<女神>

 

 

チッ…チッ…チッ…

 

刻一刻と、その時は迫っていた。
決断を迫られて尚、幽助はボタンを押せずにいる。

赤か青か黄か……確率は三分の一。
いつもなら、こんな博打平気でやってみせるが、今回だけは簡単には押せなかった。

自分が死ぬのは、あまり怖くない。
今まで何度も死の淵を覗いてきたから、そんなに怖いものでもなかった。

だが……皿屋敷市が最期を迎えるのは、正直怖かった。
そして、どのボタンを押しても、最期の時を迎えてしまいそうで、怖い。

 

「気軽に押しな…ゲンでもかついでさ。ドジ踏んだら、あたしも一緒に謝ってやるよ」

プーの姿を借りた、幻海の言葉……これに少し救われた。
言ってくれて良かったと思う。
そうでなければ、時間になっても押せなかっただろうから…。

 

「時間だ」
「よし…やるぜ」

人差し指をゆっくりとボタンへ近づけていく。
押すボタンはもう決めた。
ずっと前から決めていた。

ゲンでもかついで…と言われたら、これしかない。

幽助の中で、一番縁起のいい色。
好きな色…というよりは、大切な色。
他のどれよりも安心出来る色。

大切なあいつの好きな色だから……。

 

 

カチッ…

押した。
三つのボタンのうち、一つだけが深く沈んでいる。

そして……タイマーが止まり、辺りが完全な静寂に包まれた。

 

「……やった…」

それだけ言うと、幽助は仰向けにひっくり返った……。

 

 

 

 

「だ〜か〜ら〜! 適当だって、言ってんだろ!!」
「嘘つけ! そんなんで押す、てめえか! 何か理由あんだろ!」
「ねえって! 本当に!! しつけーぞ、桑原!!」

事件が解決してから、数ヶ月。
霊界はようやく落ち着きを取り戻してきていた。

例の武装教団たちは厳しく取り締まれることになり、事件に少しでも荷担した者は逮捕されたらしい。
最も、上の連中はあの時死んだのだから、正聖神党も終わりを迎えるかもしれないが……。
宗教というものは、結構しつこく粘っこいものなので、多分今後も続いていくだろう。
他人や妖怪、人間界に迷惑さえかけなければ、何を信仰していても、個人の自由というコエンマの意見により、教団の強制解体だけは避けられたが、これはもちろん下手に刺激して、事を荒立てないようにしただけである。
ちなみに助言者は妖怪である蔵馬だったが、これは誰にも内緒のこと…。

 

とはいえ、幽助たちにとってはもう関係のない話である。
幽助たちがしたかったことは、皿屋敷市を守ることと、人質となっている仲間の救出。
後は誰が何処を信仰しようが、無関係。

だから、事件に関しての言い争いなど、この程度なのである。

「どの色押したんだよ!! なあって!」
「何色でもいいだろ! 間違ってなかったんだから!!」
「いーや! 聞いておきてえ! でもって、それを押した理由も!!」
「適当だって、言ってんだろ!!」

 

 

「それにしては、随分と悩んでましたね」

ふと聞こえた声に、ぴたっとつかみ合いの言い争いを中断する幽助&桑原。
同時に振り返った先にいたのは、赤毛と緑の瞳の美少年……いわずと知れた、南野秀一こと蔵馬である。
高校を卒業した後、色んな大学から引っ張りだこだったものの、何処へも進学せず、義父の会社へ入ったらしい。
入社試験免除などもなく、ごく普通に他の新入社員と同じように。

しかし、あの頭脳明晰で人望も厚い蔵馬のこと。
まだ半年も経っていないのに、かなりのポストへつけているようである。
あまりのすごさに、逆に誰も彼をねたんだりせず、陰口すら叩いていないのは、流石としか言いようがないだろう。
だが、それ故に忙しく、この二人のように、いつもいつも会えるわけではないのだが。

 

だから、今回彼がこの場に現れたことは、とても珍しいことなのだ。
平日の昼。
何故こんな時間に、幻海の墓参りへ来ていた幽助たちの元へ来られたのだろうか?

