ」
「どういう意味だ」

てっきり、「いつか交わる」とでも言うかと思った。
拍子抜けしたが、しかし不思議と痛くはなかった。
次に何か…次の言葉があると分かっていたからだろうか?

「その道がもし一直線だったら……交われば、その後は別れていく一方だからね。平行線で交わらなければ、ずっと側にいるから」
「……どういう理屈だ」
「さあね……」

蔵馬自身にも、分かっているのかいないのか。
だが、飛影にとって理屈の通らない、よく分からないその言葉は、確実に温かいもので……彼の心に浸透していった。

 

訳の分からない。
でも温かくて、優しい……凍て付いた心に浸透する言葉。

以前にも、こんな人がいた気がする。
そう、凍て付いた氷河の国で……唯一温かかった、母の声のような……。

 

 

 

 

「あ、雪やんだね」
「フン……止まぬ雪が何処にある」
「そう……帰ろうか、飛影」
「ああ……」

帰路につこうとした二人。

だが、その背後で妖しい気配を感じた。
警戒しながら、二人同時に振り返る。
そこにいたのは、小柄な妖怪……自分たちには片手で勝てるような相手だった。
しかし、彼は戦いに来たわけではないらしい。

 

 

「妖狐蔵馬ニ、邪眼師飛影ダナ」

「……使い魔?」
「誰のだ」
「心当たりはないが…」

「オ前タチニ、戸愚呂サマヨリ、招待状ダ」

 

「……!!」

 

 

 

二ヶ月後、蔵馬と飛影は幽助たちと共に首くくり島で行われる暗黒武術会へと出場した。

そこには熾烈を極める戦い以外に、温かい再会が待っていた……。

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

アニメにて、雪菜ちゃんが氷河の国へ帰った時、何故か蔵馬さんだけいなかったんですよね。
漫画では最初から蔵馬さんいなかったから、まだ納得もいくんですが…。
何でいなかったのかなと思って、書いてみました。
実は影の影に隠れてたってコトで…。

また、戸愚呂が幽助くんに暗黒武術会のことを話した帰り、蔵馬さんと飛影くん、一緒に来てたんですよね。
じゃあ同じ使い魔が同時に事情を言いに来たんじゃないかと……。

って、こじつけなんですけどねー。