「おめえ、会社はどうしたんだよ? 休みか?」
「いや。今日は出張だよ。たまたま近くまできたし、手ぐらい合わせていこうかなと思って。幽助たちは?」
「俺たちは週に一度は来てるぜ」
「どうせヒマだしな」
「……なら、掃除くらいしてもいいんじゃないですか?」

幻海の墓を見下ろして、ため息をつく蔵馬。
別に彼女の墓は荒れ果てているわけではない。
だが、雑草は生い茂っているし、墓石にはコケがついている。
週に一度も来ているならば、軽く掃除ぐらいしてもいいだろうに……。

 

 

「今日は時間がないから無理だけど、今度全員で大掃除しないとね」
「へいへい、わったーよ……おい」
「何です?」
「おめえ、さっき何て言った?」
「はい?」

ふいに怪訝な表情になる幽助。
蔵馬は特に心当たりがないため、きょとんっとして彼の顔を見つめた。

「……随分と悩んでましたね、とか言わなかったか?」
「言いましたよ」
「俺が悩んでるの、見てたのか!?」

幽助の顔に、一気に焦りと驚きがわき上がる。
あの場にいたのは、幻海が意志を受信してきていたプーだけだったはず……。
周囲を確認する余裕などなかったし、蔵馬ならば隠れていてもおかしくはないが、それでも驚かずにはいられない。

桑原にしても似たようなものである。
確かに、一緒に人間界へ戻ってきて、友人たちに知らせた後、何処へ行ったのか分からなくなっていたが……。
てっきり隣町の家へ行ったものと思っていたのに、まさか霊界へ戻っていたなどとは、夢にも思わなかった。

 

「ええ。俺だけじゃなくて、コエンマや飛影も。最も、彼らも俺には気付いてなかったようだけど」
「あ、あいつら…」

コエンマや飛影までいたとは……しかも自分に気付かれぬように。
そういえば、ボタンを押した後に、緊張の糸が切れた後、いつの間にか人間界へ戻されていたが、そんなことが出来るのは確かにコエンマくらいのはず…。
責任を感じていたのか……時々、とる行動が突拍子もないのは、彼も同じかも知れない。

飛影にしても、同じである。
彼が人間界で本当に助けたいと思っている人物は、間違いなく桑原が助けるだろうから、戻る必要もないとでも思ったのだろうか?
とても一緒に土下座はしてくれなさそうだが……。

しかし……少し嬉しかった。
無茶する馬鹿野郎どもだと思いながらも……側にいようとしてくれて。

 

 

「……そういや、俺たちにバーさんが危篤だったの知らせたのって、てめえだったな。一瞬信じられなかったけどよ」
「話しかけてきた時に、俺は何となくそうじゃねえかって思ったけど、何で蔵馬まで分かったのか、少し疑問だったが、これで分かったぜ…」
「プーで意志を伝えられるのは、霊界にいる人か、霊界の近くにいる人に限られているからね。いくら師範が霊波動の達人でも、こればかりは……だから、すぐに分かったんですよ。幽助は飛影やコエンマに任せておいてよさそうだったから、俺は師範のところに、ね」

言い終えてから、空を仰ぐ蔵馬。
審判の門が解放され、鬼や霊界案内人たちが戻ってきて、すぐだった。
幻海がコエンマの世話になったのは……。

その際に、通夜や葬式はやるなとの伝言があったため、火葬と埋葬だけ皆で行った。
螢子や雪菜、ぼたんは泣いていたが、それでも前の死とは違った。
殺されたわけではない…寿命であり、彼女にとっても納得のいく死だったから……。

 

 

「……師範、言ってましたね。あの時……ゲンでもかついでって」
「ああ」
「何だ、縁起かついでやったのかよ」

少しばかり拍子抜けする桑原。
町一つの命運がかかった選択に、一体どういう方法をとったのかと思っていたが…。
まさか神も仏も信じなさそうな彼が縁起をかつぐなど、驚く前に呆れるものがある。

「で、何色押したんだ? まあ、縁起っつーからには、赤だろうけど」
「ちげーよ」
「へ?」

間髪入れずに否定された。
悪い気はしなかったが、意外である。
赤といえば、昔から数多くの国々で魔除けの象徴であったり、何らかのパワーを秘めているような色で、とにかく縁起の良さではナンバーワンに上げられる色。
国旗に使われることも多く、日本でも正月などでは欠かせない色なのに……。

「別に俺は、赤が縁起いいなんて、思わねえぜ。嫌いじゃねえけど、好きでもねえし。火の色だし、血の色だし、飛影の目の色だし、蔵馬の髪の色だし」
「最後の一つが気になるんだけど…」

幽助の余計な一言に、蔵馬のこめかみがピクンと痙攣した。
いくら何でも、縁起があまりよくないという話の時に、自分の髪の毛など持ち出されれば、誰だっていい気はしない。
一体、幽助は今まで自分の髪の毛=自分をどういう風に見ていたのか……何となく、今の一言で分かったような気がする。

しまったと思いつつ、言ってしまった以上、取り返しはつかない。
頬を嫌な汗が伝うが、しかしどうフォローすればいいのかも、さっぱり分からない。

 

かなりヤバイ……そう思ったのは、何も幽助だけではなかった。
桑原にしたって、とばっちりを喰う可能性がないわけではなく、むしろその可能性の方が断然に高い!
何とか話題をそらそうと、必死で、

「じゃ、じゃあ、青か黄のどっちかだな!? どっち押した!?」
「ど、どっちでもいいだろ!!」
「教えやがれ!! この期に及んで、まだ隠すか!!」
「二者択一だろ! てめえの好きな色選んどけ!!」
「全然答えになってねー!!」

とりあえず話題を変えられたと、ホッとしながらも、ケンカはあっさりと再開。
まあ、いつものことだし、別に珍しくも何ともないが……。

 

 

だが、こんなことで誤魔化される蔵馬ではなかった。
頃合いを見計らって、ちゃんと二人にも聞こえるように、さりとてわざとらしくなく、

「縁起かついで押すなら、青はさけるかな」

と、言った。
「そうなのか?」という、桑原の問いかけにも、当たり前のように、

「ああ。青はあまり縁起のいい色とは言われないね。黄は金色に近いから、縁起はいい方だけど。青は結構色んな国で悪い色だって言われているよ。葬式とかでよく使うってね。日本で縁起の悪い黒にも、一番近いし……」

 

「青は一番縁起がいい色なんだよ!!」

 

珍しく、蔵馬に対して激怒し、叫ぶ幽助。
流石に相手が蔵馬では殴りかかることは出来なかったが(これが桑原か飛影かコエンマなら、100%殴っていただろう…)、しかし胸ぐらを掴み上げて、とにかく怒鳴った。

「青は一番いい色なんだよ!! あいつが…あいつが一番好きな色なんだからな!! 赤が神の色ってんなら、青は螢子の色だ!! あっちが神なら、こっちは女神だ!!」

 

 

……

…………

 

「う、うら……うら…めし……」
「…幽助……」

 

「あはははははは!!!!」

 

墓中に響き渡る笑い声。
それは、プーを初めて見たときの一同を更に上回るもので……とても桑原と蔵馬だけのものとは思えない勢いだった。
桑原が顔からはみ出すほどの大口を開け、涙目になって、腹をかかえてまで大笑いをするなど、いつものことだが、蔵馬がこんなに素直に大笑いしたのは、初めてのこと……。
しかし、興奮している幽助には、何で笑われているのか、よく分からなかった。

 

「……なんだよ」
「くさくさくっさー!! てめえ、そんな台詞よく言えたな!!」
「!!!」

今更になって、ようやく自分の口から零れた言葉を思いだしたらしい。
顔中真っ赤にし、頭から蒸気を噴き出し、沸騰したヤカンのように、グラグラと揺れている。
そんな彼の様子が、二人の笑いを更にヒートアップさせたことは言うまでもないが……。

ここまで笑われる云われはあるかもしれないが、しかしここまで笑われて、耐えられる人物など、いようはずがない!!

 

「て…て…てめえらなー!!!」

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

幽白で「女神」といったら、これですかね。
幽助くんにとっての女神……。
最終話で、幽助くんが選んだボタンの色と理由知っていたの、あの時点では蔵馬さんと桑原くんだけだったようなので、こういうことがあったのかもと、書いてみました。

助かるか、審判の門が吹っ飛ぶか、皿屋敷市が吹っ飛ぶかの時……コエンマさまと飛影くんはしっかりと描かれていたんですが、私的には蔵馬さんもいたと思ってるんで。
桑原くんは人間界にいたけど、あの場面には蔵馬さんいなかったし。
一度戻っていることは確実なんですが、彼のことだから、こっそり舞い戻ってきているのではと…。

しかし……なんか微妙ですね。
もうちょっと凝った風にすればよかったかも……(蔵馬さんの怒りが甘いかな?/笑)